第22話
肩を掴まれ逃げることのできなくなった木葉は、困った表情を浮かべるとついに観念したように言った。
「逃げないから放してよ」
「絶対だからね。いなくなったらまた探して回るからね。森の奥に行って、ヌシ様と直接対面するかもしれないからね」
「わかったよ」
半分脅しに近い念押しをしながら手を放す。だけどこれからが本番だ。根本的な問題はまだ何一つ解決いていない。
「鹿王から全部聞いたんだろ。今の志穂が妖怪とつながりを持ったら生気を失うって」
「……うん」
躊躇いがちに頷く。本当は認めたくなかった。認めてしまったら、次に木葉が何と言うか予想がついているから。
「だったら分かるだろ。俺には二度と近づかない方がいい」
ほらやっぱり。絶対そう言うと思ってた。
「どの道、志保の妖怪を見る力は遠くないうちに完全になくなって、俺達は会えなくなる。それが少し早くなるだけだよ」
諭すように話す木葉。たしかに、命を縮めるような真似をして会い続けたとしても、最期の時をほんの少し先送りにするだけだ。それならいっそ、今ここですっぱりと終わりにするというのが一番いいのかもしれない。
だけどそう考えておきながら、なおも私はそれに頷くことができなかった。
「嫌」
理屈も何もない、ただ感情だけをのせて言う。木葉が困った顔をして、それを見て申し訳なく思う。
本当はそんな顔させたくないのに、笑顔でお別れを言えた方がずっといいのに、それをこんな意地かワガママかも分からない感情で振り回している。
それでも、離れたくないという思いだけはどうしても消すことができなかった。
「あの鹿王って人、こうも言ってたわよ。たまに会う程度なら、そこまで大事には至らないかもしれないって」
ただしその後に、きっとそれは無理だと思ったんだろうと続いていたけど。
正直残された時間の少ない今、たまに会って話をするだけで満足できるかと聞かれると、とてもそうとは思えない。
伝えたい想いがある。もっと先に関係を進めたい。だけどそれを言うわけにはいかない。
「会う回数は減るかもしれないけど、話をするだけなら今までと変わらないじゃない。どこに問題があるって言うのよ」
本当は問題大有りだ。主に私の気持ちの面で。だけどそれを話したら、きっと木葉は会うのをやめるに違いない。
だから本当の心を悟られないように振る舞う。このままずっと自分の気持ちを隠しながら、何とか木葉を繋ぎ留めることができれば。
思いを伝えられないのは悲しいけど、このまま関係が終わってしまうよりはマシだ。それに、伝えたところで木葉がそれに応じてくれるとは限らない。
木葉が私のことを憎からず思ってくれているという自信はある。だけどそれが私と同じ、異性として恋焦がれるものとは限らない。だからこのまま、この気持ちに蓋をするのは色んな意味で都合がいい。そう自分に言い聞かせようとした。
だけど、しばらく黙って聞いていた木葉がポツリと言った。
「…なんだよそれ」
「え?」
静かに言い放たれたはずのそれは、どこか怒っているようにも聞こえた。
「たまに会って話をするだけって、志保は本当にそれだけで良いと思ってる?」
「―――っ」
ドキリとして、言葉が出てこなかった。
そんな事を言うって事は気づいているのだろう。私が木葉を、本当はどう思っているかを。
なんだ、せっかく隠そうと決めた思いはとっくにバレていたのか。急に体から力が抜ける。だけど考えてみれば当然か。
たまに会って話すだけなら大丈夫。そうと分かっていながら姿を消したのも、私の気持ちに気付いていたのなら、より納得できる。
それでも何とかこのまま押し切ろうと必死でしらを切る。
「そうよ。今までだってそうだったじゃない、他に何があるっていうのよ。いつもみたいに下らないお喋りができたら、それ以外には何もいらないわよ」
ああ、何て白々しいセリフだろう。本当は言葉なんかじゃ全然足りないというのに。
だけどそれを聞いた木葉はそっと顔を伏せ、じっと黙り込んだ
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