8-5th. ED 新文芸の軌跡

 西暦2078年。ホログラフィによるHR(投影現実)の高度な発達により、コンピューターを用いた芸術文化に劇的な変化を遂げた時代。


 ここにまた新たに一人、物語を愛し創作の世界に魅了された者が、文豪たち筆巻く舞台を駆け昇ろうとしていた。


    ■


「……野鐘君は、私と出会ってノベライズを始めたと言ってくれたが、それは私も同じかもしれない」


 エリア優勝のインタビューを受ける皇儀は、カメラ目線で、その画面の向こうにいるだろう相手に粛々とながらも清々しく語る。


 トシと出会って、そして戦ったことで真のノベライズに目覚めることができたのは皇儀自身だった。


「……なのに、ノベライズ前にきみの想いに軽々しく応えてしまい申し訳ないと思っている。すまなかった」


 皇儀は謝罪する。皆がノベライズ前にどのようなやり取りがあったのかを察するが、決勝前の会見の場で告白するトシの礼儀、常識コモンセンスの方がどうか、とも思った。


「だが、ノベライズを愛しているという意味では、私たちは相思相愛かもしれない」


 聞く者の耳の裏が熱くなるような、屈託ない言葉を皇儀はさらりと言う。


「私はもっと野鐘くんとノベライズがしたい。また今度、筆を交えるその時こそ、君の想いに応えようと思う。だから……次の舞台で待っている」


 皇儀は、最後にニッコリと微笑みながら、ライジング・ノベライズの優勝会見を締め括った。


    ■


「いや~、青春ですね。僕もあと5年ほど若けりゃ、彼らと同じ空気が吸えたかな」


 どこか皮肉めいた口調の男は、健康に害のない電子煙草を吸いながら、肩を小刻みに奮わせて笑う。


「あれ。宇野さん。確か来年で35歳って言ってませんでした?」

「野暮なツッコミは出世を遠ざけるよ、芥河君?」


 月刊『Rising-Magazine』の編集記者である、宇野 茂。もう一人は、トシたちが繰り広げたライジング・ノベライズのエリア予選のすべてを見届けた、ガイドの芥河 尚樹である。


「……二人とも。茶番はいいから続けてくれないか?」


 宇野と芥河のやり取りをあきれ顔で制止するもう一人の男の声。宇野は、へいへいと言いながら、テーブル中央に投影したホログラム画面を切り替える。


 三人で使用するには少しばかり広いビルの一室。全国各地のエリア予選を最も賑わせた男の名が挙がったことで、一時中断された審議が再開される。


「……すみません、会長。それでは宇野さん。残り四人をお願いします」

「今年はこのエリアはなかなかの粒ぞろいでした。それじゃ、残り四人の一人目は……」


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【No.7】 武炸学園(二年) 剛池 大地


「元・拳法の有段者ながら不遇の事故でノベライズに転向した異色のノベライザーです。筆力、創造力はまだまだ荒削りですが、執筆と完全同調したソウル・ライドは見事なものでした」


 宇野は室内中央に、剛池の顔写真と共に、彼の紋心である【磐誇たる護攻拳:ガディア・バルダム】などの資料を投影する。


「……確かに、彼のノベライズ・スピリッツは目を見張るものがあったな。続けてくれ」


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【No.8】 カテリア学園(三年) 詩仁 可美


「昨年のライジング・ノベライズ途中で見舞われた悲劇を乗り越えて、見事に蘇りました。三年生という最後の年であること、そして教会施設の支援を募る為という、懸命な目標を踏まえて彼女を推薦します」


 映し出されたのは、感情を失った頃の表情と色無きソウル・ライドの【葬飾の墓大樹:ヒュグドラッサム】だが、今はもう哀しい面影はない。


「ノベライザーとしての完全無欠にも近い力は失ったが、それ以上に得たものも多いことだろう。少しでも注目されることを願おう」


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【No.9】 湧希高校(二年) 鉤比良 龍彦


「ベスト8まで進んだ実力は申し分ないのですが、正直、彼を推薦するか悩みました。しかし、調べたところ過去の一件は冤罪だったようですし、運営としてせめてもの罪ほろぼしも兼ねて、芥河君にも協力してもらいました」


 トシとのノベライズ、3rd.EDで見せた鉤比良の【UF:アンフォームド】は、実は【VL:バイオレーション】による反則行為と判定されていたが、芥河は画面表記を切り替えていた。


 創琉である【劉欺士アサシネス・フェイカー】のホロモデラーで増やしていたことも分かっていたが、結果としてトシが勝利したこと。そして、当人同士で和解が成立していることが考慮された。


