Episode.2 【Fighting - Nove(R)ize】

 2-1st. ED 開戦

 ライジング・ノベライズ Rising - Nove(R)ize -


 今から20年前、西暦2058年に初の大会が開催された、エレクトロニクス・リテラリー・アワード(電子文学賞)の総称。元々は【(R)izing Seed】ライジング・シードの販促と普及を兼ねたメーカー主催、出版社協賛による、いちイベントに過ぎなかったが、優勝者に与えられる書籍化確約の権利が作家を志す者たちの火を着けた。


 大会優勝者の書籍は、新人ながら大ヒットを記録。これは作品が持つ面白さだけではなく、ノベライズで繰り広げられた筆者同士による戦いのドラマや作者の魅力が観客たち読者の心を熱く、関心を引いたのも大きい。ネット社会の浸透後、優れた文才と作品が飽和状態にあった創作界にとっては予想外の発掘要素と判断材料となった。以後、様々な出版社主催によるコンテストが行われるようになり、そこから多くの作家たちが生み出される。


 後にeスポーツとしても認定され、西暦2063年からは中高生それぞれを対象とした全国大会も行われる。年に一度、全国47のエリアから予選を勝ち抜いた学生たちによる熱きノベライズが繰り広げられていた。


     ■


「……以上をもちまして、開会の挨拶とさせていただきます。選手、皆さんにとってこの大会が素晴らしい青春と執筆の1ページとなることを、そしてこの中から新たな才能が羽ばたくことを心から願っております」


 ノベライズの歴史とともに挨拶と称した自分の演説とPRを交えたお偉いさんの長話がようやく終了した。


「いい話だったね天馬」

「トシ。お前の脳みそはお花畑か。あんな堅苦しい話を真面目に聞いてたのはお前だけだぞ」

「でも、みんな凄く拍手してたし……」


 それは長話からの解放の喜びだ……と、天馬は言おうと思ったが、これ以上、この話題を拡げるのは頭痛の種だと判断して何も言わなかった。


 多目的施設でもあるスタジアムのホールの一室には、100名以上の各校からの高校生をはじめ、様々な学校やメディアの関係者が集められている。第15回ライジング・ノベライズのエリア予選の開会式が粛々と進められていた。


 あの校内選抜のノベライズから二週間が経過。各校の出場選手が整列するなか、飛陽高校からの代表としてトシと天馬の姿があった。


「こうして天馬とここに立てるなんて夢みたいだ」

「……その言葉できれば、運命を共にした恋人と素敵なひと時で交わしたいものだ」


 ため息と文句を漏らしながら眼鏡のズレを直す天馬だが、彼は出場選手ではない。担当者チャージャーとして参加していたのだ。


 ライジング・ノベライズでは、必要場合に応じて自校選手のノベライズの監督・付き添いおよび補助をするアシスタントの参加が一名認められていた。時には原作を提供する相棒として参加する選手もいる。


「何か質問とか疑問はないのか? こうして忙しいなか、時間と身を削ってお前のために参加してやってるんだぞ」

「そっか。天馬は去年ここに来たんだよね。じゃあ、入口の売店で売ってるアイスだけど、イチゴ味とレモン味どっちがオススメ?」


 飛陽高校からは、トシのたっての希望・御指名で、ライジング・ノベライズ・経験者にしての天馬が担当者チャージャーに選ばれた。そのことに感謝してなくもないと天馬は思っていたが、もうこの気持ちは墓まで持って行くことにした。


 トシたちの住むエリアで開催されるライジング・ノベライズ予選の参加選手は、エリア全域96校からの総勢128名。8つのブロックに分かれてのトーナメント方式で行われる。この大会から全国本選に出場できるのは優勝者1名のみ。狭き門を巡っての激戦区だ。


「よお。お前、一角……一角 天馬いずみ てんまだろ?」


 背後から自分の名前を呼ばれた天馬は振り返る。そこには見覚えのある男の顔があった。


「お前は確か、周信しゅうしん高校の猪里いのり……」

「知り合いなの天馬?」


 猪里と呼ばれたこの男。昨年のライジング・ノベライズ予選で天馬が2回戦で戦った相手だ。結果は快勝とは言わずとも天馬の勝利。百人並みのノベライザーだったと記憶している。


