第2話

 この男、木葉は人間ではなくこの山に住む妖怪だ。その証拠、と言っていいのか分からないけど、彼の姿は薄っすらと透き通っていて、よく見るとその体の向こうにある景色が見えていた。

 そして酔狂なことに、この妖怪は近くの神社で行われている夏祭りに行きたいと言っているのだ。自分は立ち入ることすらできないというのに。


「神社に入れないなら祭りに行こうだなんて言わないでよ」


 私がそう言っても、木葉はケロリとした顔のままだ。


「だって祭りでもないと、綿菓子やかき氷やリンゴ飴やイカ焼きやチョコバナナや焼きモロコシなんて食べられないじゃないか」

「そんなに食えるか!」


 つまりこいつは出店で売ってある食べ物が目当てで祭りに行こうと言いだしたのだ。もっとも、このやり取りはほとんど毎年やっているので、そんな事本当はとっくにわかっている。


「それに、志保の浴衣姿も見たいからね。今年も可愛いよ」


 木葉が急にそんな事を言いだす。何を言っているんだこいつは。そんな見え透いたお世辞で人の機嫌が取れるだなんて思っているのだろうか。

 そうは思っても、言われた瞬間からカッと頬が熱くなる。私はそれを悟られないよう、無理やり話題をそらす。


「それにしても、なれない草履で山道はきついわね。これも、誰かさんがこんな格好で来てくれって言ったせいよ」

「それって、わざわざ俺の為に浴衣着てくれたってことだよね。ありがとう」


 作戦失敗。顔がますます熱くなっていくのがわかる。


「うるさい!鼻緒も擦れるし、歩くのもう疲れた!」


 声を上げて駄々っ子のように叫ぶ。実際は何日か前から鼻緒は慣らしてあるので痛くはないのだけど、木葉を困らせたくてそんな事を言ってみる。

 すると、木葉は私に向かって両手を差し出した。


「じゃあ、俺が運んでいく。良いよね」


 私が黙って頷くと、木葉はそのまま両手を伸ばし私の体を抱きかかえた。そして次の瞬間、その背中に白い大きな羽が出現する。


「しっかり掴まってて」


 木葉はそう言って地面を蹴り、その大きな羽をはばたかせた。地面があっという間に遠ざかり、気がついた時には私達の体は夜空を待っていた。


 白い羽に、透けて見える体。それに、さっきの警官にはその姿が見えなかったという事。どれも異常なことであり、木葉が妖怪だと言うことの確かな証しだ。


「ねえ、今変なところ触ったでしょ」


 さっき私を抱え上げた時、色んなところを触られた。木葉のことだから故意ではないだろうけど、ついからかいたくなって言ってみた。


「これくらい良いじゃない。役得だよ」

「わざとかい!」


 サラッととんでもない事を言う。たまたまじゃなかったのか。


「わざとじゃないって。ほんの偶然、ラッキーだよ」

「スケベ、変態、サイテー」


 真っ赤になってジタバタ暴れると、木葉は大きく体勢を崩した。

「わっ、動くと危ないって。じっとしてて」


 ギャアギャア言い合いながら、私達は夜空を進んでいく。抱えられながら見下ろす祭りの灯りは綺麗だった。


 今まで何度木葉の腕の中でこの景色を見た事だろう。そして、後どれくらい見ていられるのだろう。


 私達が一緒にいられる時間、それはもう残り僅かになっていた。改めてその事を意識すると、急に胸が苦しくなる。


 思えば、初めて木葉に会ったのも夏祭りの日だった。私はそっと記憶の糸をたどり、今となっては懐かしいあのころを思い出していた。

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