2-4th. ED 開元

「おまえ、最近よく覗いてるだろ?なんなら、ちょっとやってみるか?」


「え……あっ」

「こいよ、俺は大地。剛池 大地っていうんだ。よろしくな 」


 柔罹 希空やわら のあと初めて会ったのは、俺がまだ小学6年生、12歳のガキンチョの頃だった。毎日喧嘩ばかりしてエネルギーがありあまっていた俺は、拳法道場に通わされていた。


    ━


「これが正拳だ。ほれやってみな。もっと足を開け。」

「ひゃっ……」

「おまえ、ちゃんと飯くってんのか? 胸もあばらもガリガリ……」

「大地!お前は女の子に何をやっとんのだぁ!」


 ズドムッと、脳天にゲンコツが落ちた俺は頭を抱えてうずくまる。

見上げると俺が世話になってる道場の先生(35歳、独身)が拳を震わせながら立っていた。


「いってえな先生!拳法にそんな技ねえだろ!」

「お前みたいなエロガキを制裁する拳法なんぞあるか! 人に技を教える暇があるなら、少しは礼儀を学べといつも言っとるだろう!」


 そっちだって指導する立場とは思えねえ、ひでえ言葉遣いじゃねえか……と言いたいのを俺は堪える。


「ところで、君は誰だい?」

「えっ……と……、柔罹やわら……希空のあ……で……す」


 希空は、俺とも先生とも目を合わさずにオドオドしながら自己紹介をした。


「何か前から、拳法に興味あったんだとよ。漫画の影響らしいけど」

「ははは。どこぞのイタズラの罰で放り込まれた悪ガキより、よほど素晴らしい動機じゃないか」


 一言、多いんだよコイツは……。


「……病気!…………病気が……治る技とか……ないですか?」


 希空は、深呼吸をして気合いを入れた一言を発したと思いきや、詰まったドライヤーみたいに咳き込みながら声を出す。


「ゲームじゃあるまいし、そんな回復技なんかあるわけねえだろ」

「一年前、入門初日に手からエネルギー弾を放つ技を教えろと、真顔で聞いてきたのは誰だったかな?」

「う、うるせえよ!あれは先生をからかったんだよ!」


 こいつ、痛いところを突いてきやがる……!


「ふふふっ……剛池君って面白いね」


 その日、初めて希空のあが笑顔を見せた。


    ━


「ううう~。大ちゃん。手が真っ赤になっちゃったよ~」

「だから言っただろ。お前にまだ受けるのは早いって」


 希空は、打撃用のミットを外して泣きそうな顔を見せる。希空が道場に通うようになって一ヶ月が経った。

 

 強くなって病気に勝ちたい。それが希空の拳法を始めた理由らしいが、いつも怪我しそうで危なっかしくて見てられねえ。


「拳法ってのはだな。厳しい修業の世界であって……」

「だったら、もっと他の技も磨いたらどうなんだ!」


 ズドムッと、もう何度くらったも分からない先生のゲンコツが落ちる。


「挨拶がわりみたいに殴るんじゃねえよ!」

「武道は心と身体を磨くものだ。それなのに大地。お前ときたら、身体ばっかりで心が錆だらけだろ! しかも柔法はからっきしだ」


 拳法には打撃や足技を中心とした剛法。投げ技や関節技の柔法がある。

 俺はバシッと決める剛法が大好きだった。


「はぁ……はぁ……」

「大丈夫か、希空?」


 希空は胸を押さえながら膝をつく。


「いかん。大地、ちょっと隅で休ませてきなさい」

「おう。立てるか希空?」


 俺は希空を背負う。同じ歳とは思えないくらい軽い。嫌いな算数や国語の教科書が詰まったランドセルの方が重たい気がした。希空は肺の病気だった。ちょっと体を動かしただけで咳き込むこともしょっちゅうだ。


「ごめんね……大ちゃん。修業の邪魔しちゃって」

「気にするな。先生のシゴキから逃げたかったところだ」

 

