6-3rd. ED 絶対に優勝しろよな……。

 この世における競争、勝負の世界には、評価でも優劣でもその結果に至るまでに、各々が持つ才能や積み重ねてきた努力が必ず付随する。しかし、時に才能は他人に、努力は自分に残酷な結果をもたらすことがある。


 どんなに心血を注いでも結果が身を結ばない者がいれば、ほんの気まぐれで栄光を掴む者もいる。


 汗や涙も流さずに夢を語ることは許されないのか? 口で語れる程度の努力など意味はないと言うのだろうか? “結果がすべて“の一言で済ませるのは、あまりに寂しくはないだろうか。


「……だが、動機は平等だ。スタート地点に立つ理由を責める資格など誰にもない」


 持ち前の鋭い眼光を見せながらも、穏やかな口調でそう言いきった天馬に姫奈は胸を撫で下ろす。自分の勝手な言い分で、せっかく解消されたトシと天馬のわだかまりが再び表れなくてよかった、と。


「でも、書籍化に夢や人生をかけてるノベライザーはたくさんいるじゃん。天馬だって、書籍化がしたいんでしょ?」


 それでもどこか素直になれず、納得できない姫奈はささやかに抵抗を見せる。


「確かにな。だが俺の動機だって立派なもんじゃないぞ。俺は別に作家になりたいわけじゃないからな」


 たとえ売れなくても、一冊でもいい。自分の名前と結果を出版社を通じて世に残したい。それが天馬の望みだった。


 これまで自分が倒したノベライザーの中には、本気で一生の作家を目指す者もいたかもしれない。そんな者たちからすれば、天馬の志を疎ましく思うノベライザーもいることだろう。


「それに姫奈。あいつらを見てどう思う」


 天馬はセルラブルから浮き出た小さなホログラムに向かい何やら操作しながら、もたれ掛かったフェンスの後ろ、学校のグラウンドを顎で指す。姫奈の目には野球部、サッカー部、陸上部などが練習に励む姿が映る。


「……どうって、一生懸命、練習してるなって思う」

「なら、話は早い」

「そ、それが何のさ!」


 分かるようでわからない姫奈は、いつの間にか苛々を得意げな顔の天馬に向けていた。


「あいつら、みんながプロを目指してるわけじゃないだろ」


 天馬の言葉に姫奈は何度も瞬きをしながら黙考する。


「さて。俺はそろそろ行く。明日の決勝に向けて準備があるんでな」

「あ……ありがとう。いろいろ聞いてくれて」


 珍しくどこか優しい笑顔を見せる天馬に少し照れながら礼を言う。


「お前はもう少しここにいろ。俺が一度だけ魔法の呪文を唱えておいた」

「魔法の呪文?」

「あとはお前のストーリー次第だ。それとも何だ。その胸はただの飾りか?」

「う、うるさい!それが告白前に失恋した乙女にかける言葉か!」


 モヤモヤしながらも、少し落ち着きを取り戻した姫奈に安心した天馬は、一人で屋上の出入口へと向かって歩きはじめた。


 失恋したのはお前だけじゃないかもしれんぞ……。

 そんなキザな言葉を胸に秘めながら。


 それから姫奈はしばらく、少しずつ夕焼け色に染まるグラウンドを眺めていた。白球の金属音を奏でる野球部。声を掛け合いながら一心不乱にボールを追うサッカー部。ホイッスルを合図に疾走する陸上部。彼らはみなが生き生きとしていた。