「……青春に過ちはつきものだ。結果オーライにはなるが、特例を認めよう」

「その懐の広さに感謝しますよ。さて、それでは【No.10】ですが……」


 そして、宇野は十番目となる最後の一人の名を告げる。それは意外な人物だった。


「本気ですか、宇野さん? 彼は今回のライジング・ノベライズには出場していないんですよ?」


 難色とまでは言わないが、芥河は口元に拳を当てて賛同に悩む。


「確かに。今年の公式実績に限れば、彼は校内選抜で敗退している。しかし、ノベライズ履歴に面白いデータが残っていましてね」


 宇野はスクープとばかりに十番目の男の実力となる根拠データを示す。


「……確かに資格は十分そうだ。いいだろう。彼もエントリーしよう」

「会長がそうおっしゃるのでしたら異論はありません。これでこのエリアからの枠は以上になりますね。他のエリアも今頃きっと審議していることでしょう」


 ……再生と飛翔の可能性を秘めた、10人の文鋭ぶんえいたちを。


「それはそうと、二人とも僕のことを会長というのはやめてくれないか? どうもその肩書きに堅苦しくて抵抗がある」


「まあ、そう言わず。これからも我々の手でノベライズを。そしてライズ・ノベルの発展に尽力しましょう。皇儀会長」


 表には名は出ないが、ノベライズ界の権威にして、20年以上も文学界の頂点に立つ現役の文豪。皇儀 源蔵は、目を閉じながら複雑な微笑を浮かべた。


 やつらが動き出す前に……、という思いを抱きながら。


    ■


『おーい、トシ。大丈夫か?』


 天馬と姫名は、ワイパーのように手を振りながら、トシの意識を確認する。

 トシは、ある意味告白、交際承諾したとも捉えられる皇儀の会見の言葉に放心状態だった。嬉しさもあるが、自分のとった態度を悔いていた。


 負けて消沈してしまったことで「また、あなたとノベライズがしたいです」という一言が言えなかったことを。


「来年は……僕が勝つ。よし、まずは新しいキーボードを探さなくちゃ!」

「そうだよトシ。その意気だ!」

「骨董品にはなるが、探せばもっと丈夫なタイプもあるだろう。、俺も探すのを手伝ってやる。と、その前にだ……トシ。今から俺とノベライズで勝負しろ」


 涙の跡を拭いながら、決意を新たにするトシに姫奈は喝を入れるが、天馬は眼鏡の位置を直しながら、唐突にひと勝負を持ち掛ける。


「そ、そんな。今の僕じゃ天馬になんか勝てっこないよ」

「そうだよ天馬。フェアじゃないぞ」

「関係ない。ノベライザーたるもの、何人たりとも挑戦は拒むべからずという、暗黙の誇りを知らぬわけじゃあるまい?」


 天馬の顔は真剣そのものだった。どんな状況であれ逃げる訳にはいかないと覚悟を決めたトシは、無言で【(R)izing Seed】を起動した。


「あれ……ちょっと待って?」


■■■■■■ 重要なお知らせ ■■■■■■

日頃より、【(R)izing Seed】を御利用いただき

ましてありがとうございます。野鐘 昇利 様

にお知らせしたことがございますので、最優先

でメッセージの開封・確認をお願いします。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


 普段は起動しても表示されない、警告にも思える通知画面にトシに緊張が走る。心当たりはないが、最悪はアカウントの抹消を思い浮かべながらトシはメッセージを開封する。


「こ、これって!?」

「やはり届いたか。とりあえず一安心か」


 メッセージ内容を読んだトシは、驚きの声をあげる。天馬は見透かしていたように大きく息を吐いた。


【第15回ライジング・ノベライズ選抜代表枠:候補エントリーのお知らせ】


「なになに?どういうことなの?」


 トシが起動したホログラム画面を覗き込んだ姫奈も焦りを見せる。


「やれやれ……やはり知らなかったか。いいか、トシ。ライジング・ノベライズの全国大会は、総勢64名によるトーナメント戦だ。だが、各エリアの予選から勝ち上がった選手だと47名しかいない」


 ならば、残り17名の枠はどこから選出されるのか? その選抜枠を競う、敗者復活戦ともいうべき機会があることを天馬は説明した。


「ノベライズをやる者なら常識だぞ。まだまだ知識が偏っている証拠だ」

「じ、じゃあ、トシにはまだ全国に行ける可能性があるんだね……って、もしかして天馬、最初からこうなると分かってたんじゃないの?」


 姫奈の言うとおりだった。あれだけ筆聖とも互角以上のノベライズを繰り広げたトシが選抜枠のチャンスから外されるわけはない。メッセージには天馬の予想どおりの内容で、トシが選抜トーナメントにエントリーされた経緯が記されていた。


