第21話
「まったく、こんな状況で痴話喧嘩とは。君達は大物だよ」
目の前に危機が迫っているというのに、そんなことも忘れて言い争いをしていたものだから返す言葉もない。
気を取り直して再び木葉が身構えるけど、それを見た鹿王はため息をついた。
「止めておこう。何だか白けちゃったからね」
そういった彼にさっきまで見せていた威圧感は残って無かった。
一方木葉はまだ警戒を解かないでいる。急にそんな事を言われても信じられないのだろう。
「どういうつもりだ?」
「君こそ本気で僕とやり合うつもりだったのかい?二百年の時を生きた身だといっただろう。そんなか弱い年寄りと戦おうなんて現在の若者は怖いね」
そう言って、あー嫌だ嫌だと大袈裟に首を振る。
まるで信用できない。妖怪にとっての年齢は人間のそれとはまるで基準が違うし、いましがた見せていた様子から、もし戦ったら相当強いというのは容易に想像できる。
いったいこの人はどこまで本気なのだろう。
「俺達を見逃すっていうのか?」
「どのみち、ここで君をやり込めたところでヌシ様の機嫌がすこぶる悪くなることに変わりはない。だったらやり合うよりも、これからどうやって胡麻をするか考えた方が良いと思っただけだよ」
そう言ってくるりと私達に目を向ける。どうやら今の彼に戦う意思が無いのだけは本当みたいだ。
木葉も同じように判断したみたいで、ゆっくりと構えを解く。鹿王はそのまま私達から離れて行ったけど、途中振り返って言った。
「木葉、君はしばらく山から離れた方がいい。もしもヌシ様に許しを請う気になったら一緒に頭くらいは下げてあげるよ」
木葉は驚いた顔をしていたけど、少し間をおいて答えた。
「分かったよ。だけど志保に手を出した以上、俺から謝ることは無い」
鹿王はそうかと小さく頷くと、次に私の方を見る。
「さっき君に話したこと、あれには何一つ嘘はない。今の君が木葉と深く繋がれば、それだけ命を縮めることになる。その事を二人でよく考えるんだね」
そう言い残して、鹿王は去って行った。事情を話したり、危険な目にあわせたり、かと思えば見逃してくれたり、結局あの人が何をしたかったのかさっぱり分からない。何か考えがあってのことか、それともただの気まぐれか。
だけど彼が去り際に言った言葉は、しっかりと私の胸に響いた。
「木葉」
改めてその名を呼ぶ。ずっと一緒にいた人、必死になって探した人、今まで数えきれないくらいの悪口をぶつけた人、そして一番大切だと思う人の名を。
「…………」
なのに彼は返事をしてはくれない。それどころかさっと踵を返すと、そそくさとどこかへ駆けて行こうとする。もちろんそれを黙って見送るようなことはしない。
木葉が最初の一歩を踏み出すより早く、伸びた私の腕がその肩を掴んだ。
「逃がさないからね」
きっと今の私は獰猛な肉食獣のような顔をしているに違いない。
絶対に放すもんか。そう思いながら、掴むその手に力を込めた。
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