「去年はお前に苦汁を舐めさせられたが、今年はそうはいかねえ。あたった時は特訓を重ねた俺の実力を見せてやるよ」


 一応は厳粛に行われている開会式でよく喋る男だ、と天馬は思ったが、第二のお偉いさんの挨拶が始まったので、退屈しのぎに付き合うことにした。


「残念だが、俺は今年は担当者チャージャーでな。お前とノベライズはできないんだよ」

「まじかよ? ってことはそっちの物静かそうな奴がお前のとこのノベライザーか。ま、誰が相手だろうと予選を勝ち抜いて、全国で結果を残して書籍化するのはこの俺だ。来年の今頃には書店の新刊コーナーに……」


 そろそろ鬱陶しくなってきた天馬だったが、小説家という奴は少なからず自己顕示欲を胸に秘めた自信家の集まりであることは間違いない。この猪里という男は、うざい部類のノベライザーではあるが、裏表がないだけ可愛いものだと思えてきた。目指せ書籍化。素晴らしい目標であると。


 ライジング・ノベライズに出場する選手の想いは様々だ。本気で作家を夢見る者。書籍化して自分の名前を世に残したい者。己の筆力を試したい者。進学の推薦枠の架け橋にするため。ただのノベライズが好き。中には学校行事の一環で強制参加させられている選手もいるだろう。


 天馬はふと、トシがノベライズを始めた理由と目的をまだ知らないことに気付き、それを訊ねようとした時だった。


「……それでは次に選手筆誓ひっせいです。選手代表。紋豪ぶんごう学園 二年、皇義 莱斗すめらぎ らいとさん」


 会場にその名が伝わった瞬間、一人ひとりの小さな驚きの声と視線が中央前方に一斉に集中する。そこには、前に出てスタンドマイクを前に手を高々と上げる、スラリと長く伸びた栗色の後ろ髪姿の少女がいた。


「筆誓。我々は、日頃から磨き上げた筆力と創造力の成果を充分に発揮し、すべての物語に全力と敬意を尽くしノベライズすることを誓います。選手代表 皇義 莱都」


 落ちつきを払いながらも、威風堂々たる風格を乗せた透き通る声が会場に響く。そして、筆誓を終えた彼女が踵を返しこちらを向く。整った顔立ちに凛とした態度。そして青空のように澄んだ瞳をした彼女の姿を確認した瞬間、会場の空気は一変した。


「間違いない、皇義 莱斗だ。どうして筆聖ひっせいがここに……?」


 この場にいる多くのノベライザーが天馬と同じことを思ったであろう。ノベライズにはげむ学生たちの間で皇義 莱斗の名を知らぬ者はまずいない。


 中高生ノベライザーの中からは毎年、ライジング・ノベライズなどを通じてプロとして羽ばたく者、または書籍化を果たす者が多く誕生する。そして年に一度、その学生たちの中から現役、新人を含めて8名ずつが中学部門、高校部門それぞれから選出され、その総勢16名は筆聖ひっせいという称号を与えられるのだ。


 皇義 莱斗もその筆聖の一人である。彼女は三年前の中学二年生の時、第12回ライジング・ノベライズの中学生部門で圧倒的な筆力をもって頂点へと駆け昇る。三年連続で筆聖の座に君臨し、ソウル・ライドとともに“創穹そうきゅう覇凱神はかいしん”としてその名を轟かせている。その凄さ由縁は他にもあるが、並のノベライザーでは太刀打ちできないことは間違いない。


「筆聖がこっちのエリアに転校してるという噂は聞いていたが、まさか本当だったとは……。しかもあの皇義 莱斗。この予選、苦しい戦いになりそうだ」


 天馬は自分が出場するわけでもないのに冷や汗を流れてきた。皇義の参戦により、多くのノベライザーたちの様子が一変した。


 顔を押さえながら落胆する者。思わぬ強敵の登場に興奮を隠す者。自分を奮い立たせようと鼓舞する者。何にせよ半数近くは既に優勝を諦めたように思えた。


「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理……」


 先ほどまで優勝・書籍化と立派な目標を掲げていた猪里は、青ざめた顔で自己否定にもっとも適した二文字を繋ぎ合わせた鎖で、自らを縛り巻きにしていた。


 肝心のトシの様子はというと冷静かつ堂々たるものだった。取り乱す様子はない。背筋と視線をまっすぐに構えていた。


「天馬……僕、決めたよ」


 どうやら筆聖と戦うことになろうと、トシが持つ何かしらの決意の紐は緩んでないようだ。こういう時、物怖じないトシの芯の強さは見習わなければと、天馬は素直に思った。それにトシのノベライザーとしての天性の才能は、彼自身が身をもって知っているのだから。


