志保と木葉の文化祭2

 それから私達は気を取り直して大いに文化祭を楽しんだ。焼きそばを食べ、たこ焼きを食べ、お好み焼きを食べ、フランクフルトを食べ、フライドポテトを食べる。もちろん木葉の注文したクレープも忘れない。何だか食べてばかりのような気もするけど、午前中売り子で忙しかった分お腹が空いていたのだ。


「あれ、志保?」


 木葉と一緒にさっき買ったいきなり団子を食べていると、不意に私を呼ぶ声がした。見るとそこには同じクラスの友達数人が集まっている。どうやら彼女達もあちこち回っているようだ。

 そのうちの一人が私を見て言う。


「ねえ、もしかして一人?」


 その子は私の隣にいる木葉には目もくれないでいる。そして他の子も、誰一人としてそれに疑問を挟む者はいなかった。


「まあね。食べたいものも多かったから、大勢で回るよりもいいかなって」


 私もまた、自分が一人であると言うのを前提として話をする。すぐ隣にいる木葉については何も言わないし、尋ねてくる人もいなかった。


「そうなんだ。てっきり私達には内緒で、彼氏と二人きりで回ってるんだと思ってた」


 一人が言った言葉にギクリとする。うん、その通り。みんなには内緒で、彼氏と二人で回っています。誰もそれに気付いていないだけなんです。

 適当な所で話を切り上げ彼女達と分かれると、その場には私と木葉の二人だけが残った。


「やっぱりあの子達には俺のことは見えなかったな」


 去って行った彼女等を見ながら木葉が言う。その言葉通り、結局誰一人としてずっとそばにいた木葉の存在に触れた者はいなかった。


「少し残念。出来ることなら、志保が何と言って俺を紹介するのか聞きたかったな」


 冗談めかして言ったその言葉に、私は悪態をつくように返した。


「こいつ実は妖怪なんですとでも言えっての?嫌よめんどくさい」


 そんな事を話しながらベンチに腰掛けた私は、さっき買っていた唐芋もちをつまむ。

 隣では木葉が同じように唐芋もちを食べていた。


「それにしても、まさかあんたと付き合うことになるとはね」


 かつて私は妖怪が大嫌いだった。今だって、人間の倫理や常識が通じないそいつらは基本的に警戒すべき対象だ。

 なのにこうして妖怪である木葉と付き合っているんだから、世の中わからないものだ。

 だけど私の言葉を聞いた木葉はなんだか不満そう。


「急になに?俺じゃ嫌なの?」


 おっと。どうやら不安にさせたみたいね。


「そういう訳じゃないわよ。だからそんな泣きそうな顔しない」

「してないだろ」


 軽口を叩き合いながら、互いにクスリと笑う。本当に、こんな日が来るなんて昔は思ってもみなかった。

 ちなみに木葉と会話する時はできるだけ声を潜めるようにしている。でないと事情を知らない人から変に思われるからだ。木葉の姿も声も、私以外にはわからない。そう思うと少し寂しい。


(でも、私ももうすぐ見えない側にまわるのよね)


 木葉を見ると相変わらずその体は透き通っていて、今にも消えてしまいそう。だけど少し前まで、私には普通の人間と変わらないくらいはっきりと見えていた。

 なのに今はこの通り。そして恐らく一年もしないうちに、私も他の人と同じように木葉の姿が完全に見えなくなってしまうだろう。私が木葉と一緒にいられる時間は、もうほんのわずかしか残っていない。だからこそ私達はより深い繋がりを求めた。いずれ離れてしまうのなら、どれだけ離れても消えないくらいの強い繋がりが欲しかった。

 こうして木葉と付き合っているのも、その結果の一つだ。





 唐芋もちを食べ終えたところで、お腹にあった隙間がようやく満たされる。これにて食べ歩きタイムは終了だけど、これからどうしようか?


「ねえ、木葉はどこか行きたい所ってある?」


 この後の予定は特に決めていなかったから、とりあえず木葉の意見を聞いてみようとパンフレットを見せる。とは言っても木葉にはそれぞれどんな出し物か分からないものも多いだろう。一つ一つ説明してやろうか。

 そう思っていたけど、意外にも木葉は即答してきた。


「教室に行ってみたいな」

「教室?」


 わが校の文化祭では全ての出し物は外か体育館に設置されていて、校舎内には立ち入る事が出来なくなっている。防犯のためと言うのが理由だそうだ。

 もっとも立ち入り禁止はお客さんに限ったことで、私達生徒は普通に入れるし、人には見えない木葉が侵入したところでばれる心配はない。だけどわざわざそんな何も無い所に行っても面白くないだろう。

 なのに木葉は、念を押すようにもう一度言った。


「志保の教室に行ってみたいんだ」

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