「……姫奈がトシを抱きしめて、涙を胸で拭くのに期待していたんだがな」

「ほ、本当に性格わるいな、この種馬スケベ!」


 天馬はいつもの鋭い眼光で眼鏡を直しながら【(R)izing Seed】を起動する。


「まあ、それとは別にノベライズをしたいのは本当だけどな。ちょっと確かめたい技があってな。トシには実験台になってもら……」


 新たな希望が湧いたトシと同じく、これからも担当者としてできる協力を楽しみにしていた天馬の表情が一変して、しばらく無言で固まる。


「トシ、すまないが、お前とのノベライズはお預けだ。あと、担当者も今日限りで外させてもらう」

「ど、どういうこと天馬。これからも僕の……」


 突然の相棒からの決別にトシは顔色を変えて詰め寄るが、天馬は二人にも見えるように画面を投影する。


【第15回ライジング・ノベライズ選抜代表枠:候補エントリーのお知らせ】


 そこには、先ほどトシに届いた同じものと同じ標題が記されていた。

 天馬もトシと同じく、選抜枠の機会が与えられたことを意味していた。


「どうして天馬あんたが出られるの!? だってライジング・ノベライズには出てなかったじゃん! あれ……出てたか?」


 トシと姫奈は、天馬が選抜の機会が与えられた経緯に目を通す。

 そこには、校内選抜で惜しくも大会からは外れるも、担当者として同校筆友の実力を最大限に発揮させて決勝戦まで尽力したノベライズ・シップ。そして、その相方との過去のノベライズ履歴で49連勝している実績を評価する。と、記されていた。天馬はこんな形で積み重ねた物が評価されるとは、夢にも思わなかった。


「今から俺とお前は、またライバルだ。必ず選抜枠を勝ち得て全国まで行く!」


 天馬は、ライバルであり親友に向けた筆誓の眼光を向ける。


「何ならトシ。全国ではお前を俺の担当者として同行させてやろう。書籍化したら一番にサイン本くらいはくれてやる」


 時を同じくして、新たなノベライズの舞台に召集する知らせはトシと天馬を除く全国各地の数百人のノベライザーの許にも届いていた。その中には当然、剛池、詩仁、鉤比良の面々もあった。


「よーし、決めた! 私も来年は、ライジング・ノベライズに出る!」

「え、姫奈まで急にどうしたの! 書籍化したくなったの!?」


 天馬と同じく、ノベライザーとしての決意を固める幼馴染の一声にトシは動揺する。


「ふふーん。好きな人のため……かな?」


 姫奈はわざとらしい笑みと嫌味を見せながらトシの胸を小突く。

 まだ自分の状況整理すら追いついていないにも関わらず、二人の親友は新たな一歩を踏みだそうとしていた。


「トシ、嫌なら辞退するのも一つだぞ? 俺はライバルが減るのは大歓迎だ」

「皇儀さんを諦めるか?些細な浮気心だったのなら、今なら許すぞ?」


 トシは、ノベライズと出会うまでは自分には何もないと思っていた。

 時とともに青春や夢を失い、不可はなくも可もない、依る所のない日々を送るのではないかという孤独と自分も知れずに戦っていた。


 だが、ノベライズは失いかけた感覚なにかをトシに否応なく実感させてくれた。


 時に不安や痛みもあったが、筆力を通じて自分を知りはじめた。創造力の中でみんなと繋がった。ノベライズという同じ物語を持つ同志なかまと出会えた。


「決まってるじゃないか。僕はこれからも執筆かきつづけるよ。どこまでも!」


 トシは自分と皆との約束ちかいを叫びにして、握りしめていた言葉の欠片を空へと放る。その四文字は太陽の輝きに照らされて『RIZE』の文字を描きながら、どこまでも高く昇った。



 ―― Nove(R)izeノベライズ ―― それは書籍化をはじめ、小説家を夢見る多くの若者たちが足を踏み入れる、無限の可能性を秘めた新たな文芸の軌跡。文学賞……Web小説……自費出版……。それらすべての枠を超えて、己の筆力と物語をぶつけ合い頂点を目指す未来の作家たちを人々はこう呼ぶ。


 ライジング・ノベライザー、と。


【第一部 完】

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ライジング・ノベライザー 鯨武 長之介 @chou_nosuke

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