「……売店のアイスはレモン味にするよ」


 前言撤回。天性ではなく天然の間違いだったようだ。天馬は己の目の節穴さを呪った。


    ■


 トシは、梅雨明けのカラリとした晴天に包まれた街中を走っていた。ライジング・ノベライズ一回戦が行われる会場を目指して全力で。描いた夢を胸に秘め、今ここにある現実を足でしっかりと蹴って。


 夢と現実、ふたつの景色が常に錯綜する17歳の多感な彼にとって、何もかも初めての熱い夏が幕開けようとしていた。


「お~い!天馬~!姫奈~!」


 数十メートル先のスタジアムの入口前で待ち合わせの約束をしていた、二人の友人が視界に入る。トシは手を振りながら声を掛ける。そして距離は一気に縮まり……


「これ、何とかしてくれよぉおおおぉぉぉぉぉぉぉ……」


 ……止まることなく、そのまま遠くへと走り去ってしまった。天馬と姫奈はそれを無言で見送った。


「姫奈。どうしてトシはいつも犬に追いかけられているんだ?」

「う~ん。昔からちょっかい出されやすいタイプなんだよね」


「確かにあいつは人畜無害な反面、イジりたくなるオーラがある」

「天馬。あんたもノベライズで散々いじめてたもんね」


やぶを突いたらさびが出たようだ……」

「何それ。あ、戻ってきた」


 速度を落とすことなく、二人が待つスタジアムに再び駆け戻ってきたトシ。困った表情はしているものの、まだまだ余力がありそうだ。


 あれだけ逃げ回る体力があるなら、犬に凄むなりそれこそ反撃するなり抵抗する手段はいくらでもありそうなものだが、自分から手出しをしないのは彼なりの優しさだろう。だが、世の中それに付け入る奴も多いので綺麗事では済まない、と天馬は言いたくなる。


 このまま犬が疲れるまで待つか。そう思っていた天馬と姫奈の近くを一人の男が通りかかる。


「おい、あんた。そこにいたらあいつのドッグチェイスに巻き込まれ……」


 天馬はトシの直線予想コース上を通る男に注意しようと思ったが、その姿に言葉を飲み込んだ。


 男は身の丈190cmはあるだろう長身。針のように後ろ斜めに尖った特異な頭髪。痩せ型ながら腕まくりをしたシャツからは、鍛え込まれた細胞の結晶のような筋肉があらわとなっている。間違いなく格闘技の経験者だ。


「そ、そこの人、どいてください~!」


 犬を撒けずに戻ってきたトシは男に注意を促すが、男は微動だしない。このままでは男と犬の板挟みになってしまう。


「かぁあ嗚呼々々っ!!!!!」


 男は目を見開くと同時に空気が割れるような、いや、実際に足元のアスファルトにほんの少しだけヒビが入るほどの気合いの一声を発したことで、トシも犬も金縛りに遭ったように瞬時に動きが止まった。ついでに天馬は呼吸が、姫奈は心臓がほんの一瞬止まった気がした。


 男は時間の支配者にでもなったかのように一人で静かに犬の方に歩み寄る。


「行きな」


 そう一言告げて軽く頭をなでると、犬はクゥンとだけ鳴いてその場を去っていった。


「おい。あんた大丈夫か?」

「えっと……その、危ないところをありがとうございました」


 トシは丁寧にお辞儀をしながら言う。


「ははは。そんなにかしこまるこたぁねえよ。それじゃあな。俺は今からここで試合があるからよ。気をつけてな」


 男はそう言いながら、軽く拳で突きの仕種をとると、スタジアムの中へと入って行った。 


 トシはお礼に売店のアイスでもと誘おうと思ったが、その男気にどこか痺れてしまい何も言えなかった。天馬と姫奈も同感だ。男からはまるで正義の英雄のようなオーラが滲み出ていた。


「天馬。今日ってここで空手か何かの試合でもあるの?」

「さあ、な……」


    ■


『さあ、五日間に渡って繰り広げられたライジング・ノベライズのエリア予選、第一回戦も本日、午後の部で大詰め。残すノベライズはあと6組12名のみとなりました。二回戦に駒を進める選手は一体誰なのか? 皆さんお待ちかね注目の一戦が見られそうです。本日のノベライズ・ガイドも私、芥河 尚樹あくだがわ なおきが務めさせていただきます!』