 姫奈の中でその光景とある物語が重なろうとした時、屋上の出入口のドアが開いた。


「姫奈!」


 後ろを振り返るとそこには、熱愛ならぬ姫奈にとっては捏愛ともいうべき存在、トシがいた。姫奈は思わず逃げようとするが、トシは姫奈のもとへと一直線に駆け寄ってきた。


「え、なに!?離してよ!」

「離すもんか!」


 トシは逃がさないとばかりに力強く姫奈の肩を掴んで彼女の顔を見る。

 姫奈はトシの真剣な眼差しに思わず顔を背ける。焦りと気まずさ、そして何よりも燻った想いが胸を詰まらせる。


「天馬から姫奈がここにいるって聞いたんだ」

「あいつめ。余計なことを……」


 とは言ったものの、トシに拘束された状態に姫奈の胸の動悸は、ますます早まる。なんだか恋愛漫画のヒロインなったようで、悔しいが悪い気分ではなかった。


 だが、潮時でもあった。いつまでもトシから逃げるわけにはいかない。ここできちんと自分の気持ちを伝えなければ、と姫奈は思った。


「ところで大事な話って何? やっぱり急にスタジアムからいなくなったのと何か関係があるの?」


 姫奈は唖然とした。この男は一度しか話したことがない皇儀にあれだけ大々的に愛の告白を披露しておきながら、幼馴染みが哀の酷迫で疲労していることにまったく気付いていないのだ。


 姫奈はある意味、天馬以上に無神経で国宝級の鈍感なトシに、怒りを通り越した激情が沸いてきた。


「それと、キーボードを持って来いってどういうこと?」

「え……私、そんなの」

 

 大事な話といいキーボードいい、姫奈にはトシの言ってることがまったく読理解できない。


─ 俺が一度だけ魔法の呪文を唱えてやった。あとはお前のストーリー次第だ。


 そういうことだね、天馬……。

 姫奈はすべてを察した。天馬がいつか言っていた、ある言葉とともに。


─ 小説家という奴は、少なからず自己顕示欲を胸に秘めた自信家の集まりであることは間違いない。


「トシ!」

「ど、どうしたの姫奈!?」


 姫奈は興奮気味にトシの名を呼ぶと、軽く肩を押して距離をとる。そして、大きく深呼吸をしながら決意を固めた。


「私と勝負だ!もしも、私が勝ったら……勝ったら……決勝戦は辞退しろ!」

「突然なに言ってるの姫奈!? そ、それに勝負って!?」

「そんなの決まってるでしょ!」


 目には目を。馬鹿には馬鹿を。すなわち……。


「ノベライズには、ノベライズだよぉおおお!」

「い、意味がわからないよ、姫奈!?」


 トシが初めて姫奈にツッコミを入れた歴史的瞬間である。


    ■


「どうして、こんなことになったんだろ……」


 これは幻覚か蜃気楼かそれとも夏の幻か。今、目の前で繰り広げられている状況にトシは困惑していた。


 飛陽高校の屋上で突如として始まった、トシと姫奈のノベライズ。

 試合は1ED:15分の一本勝負。最低文字数は5000字以上。整合率は90%以上。ライズ・ノベルは完結必須という、ショート・ノベライズ形式で行われていた。


 姫奈が勝った場合は、トシは明日の決勝戦を辞退しなければならない。非公式ながら事実上の準決勝でもあった。


─『ぼ、僕が勝った場合はどうなるの!?』

─『そ、その時は私が付き合ってやるよ!』


 しかも、賭け試合という、ノベライズシップに反する行為とも捉えられかねない無茶苦茶な案件である。はっきり言ってトシには何のメリットもない。


 ならばどうしてトシは、姫奈の挑戦を受けたのか。それは『ノベライザーたるもの、何人たりとも挑戦は拒むべからず』という、暗黙の誇りに従ったからだ。


 常識的に断っても何の問題もないのだが、ノベライザー精神に愚直なトシの信条と姫奈の気迫に押されたからこそ成立してしまった不遇の一戦だ。


「こんなにも思うように文字が打てないなんて……!」


 姫奈は戸惑いの声を漏らす。トシがノベライズを始めた頃から密かにインストールしていた【(R)izing Seed】。いつか練習相手になれればと、基本的な使い方はマスターしていたが、対決で用いるのは初めてだった。


 ライズ・フィールドは、ほぼデフォルトながら、パステルカラーによる女子高生らしいカスタマイズがされている。現代人としてホログラム・キーボードは人並みに扱えるが、制限時間内で創造力と筆力を発揮するとなると、緊張やプレッシャーも加わり、日頃のタイピングを発揮することが如何に難しいか身をもって知る。


 でも、負けるわけにはいかないんだから!!


