8-2nd. ED 天才と努力の差

 ノベライザーたるもの、常に自分以上の文豪との出会いを求めよ。

 自分の想像を超えた者と出会う時、体の細胞は燃えるように興奮する。

だからこそ強くなれる。それがライバルというものだ。覚醒した情熱が二人のノベライザーをより熱くする。


    ■


「……トシ…………トシ………………トシ!」


 光の空間が輝きを失うようにトシは我に帰った。目の前には、自分の肩を掴んで何度も声を掛ける天馬の姿あった。


「……て、天馬、ノベライズはどうなってるの……?」

「今、3rd.EDが終わったところだ。聞こえなかったのか?」


 3rd.EDの途中、皇儀が再びソウル・ライドを呼び起こして、ジークの大剣の一撃を弾いた瞬間……トシの記憶はそこで途切れた……


「……違う。皇儀さんの映像を見ていた。彼女の過去や皇儀 源蔵さんが」

「レゾナ・ライズか……。だが、どうしてノベライズ中に?」


 相手の意識や記憶が流れ込む共鳴現象だ。これまでジャッジ・ライズ、STIでしか起きなかったものが、ノベライズ中に発生したのだ。原因は分からないが、皇儀の新たな決意や強い意思が招いたものかもしれない。


「と、いうことは……」

『……野鐘選手、3rd.ED終了時に少し異変が見られましたが、どうやら問題ないようです!さあ、勝負の行方はどうなるのか!』


 天馬にある不安がよぎるなか、アナウンスとともに、アナライズの結果がディスプレイに表示される。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■

1【RAITO - SUMERAGI】

字数:12,066 整合率:94% Turning (R)ize Novel release


-【MASATOSHI – NOGANE】

字数:9,709 整合率:97% reject

Unformed Point:3

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「やはり、あのソウル・ライドの攻撃に飲まれていたか!」


 天馬の悪い予感は的中した。

 皇儀が覚醒したことで黄金の麗騎士となったインペリオン。執筆と完全同調したその動きは凄まじいものだった。


 千刃せんじんを斬る、とでも言うべき剣撃は、光の雨となってトシのライズ・フィールドを完全に覆い隠すほどのものだった。3rd.ED後半は、天馬だけではなく、このノベライズを観戦する誰もがインペリオンの剣舞しか目に映らなかった。


 アウト・ライズと同時にインペリオンは消滅したが、同時にジークの姿も再び赤い砂塵と化した。


『なんということでしょうか!まさか野鐘選手、ここにきて【UF:アンフォームド】です! 皇儀選手に3ポイントが入ります!』


【NOGANE:8 ― 4:SUMERAGI】


 皇儀の凍り付いたポイントがようやく大きく芽吹く。


「まだ、終わっていないのか……?」


 皇儀は両膝をついて息を荒げる。酸欠にも近い眩みを感じていた。無理もない。一度消したライズ・ノベルを取り戻すべく、呼吸すら勿体ないほど執筆に集中していたのだから。


 そんな彼女にも、トシの状況はまったく分からなかった。まさか、自分の過去や父親とのすれ違いを読まれていたとは夢にも思うまい。


『3rd.ED:ジャッジ・ライズ……皇儀 莱斗』


 このEDでの攻撃権を失ったトシに皇儀のライズ・ノベルがSTIとなる。途中で一度、文章のすべてを消した皇儀は、一体どんな作品を披露するのか、全員が注目していた。


『ターニング・ライズ・ノベル【合法ロリ vs 違法ロリのアカデミア】』

 

 ……………………え?


 皇儀のライズ・ノベルのタイトルを見聞きした全員が、我が目と耳を疑った。


―――――――――――――――――――――

【合法ロリ vs 違法ロリのアカデミア】 ジャンル:ファンタジー・コメディ


「ねえ、あなた。今夜あなたの子種が欲しいの……」私は男なら誰もが羨む豊猥な肉体と甘い吐息で誘惑するも、夫は反応することなく寝息を立ててしまった。これだからロリコンは!!


 魔王クライスが滅びた異世界バイストルに平和が戻って3年。聖勇者シュウとパーティーの魔法使いミリーは結ばれたものの随分と御無沙汰だった。元々、ロリ体型だったミリーは、結婚後にナイスバディへと成長したが、夫が重度のロリコンであることが発覚した。


 そんな時、王宮から来るべき魔王の再誕に備えて、優秀な戦士たちを育成するアカデミアを開校する報せが届く。その教師陣の一人に元勇者のシュウが選ばれたのだが、彼が受け持つのは12歳以下の女子クラスだった。このままでは夫がロリコン性犯罪でしょっぴかれると危惧したミリーは、変幻呪文で子供の姿となり、学校に生徒として通うことになるのだが……。