「まずいな……」


 軽快なBGMの波に乗ったハキハキしたアナウンスに天馬は不安を洩らす。ロビーの大画面で様子を窺う姫奈も同じことを思っているだろう。


 トシと天馬は今、スタジアム内に数ある広さ20畳ほどの小ホールで間もなく始まるノベライズを待機していた。スライド式の壁で仕切られた反対側には見知らぬノベライズ相手がいる。


「何がまずいの、天馬?」

「わからんのか? 今から行われる6試合のノベライズ、つまりそのノベライザーの中にあいつが、皇義 莱斗すめらぎ らいとがいるんだよ」


 このエリアでのライジング・ノベライズの予選は、総勢128名、AからHまでの8ブロック、16名ずつに分かれてのトーナメント方式となっているが、その組合せはベスト8まで公開されない。そして、対戦相手もノベライズの当日、開始時まで伏せられるルールとなっている。これは、一種の公平を期すためだ。当然、試合順もランダムとなっており、この6試合のブロックはバラバラかもしれないし、すべて同じという可能性もゼロではない。


「僕、今日のニュース番組の星座占い一位だったよ。運勢最高だってさ」

「犬に追いかけられてた奴が何言ってやがる。占いなんぞアテになるか」


 問題なのは、一日に十余試合を午前と午後の二回に分けて行ってきたこの一回戦だ。今日の午前の部を含めた58試合、116名の中に皇義 莱斗を天馬は確認していない。


 全試合の詳細を把握した訳ではないが、筆聖ほどの選手が出場すれば、少なからずネットにその話題が流れるはずだ。


『それでは対戦カードの発表です!まず、第1ルームの一組目は……』


 いよいよ、一回戦の運命を大きく左右する組み合わせの発表が始まった。トシは両手をガッチリと握り目を閉じる。


「皇義さんとノベライズになる可能性は1/6か。神様……!」

「神頼みとはお前らしくないぞ、トシ。それに確率は、1/11だ」


 その計算はどちらも間違っていることに二人は気付かないまま、選手紹介と組み合わせの発表は着々と続く。4組目の対戦カードが明らかになるも、トシも皇義の名前もまだ呼ばれていない。


『続いて第5ルーム。五組目の組み合わせです!まず最初は、飛陽高校の二年。ノベライズ歴はまだ半年ながら、激闘の校内選抜を制した超ルーキー、野鐘 昇利のがね まさとし! 』


 遂にトシの名前が呼ばれる。それと同時に仕切りの壁が油圧音と白煙ホログラムを吐き出しながら左右に開き、ノベライズの舞台が姿を現す。


『そしてそして、彼と戦う相手は何と驚き!かつて全国大会でチャンピオンに輝いた栄冠を持つ、てん・こう・せい・だ! 』


「くそ!よりによって一回戦から皇義か……!」


 十数メートル先の仕切りも同じく開き始める。

 ナンバー1との対戦を嬉しげに宣告したアナウンスにやり場のない憤りを感じた天馬は、額にセルフ・アイアンクローを見舞う。


「て、天馬……あ、あれ」


 トシが震えた声で話しかける。やはりトシも、いざ筆聖を目の前にすると畏怖を覚えたか、と天馬は思った。


「かぁあああっ! !」


 …………あまりに場違いな声ではあったが、二人にとっては、ある種の懐かしさと頼もしさを感じた。


『……剛池 大地ごうのいけ だいち、二年生! 武炸たけさく学園より参上だ!ノベライズは初級だが拳法なら初段! 武道から文学にしたその拳で、どこまでも突き進め!! 』


 トシと対峙する気合い充分のこの男。先ほどスタジアムの前でトシを犬から救ったあの英雄である。


「僕、目が悪くなったのかな。この前の視力検査で両目とも2.0だったんだけど」

「俺もこのごろ目がかすむ。この機会に眼鏡を卒業するのも悪くないかもな」


 あまりに意外な相手の登場に、二人は自分たちの視力を疑う。それが空手のノンコンタクト(寸止め)、フルコンタクト(打撃制)を掛けたジョークだったかは定かではないが、拳法と空手を混同しているのは間違いなかった。