 希空は壁にもたれながら、コォォ……と、静かに呼吸を整える。俺が教えた息吹を必死に実践しようとしていた。


「ねえ、大ちゃん。この前の話の続きをしてよ」

「続きってあれか?カラテマンvsドラゴンだったか?」

「違うよ。ジュードー仮面の天下一バトル大会だよ」

「そうか。よーし。それじゃ聞かせてやるよ……」


 最初は希空の具合が楽になるまで間をもたせるつもりで何気なく始めた、俺の考えた物語。だけど、それがいつの間にか希空の楽しみになっていたらしい。かく言う俺も、次はどんな話を聞かせてやろうか暇を見ては考えるようになっていた。


「……てなわけで、悪の拳法使いはジュードー仮面の一本背負いで太陽まで飛ばされて焼けちまった!」

「大ちゃん、拳法を悪者にしちゃうなんて、先生に怒られちゃうよ」


 そう言いながらも希空は大笑いだ。元気になったようだ。


「ジュードー仮面が一度やられちゃった時はどうなるかと思ったよ」

「へへへ。主人公ってのはな。ピンチになってからが本番よ!」


「大ちゃん、作家さんになりなよ。拳法も強い作家さんに」

「いいなそれ。よし。いつか拳法で世界チャンピオンになったら、俺を主人公にした物語を本にするぜ」

「うん。楽しみにしてるよ!」


    ━


「じゃあ、元気でな……」

「大ちゃんも……」


 道場の入口前で俺は希空と握手を交わす。

 中学に入る前、希空は療養を兼ねて空気のいい田舎に引っ越すことになった。今日はその別れの日だ。


「えい……えい」

「何やってんだ?」


 希空は握っていた俺の手首へと持ち替えて、懸命に捻ろうとする。


「わたし、力がないから柔法、頑張ってみたけど結局、一度も大ちゃんを投げ飛ばすことできなかったな……」

「へへ……。俺を倒そうなんざ10年はえーよ」


 目に涙を浮かべながら希空は笑顔を見せる。

 お前は間違いなく、強くなった……本当はその一言を返してやりてえけど、俺も実は塩水が目頭ギリギリまできてた。


 先生や道場の仲間たちに見送られながら、修業を共にした俺の友達を乗せた車は走り出した。その時、後ろ席の窓が開いて希空が顔を出す。


「いつか、大ちゃんが主人公の物語を読ませてね!」


 そう言いながら、希空は今までで見たなかで最高の突きを俺に見せた。


「おう!お前もそれまでに大きくなれよ!あとオッパイも!」

「ばか~!」


 俺は拳でそれに応えた。車が見えなくなるまで、ずっと、拳を前に突き出していた。いつかきっとまた、強くなって会える日が来ると信じて……。


    ━


「た、担架だ!いや、救急車を呼べ!早く!」


 意識があるのかないのか、自分でもわからなかった。天井の照明がまるで日食のように薄ボンヤリと光っていた。


 えーっと、俺は確か……あれから真面目に修業して……中学で何度も大会に優勝して……武炸学園に入学して……そうだ。記念すべき高校のデビュー戦だ。これから三年間で俺の名を轟かせてやろうと、開始直後に電光石火の一撃を側頭部に…………決められたのか。


 いいさ。高校生活ってヤツはまだ始まったばかりだ。これからもっと修業を積めば……そう思っていた。


「もう格闘技はやめなさい。今度、強い衝撃を受けたら二度と歩けなく……最悪は……」


 現実は漫画の主人公に降りかかる試練よりも残酷だった。

 三半規管を強く痛めた俺は、まっすぐ歩けるようになるまでに三ヶ月。技と動きを取り戻すのにそこからさらに四ヶ月を費やした。いつの間にか訪れた冷たい季節が俺の耳の奥をいつも疼かせた。

 

 がらんどうの心と技で体を温めても、依るところはなかった。

 希望を失っても、研ぎ澄まされた感覚は否応にも表れた。

 答えのない積み重ねと行き場のない怒りを何度も部屋で爆発させた。


 そんなある日、本屋に立ち寄った俺は、偶然目にしたホログラム・ビジョンで新たな戦いの世界を知った。


 己の筆力と物語をぶつけ合い、頂点と書籍化を夢見る戦い ―― Nove(R)izeノベライズ ――  という世界を。


『大ちゃん、作家さんになりなよ。拳法も強い作家さんに』


 久しぶりに、希空の言葉を思い出した。

 そうだ。格闘技のてっぺんは無理でも、もうひとつの約束なら。これなら俺でも果たせるかもしれない。太陽の当たるこの場所なら。


    ■


―――――――――――――――――――――

【ゴーレムちゃんは、カルシウムが足りないの】 ジャンル:ファンタジー・コメディ


「ううう~。また、折れちゃいました……」そう泣きながら根元からポッキリと折れた腕を差し出す美少女リタはゴーレムである。最強の剣士を目指すべく師匠の下で修業を積む俺ことガイアが道端でひょっこり拾った錬成人形は、何の因果か俺と共に修行をすることに。強い心と体を持つ人間になることを夢見るリタだが、いつも身体のどこかを壊し、その度に俺は修復に追われていた。