 たとえ相手がライジング・ノベライズの枠に限るといえども、今や全国の高校生ノベライザーのベスト100に入るランカーだとしてもだ。


 啖呵を切った以上、姫奈は本気で勝つつもりだった。たとえ逆恨みと言われようとも、今まで積み重ねた秘めた想いと鈍感さに怒れる気持ちを込めてトシの方を睨む。が……。


 どうも、トシを見てると調子が狂っちゃうな……。


 トシはこのノベライズでもキーボードを用いているが、屋上には机がない。よって代わりに樹脂製のスタンダードな青色ベンチを台にして、片膝をつきながら執筆をしていた。


 その光景は姫奈から見ると、ベンチの背もたれから顔だけを覗かせて肩を震わせる変質者に見えなくもなかったが、僅かに透過されて映るホログラムの文書画面には、もの凄い勢いで文字の道が敷かれては昇っていた。


 殆ど一筆書きで、字数差をどんどん広げて紡がれるトシのライズ・ノベル。姫奈は今にして、自分が戦いを挑んでいるのは幼馴染みではなくて、一人のノベライザーなのだと実感した。


 ガァアアアアアアアア!


 ノベライズ開始から10分が経過した時だ。執筆の炎は猛炎の雄叫びとともに姫奈をさらに激闘の空間へと追いやる。


 ─ 創誓の突覇皇 ジーク・ブレイカー ─

 灼熱の鎧を纏ったトシのソウル・ライドは、まるで茜色の天蓋を支配する太陽の片割れのようだった。


 私は、こんな恐ろしい紋心をいつも何気に眺めていたの……?


 それが今、トシの筆死のライズ・ノベルとともに、自分に向けられているのかと思うと姫奈の身体が震えるが、その反応は決して恐れだけからくるものではなかった。


 トシがまだキーボードと出会っていない覚醒する以前。姫奈は一度だけ、天馬に連敗するだけの日々を送る彼のノベライズを揶揄したことがある。


 ─ もう、ノベライズなんかやめちゃいなよ。


 みんなから嘲笑されても、前向きな姿勢を見せるトシが逆に可哀相に思えたゆえにかけた言葉だった。だが、トシはそんな姫奈の心配など露知らずにこう言ったのだ。


 ノベライザーたるもの敗北を恐れるな。真の敵は諦めることだ。


 皇儀 莱斗と対峙するため。好きになった人に自分の想いを伝えるため。そのためだけに、トシはここまで筆力と創造力を磨いて戦ってきたのだ。


「今なら、私もわかるよトシ……!」


 姫奈の顔から不安、畏怖、焦燥、遮るものすべてが消えた。あるのは覚悟と邁進のみだった。


「私も、大好きだぁああああああああ!」


 その叫びは、幼馴染みに向けられた乙女の気持ちか。それともノベライズの面白さに覚醒した高揚なのかは彼女にも分からなかった。


 だが、その想いは駆け出しノベライザーにある進化をもたらした。

 姫奈の体がまばゆい銀色の光に包まれる。新たな力に目覚めた魔法少女か。それとも異世界に導かれる現象か。


 違う。姫奈はその異変の発生源は、セルラブルだと気付く。 


「ノベライズ中に執筆以外でエフェクトが発生する条件はただ一つ……!」


 トシは、かつて校内選抜で天馬に言われた言葉をそっくり放った。


「ソウル・ライド!?」


 姫奈の希望が確信となったその瞬間、空に伸びる光のとともに姿を表す一体の創琉。水晶のように透明な翼と、柔雪の優しさをも匂わせる白銀の衣に包まれた、錫杖メイズ小型盾バックラーを携えた女神の化身。


 ─ 悠絆ゆうはんなる純像の愛神めがみ ヴァル・プロトコル ─

 友に秘めたる想い。友との熱き絆。そして乙女の覚悟。それらが三位一体となったことで目覚めた決意の結晶である。


「さあ来い、トシっ!素人だからって、ナメてかかると怪我するんだから!」

「もちろん、遠慮なんかしないよ姫奈!」


 トシの目の輝きが変わった。それは幼馴染みとしてだけではない、好敵手に向けられたものだ。


 密かに微塵あった戸惑いが消えたトシの鍵打音タイピングにより力強さと魂が篭る。それに呼応して灼熱の豪剣士は、鋸斬と鉄槌の形を持つ大剣を姫奈に向かって振りかざす。


 プロトコル、私を守れ!