【EX:エクセレント 4ポイント】

―――――――――――――――――――――


3rd.ED

【NOGANE:8 ― 8:SUMERAGI】


 これは本当に皇儀の作品なのか? と誰もが思考が追い付かなかったが、ゼロに戻った点差と途中経過がディスプレイ表示された瞬間、スタジアム内は観客の大歓声に包まれた。


「なんて女だ、この状況をたった1EDで振り出しに戻しやがった!」


 天馬は、皇儀の底力に驚嘆した。トシも拳を震わせながら俯いている。やはり恐れ入ったのだろうか、何とか勇気付けようとしたが。


「す、凄いよ天馬!皇儀さんのライズ・ノベル!」


 少年のような眩しい笑顔を見せるトシに天馬はたじろぐ。

 確かに誰もが筆聖らしからぬ、タイトルと内容だと動揺するが、凄さの秘密はインパクトだけにあらずだった。


 皇儀の幼い頃より磨かれた筆力と創造力のレベルは、その辺のノベライザーとは比べものにならないほど高い。中学時代からここまで、ほぼ純ファンタジーのみで勝ち進んできた彼女だったが、唯一の欠点があった。


 それは、父親である皇儀 源蔵と同じ、純ファンタジーに作品を搾っていた『こだわり』だった。あらゆるジャンルを読み親しむ皇儀だったが、父親と同じジャンルに固執するあまり、彼女はそれが足枷となっていることに気付いていなかったのだ。


「幼女愛を題材にした性癖コメディなど初めて書いたが……悪くないな」


 悪くない、と言いつつも、皇儀は自信を得た表情を見せる。

 実際、皇儀が執筆したロリものは、彼女が持つ正統な文法によって、シリアスであるほどギャグが際立つシュールな作風に仕上がっていた。

 

「さあ、これで勝負は振り出しだ!ネクスト・ライズ!」


《皇儀復活キター!》《マジか!》《さすが筆聖。笑笑笑》《一気に逆転チャンス》《スゲエエエ》《すめらぎ恐るべし》《キー坊これは涙目(笑)》


 レールは自分で敷けばいい。自分の書きたい物を書く素晴らしさ。この男がそのことを教えてくれた。

 

 そんな思いを胸に続筆の意志を示す皇儀は、もうあの頃の自分を十分に超えていた。


「皇儀さん、次の作品も楽しみです!僕も負けません!ネクスト・ライズ!」

「果たして書けるかな? インペリオンがよもや、一兵たりとも生かしては……いや、一筆たりとも活かしてはおかないかもしれないぞ?」


 あの皇儀がトシのような駄洒落ユーモアを言った……?

 これは果たして、皇儀本来の遊び心なのか。それともトシのノベライズに掛ける情熱が伝染したのかは分からないが、二人がこの戦いを心の底から楽しんでいることだけは、間違いなかった。


    ■


「我が守護騎士よ!蒼き鎧を纏いて文壇の地に舞い降りよ!」

─ 創穹の覇凱神 ブレイブ・インペリオン ─


「炎に宿りし灼熱の文豪よ!心門より今こそ解き放たれろ!」 

─ 創誓の突覇皇 ジーク・ブレイカー ─


 悠久の空と海を彩る甲冑を纏った麗騎士。そして、灼熱色の鎧を纏った豪剣士。二人の創琉・紋心ソウル・ライドは、4th.EDの筆戦開始から瞬く間に姿を現した。三度、互いに剣を構えながら歩み寄る形貌は、今までと少しばかり異なっていた。


 インペリオンは、3rd.EDで見せた黄金の輝きこそ失っていたが、迷いという汚穢おわいが磨き落とされたことで、より透き通った蒼美あおみを帯びていた。自分の殻を打ち破ったノベライザーとしての進化を見せた。


 ジークの炎身あかみにも変化が現れていた。灼熱の渦が螺旋状に纏わりながら、脈動するように揺らめき、一歩進む度に熱き波動が舞い上がる。


 トシはソウル・ライドが発動する際に初めて詠唱を口にした。この言葉は、本来は大きな意味は持たないのだが、トシもノベライザーとして何かに目覚めたことは間違いなかった。


    ■


「皇儀さんは天才かと思っていた。だけど違う……!」


 トシは彼女が並々ならぬ努力家であることを知った。たとえ才能に恵まれていたとしても、ゼロからの閃きなどないのだと。


「野鐘くん。きみとはこんなエリア予選ではなく、全国で戦いたかった……!」


 皇儀はトシを生涯最強のライバルであると認めた。自分の折れかけた翼を蘇らせるほどの魂を持つ者なのだと。


『うぉおおおおおおおおおお!』


 キィィィィィィィィィィィィィィッーン!!

 トシと皇儀。互いに指を疾走はしらせるタイピングに同調しながら、ソウル・ライド同士の剣撃が繰り広げられる。あまりの幾閃に、音は失われる前に重なり続けて鳴音となって響く。


 天馬は、もはや二人の世界に自分が存在する意味はないと理解しながらも、特等席で世紀のノベライズを見届けられることを誇りに思っていた。


『アウト・ライズ!』


 少しずつ、ひとつの物語が終わりに近付いていた。それは、まばゆく輝き広がり、そして短くも燃える一時代だった。


「……トシ、お前なら昇れる。ライジング・ノベライザーに……!」


 ピシリ……


 相棒が最高の名誉に昇り詰めることだけを信じる天馬。夢想の執筆を続け、限界が近付くトシと皇儀。終焉を報せる罅音すきねに誰も気付かないまま、ノベライズは最終局面へと向かう。

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