呆れながらも退屈しない修行の日々を送る俺だったが、強い錬成素材を求めて俺の前から旅立ったリタのあとに剣士生命に関わる試練の時が突然訪れる……。熱血少年と人形少女が織り成す、約束と絆のファンタジーがここに始まる。


【EX:エクセレント 4ポイント】

―――――――――――――――――――――


 物語の概要と一緒にエクセレントの文字が表示されたと同時に、剛池のホログラムウィンドウ、ライズ・フィールド、そしてソウル・ライドが粒子となって消滅する。


4th.ED

【NOGANE:12― 11:GOUNOIKE】


それはすなわち、トシの勝利を意味していた。


『オーバー・ライズ!ポイント12対11で勝者、野鐘 昇利!』


『おおおおおおおおお!!!!』

「まさか、萌えファンタジーで決めるとは……!」


 トシとジーク・ブレイカーが勝利の咆哮をあげながら両腕のわきを締めた。

 天馬も同じく、この勝利の瞬間に立ち会えた喜びに鳥肌が立つ。


『第5ルームでのノベライズを制したのは、飛陽高校の野鐘選手です! 互いにルーキーながら、拳法とキーボードという類を見ない熱き戦い。このようなドラマがエリア予選の一回戦から見られるとは感動の一語です!』


「ずぁあああああああああああああああ!」


 剛池は、敗北の悔しさを叫び声にして天井にぶつける。そして、後ろを振り返ると静かに出口へと歩き出した。その背中はまっすぐ堂々と伸びているが、震えていた。


『剛池選手、惜しくも敗れましたが、そのファイティング・スピリッツは、間違いなく今大会のナンバー1でありました。彼の持つ数々の心技体の筆力と純粋なノベライズシップは、我々に新たな可能性を体現してくれたことでしょう!』


「ご、剛池さん!」


 トシは枯れかけた燃料を燃焼させるように大声で好敵手ライバルの名を呼んだ。剛池はトシに背中を向けたまま立ち止まる。


「また、ノベライズやりましょう!今度は……今度は防戦じゃなくて、攻めで剛池さんのソウル・ライドを倒しますから……それと、もっと熱い物語、楽しみにしてますから!」


 数秒ほど静止したのち、剛池は再び静かに歩き出す。


「おう!俺ももっと体と創造力を鍛えるから、楽しみに待ってろよ!」


 やはり後ろは振り返らず、あばよ、と手を上げながらノベライズの舞台を去る剛池をトシと天馬は見送った。


「トシ。一回戦突破、おめでとう」

「お祝いのアイス、イチゴ味とレモン味、どっちにするかまだ決めてない」

「たかが、一回戦突破くらいで調子に乗るな」


 トシの調子が狂う一言に祝いの言葉は即座に説教へと裏返る。


「……まあ、今日くらいはデビュー祝いも兼ねてダブル乗せにするか?」


 ─ 飛陽高校・二年 野鐘 昇利

   ライジング・ノベライズ、エリア予選二回戦進出。 ─

 

    ■


 人の声や熱とは縁の薄い、スタジアムの裏口へと続く静かな廊下を歩く男がいた。先ほどまで、トシと熱きノベライズを繰り広げた剛池 大地だ。その表情は凛々しく何も語らないが、胸の内は喪失感が広がっていた。


「負けちまった……。でも精一杯やったんだ。悔いはねえだろ」


 裏口前の広間に出た剛池は立ち止まり、ポツリと自分に言い聞かせる。

 辺りを見回すと、自分以外にいるのは、三人の学生のみ。長椅子に座り、缶飲料で頭を守るように落ち込む男。壁にもたれて涙を浮かべる女。虚ろな目で「なんで一回戦から皇儀なんだ……」と呪文のように不運を呪う女々しそうな男。