 姫奈の両手は止まることなく物語を紡ぎながらも、自然と紋心への意識が湧き出る。ある種の麻痺にも近い、集中力と意欲が体中を駆け巡る初めてのノベライズ・ハイは、かつてない快感だった。


 そして、ジークを貫け!


 純像の愛神プロトコルは、小型盾バックラーでジークの大剣をピンポイントで防ぎ受ける。そして、一瞬の隙を突くように錫杖でジークを弾き飛ばした。


 トシ。ノベライズって、こんなにも面白いんだね……!


 姫奈の指先に宿る一字一句の願いと想いすべてに応えるように、高く掲げられた錫杖から幾百もの光の矢が壁となって放たれる。


 「捌ききれない……!」


 トシは姫奈のソウル・ライドの持つ力に焦りの声を漏らす。

 ジークは大剣を放り棄てると、主君を守るべく大の字の構えですべての閃光を我が身で受けた。


 ソウル・ライド戦は姫奈のワンサイドゲームとなった。完結必須が条件である以上、執筆が滞ることを恐れたトシは、ひたすら防御に徹したノベライズを余儀なくされた。


「エンド・ライズ!」


 先に筆を置いたのはトシだった。夕焼けの眩しさと姫奈のソウル・ライドに大きくペースを崩されたことが相成り、大粒の汗を流しながら呼吸を荒げていた。


「何とか無事に終えられた。だけど……」


 もっとノベライズがしたい。それがトシの本音だった。これが、ショート・ノベライズでなければ、時間の許される限り筆を交えたかった。しかし、執筆を介さずにソウル・ライドだけを相手にぶつける行為は反則となるために断念したのだ。


「エ……エンド・ライズ!」 


 それから、しばらくして姫奈も執筆を終えた。初めての筆了はどこか照れ臭い思いもあったが、誰にとも言えぬ、力を出し尽くしたことを告げる一言は、とても心地好いものだった。


「凄いノベライズだったよ、姫奈」

「……うん」


 それぞれの物語を解析する、アナライズの短いひと時の中、姫奈もまだ落ち着かぬ息で肩を揺らしながらトシを見ていた。幼馴染みではなく、一人のノベライザーとして彼の健闘を無言で讃えた。それはトシも同じだった。


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1【MASATOSHI – NOGANE】

字数:12,149 整合率:98% (R)ize Novel release


2【HINA – AIBA】

字数:5,613 整合率:92% (R)ize Novel release

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 アナライズの結果が表示されるホログラム画面を見たトシと姫奈は安堵の息を吐く。姫奈は特に基準到達まで紙一重だったことに喜びも大きかった。


 でも、これで満足したくない。勝ちたい……。勝って、私の筆力でも創造力でも、気持ちでも何でもいいからトシに認めてほしい……!


 最初はトシと皇儀への怒りと当て付けとばかりに勢い任せで挑んだノベライズだったが、姫奈は一人のノベライザーとしての感情が芽生えはじめていた。


『ジャッジ・ライズ……先攻、野鐘 昇利』


 STIに変換された、トシのライズ・ノベルのデータが螺旋状のビームと通常の聴覚では聞こえない特殊な周波数を通じて姫奈の全細胞を巡る。これも初めての経験だ。


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【川柳 Boy meets 俳句 Girl】 ジャンル:ラブコメ


 俳句によるどこか抽象的な表現でしか気持ちを伝えられない高校一年の女子、郷志 知子さとむね ともこは、思ったことは何でもストレートに川柳で口にする同級生、皿里 満千隆さらさと みちたかに弟子入りを志願する。彼もまた、実直すぎて相手を不快にしてしまう自分を変えたい悩みを持っていた。


『霹靂に 逢いに知り染め 焦がれ雨』『俺達は きっと変われる うまくいく』『潔く 憂虞よ掃い 光明に』『その時は 想いを届ける あの人に』そんな両極端なコミュニケーションが交錯する、五七五ラブコメの行方は、字余り? 字足らず? それとも自由津!?


【EX:エクセレント 4ポイント】

―――――――――――――――――――――


 姫奈は、初めて読ませてもらったトシのライズ・ノベルに全身で感銘を受けた。ノベライズは物語を生み出すだけではなく、心を震わせ合うスポーツなのだと。それと同時に自分の理想だった、本物の想いと志を見た。


 トシ……ありがとう。

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