そして二人の行く先は

第33話

 寝ていたベッドからそっと体を起こし、窓の外を見る。そこにあった、いつもとは違う景色に一瞬戸惑うけど、すぐにここが病院である事、自分が入院したんだという事を思い出す。


「どう、調子は?」

 耳元で木葉の声がする。だけど振り向いてもその姿ははっきり見えること無く、ただぼんやりとした輪郭がかろうじて分かるくらいだ。


 木葉と初めてデートしてから数か月、もはやその姿が見える事はほとんどなく、見えたとしてもこんなものだ。いよいよ一緒にいられる時の終りが迫っているのだと実感する。


「ずっと寝てるって、楽だと思ってたけど意外と退屈ね」

 私は落ち着いた調子で木葉に返事をする。今更狼狽したり取り乱したりなんてしない。そんな時期はとっくに過ぎていた。

「これで良かったのかな。何か他に方法があればって、今でも時々思うよ」

 私の様子を見て、木葉がそんな事を言った。

「ねえ、ちょっとこっち来てよ」

「なに?」

 迷っているような事を言う木葉を、そっと手招きする。そして近づいてきた彼に向かって手を伸ばし、頭の上へと掲げる。


 木葉はなぜ私がこんな事をしているのか分からないようだ。姿がぼやけているものの、なんとなく首を傾げているんだというのが分かる。

 私は掲げた手を強く握った。そしてその手を、木葉の頭めがけて勢いよく振り下ろした。


 ゴンッ!

 鈍い音が響き、木葉が殴られた頭を押さえる。姿がぼやけているものの、ハッキリと 痛がって事が分かる。


「いきなり何するんだよ」

 抗議してくる木葉。だけど私はその声さえもかき消すように言う。

あんたこそ何言ってるのよ。今の言葉、この子が聞いてたらどうするのよ」


 そうして自分のお腹をさする。すっかり膨らんだそれは、中にもう一つの新しい命が宿っていると一目で分かるまでになっていた。

 入院しているのだって、無事元気な子を産むためだ。



            ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「私は、木葉の子供が欲しい」


 私の本音が聞きたい。そう言った木葉に対する返事がこれだった。

 私の妖怪を見る力が失われていく以上、たとえここでどんな答えを出そうと、そう遠くないうちに木葉との別れは訪れる。ならばせめて、別れた後でも残る繋がりが欲しかった。木葉を想い、木葉に想われた確かな証が欲しかった。


 それを聞いた時の木葉の顔といったら、今思い出しても笑えるくらいだ。

 だけどもちろん、それは簡単なことじゃなかった。


「異なる種が子を成すって言うのは、この世の断りを捻じ曲げるようなものだ。志保の体にどれだけ影響があるか、俺にも分からない」

 木葉がそう言った時、そうだろうなと私はどこか冷静に思った。だってこれがどれだけばかげているかは十分に想像がつく。これ以上繋がりを深めないため会うのを止めようかと言っていたのに、それがいきなり子供が欲しいだ。

 いくら木葉が私の願いを叶えたいと言っても、流石にこれは無理だろう。そう思っていた。


「いいよ。それが志保の本当に望んだ事なら」

 だから、木葉がこう言った時、今度は私が驚く番だった。


「本当に良いの?絶対、無茶だって呆れられると思ってたんだけど」

「良いかどうかは俺よりも志保が決める事だよ。志保がこれによってどれだけたくさんの生気を失うか分からない。もしかしたら命にかかわることになるかもしれない。それでも志保はそれを望むの?」

 命にかかわると言われ、さすがに少し考える。だけどそれもまた、何度も繰り返し悩んだ事だった。何度も悩んだ上で、私は今も変わらずこの願いを持ち続けていた。


「うん。私、やっぱり木葉の子供が欲しい。たとえそれが、命を削ることになっても」

 改めて宣言した私に、木葉はゆっくりと頷いた。そして、私がある条件を飲む事で、その願いは叶えられることになった。

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