「……こいつら、みんな一回戦で負けた奴らか?」


 勝者がいれば当然、敗者も存在する。ノベライズへの意気込みと努力を積み重ねていた者ほど、その敗北の悲しみと悔しさは深い。これはどの競技でも付随する結果であり、世界中で見られる光景だ。


 別に勝敗に関わらず、表の入口から堂々と出ればよいのだが、ここに居る者たちはみな、自分の負けた姿を見られたくないのかもしれない。


 俺はこいつらとは違う。剛池はそう言い聞かせたかったが、ならばどうして自分は裏口ここから去ろうとしているのか。誰に言われたわけでもなく、本音ずぼしを刺されたことに歯を食いしばる。


「ち、ちくしょう!」


 剛池は自分の拳をも砕きかねない勢いで壁を殴る。その衝撃音に他の三人はビクリと驚く。


「ちくしょう!ちくしょう!ちくしょう!ちくしょう!」


 剛池は何度も拳を壁にぶつける。三人は一瞬、止めようとも考えたが、彼の体格と感情の大きさ、何より同じ敗北の悔しさを思うと何もできなかった。


 武の道を歩むには心が足らず。文の道を歩むには技が足らず。何者にも成れない、成りそこない自分が嫌でたまらなかった。


 何も掴めないこんな拳なんか、壊れちまえばいいんだ!


 弓のように力強く引いた右の一撃が壁に当たる寸前、剛池の拳の勢いは金縛りにあったように失われる。そして次の瞬間、視界が回転した。


 何が起きたのか理解する前に天井の照明と、その生み出した影にぼやけた顔が剛池の目に映った。手首には締め付けと温もりが伝わる。


「……やっと投げてやれた。相変わらず柔法はからっきしだね」


 懐かしくも力強い声が女の声がした。剛池は倒れたままその声の主を食い入るように見つめる。


「お前……もしかして……」


 面影こそ記憶と異なるが、その声と口調に聞き覚えがあった。


「久しぶりだね、大ちゃん」

「……希空のあか?」


 女は結わえられたポニーテールの傾きを直しながら頷いた。

 剛池がかつて道場で修業を共にした病弱だった少女は、女性らしく、そして逞しく、心身ともに弱さのすべてを剥ぎ取り、見違えるように成長した姿で現れた。


「どうしてお前がここにいるんだ。それにその制服……」

「今日付けで武炸学園に転校してきた。そしたら大ちゃん、スタジアムで試合してるって聞いたから」


「……拳法じゃなくて、ビックリしただろ?」

「ううん。大ちゃんのこと……転校する前に道場で先生に聞いたよ。怪我のことやノベライズを始めたこと」


 あのゲンコツ野郎、余計なことをペラペラと……。

 剛池は恥ずかしさと情けなさで希空から目を背ける。


「試合。途中からだけどロビーで見てた。カッコよかった」

「よせ。どうあれ俺は負けちまった」


 せめて再会くらいは勝利で飾りたかった。希空がどう思おうと、剛池は敗北で悲観する自分の姿を見られた情けなさが拭えなかった。


「へへへ。主人公ってのはな。ピンチになってからが本番よ!でしょ?」

「……!」

 

 希空は、剛池の声真似をしながら、正拳突きを見せる。


「約束はまだ途中だよ……? 大ちゃんの物語。まだ始まったばかりじゃん」

「……ああ、そうだな」


 確かに剛池は、まだ何も成し遂げていないのかもしれない。しかし、自暴自棄となるにはまだまだ早い。ノベライザーとして、格闘家として、互いに大きな成長を見せた二人の再会が繋いだ未来やくそくは明るい気がする。



――――次回予告――――――――――――――


 エリア予選ベスト16のブロック決勝へと快進撃を続けるトシの前に “ 感情を失った死神 " と呼ばれるノベライザー、詩仁 可美うたに ありみが立ち塞がる。スタジアムに響く己の能力を自覚したトシのエンド・ライズの叫び声。彼女の筆死ともいうべきライズ・ノベルと書籍化を目指すその哀しい理由とは……? 絶望は希望に。失われた魂は新たな命へと生まれ変わる時、麗しの電影が咲き乱れる。

 

 ライジング・ノベライザー Episode.3

【Reviving - Nove(R)ize】 己の筆力で命を燃やせ!


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