    ■


 拳法。かつて中国より伝来したと言われる世界を代表する武道・格闘技のひとつ。常に己を鍛え磨きあげ、幾多の伝説を築いたその歴史は数千年とも言われている。


「あいつ、もしかしたらノベライズ・パフォーマーかもしれん」

「何、そのノベライズ・パフォーマーって?」


 ライジング・ノベライズのエリア予選。一回戦の最後を飾る12人の組み合わせが発表されると同時に選手たちは5分ほど設けられたセット・ライズに入っていた。


 あの後、トシと剛池の次に発表された組み合わせで皇儀 莱斗すめらぎ らいと の名が呼ばれた。ちなみに筆聖の相手に選ばれたのは、開会式で天馬に絡んできた、あの周信高校の猪里である。つくづく話題に困らない美味しい奴だと思うと同時に、その不運に同情……ではなく、武運を祈った天馬であった。


「マラソンとかでもいるだろう。スタートと同時にカメラに向かって笑いながら手を振って軽く走るだけのコスプレ姿のランナーが」


 転向という言葉は気になるも、剛池 大地ごうのいけ だいちの出場は、さしずめ学校からの半強制的な派出か、精神修業の一環だと天馬は予想する。


 実際にテレビ番組やネット配信者たちが、ライジング・ノベライズに挑戦する様子をドキュメントで流すことがあるので、その発想もあながち捨てきれない。しかし、トシはそうは思わなかった。あの魂に響くような発声と確固たる決意を秘めた目は、決して開き直りではないと。


『ノベライザーたちが準備を進める間に、閲覧者のみなさんにライジング・ノベライズ予選ルールの一部を簡単に説明します』


 ─ 1ED(エディション)20分の5ED制。

 ─ 10ポイント到達または全ED終了時に得点が多い方が勝利。

   (同点の場合は判定)

 ─ 1EDの最低文字数は10,000文字。整合率は90%以上。


『……配点や詳しいルールはこちらをアクセスしてください』

https://kakuyomu.jp/shared_drafts/0GyWA7GhiJWUGkMNq1gSqahUzcDnDXO8


    ■


「これくらいでどうだ、トシ?」

「うーん。もう少し高い方がいいかな……うん、OK」


 天馬が備え付けデスクの高低をホログラムパネルで調整する。大した作業ではないのだが、不器用なトシではなかなか上手くいかない。早速、担当者チャージャーとして役に立ったようだ。一方、剛池側にチャージャーは見当たらないが、ライジング・ノベライズの参加選手の8割は一人でノベライズに挑むのが普通だ。


 次にトシは、スマホから【(R)izing Seed】ライジング・シード(ライド)を起動する。Ver1.2の懐古たるシンプルなデザインとGUIをホログラムモードにして空中に投影共有させる。システム諸々をチェックしながら、デスクに置いたキーボードのスイッチをONにした。


 しばらくすると、画面の上部端に蝶結びを象ったアイコンが表示された。バッテリーの残量と併せて問題はなさそうだ。


「セッセト・ラライズ」


 噛んだ。トシは今、丁寧かつナチュラルな発音ながら明らかに噛んだ。初めての公式戦にして本番なので無理もないが、姿勢の若干の固さが天馬は少し気になった。


「まさか、あんたもノベライザーだったなんて驚きだぜ」


 突然、剛池がこちらに話しかける。その言葉、黒い学生ズボンに白の拳法着というツートン・カラーの彼にそのまま返したいと二人は思った。


「俺も緊張してるぜ。なんたって初めての公式戦だからな。俺の学校じゃノベライズやる奴なんて殆どいねえから、すっげえワクワクもんだ!」


 武炸学園は『心武両道』を校風に掲げた、このエリアで最も運動が盛んな高校だ。街中でもよく、野球やサッカーなどのスポーツで全国大会出場を祝したホログラム幕を見掛ける。


「……だからよ。お互い悔いだけは残らねえように、思い切りやろうぜ!セット・ライズだ!」


剛池は笑い声をあげながら構えを取った。


「……天馬。悪いけどテーブルをもう5センチだけ高く頼むよ」

「了解だ。全力には全力で応えてこそ、スポーツマンシップだからな」


 愉悦や快楽ではなく、純粋に勝負を楽しもうと挑む剛池の闘志と誠意にトシの緊張が和らぎ背筋が僅かに伸びる。


『さあ、すべてのノベライザーのセット・ライズを確認しました!これより、1st.EDのカウントダウンに入ります!レディ・ライズ!』


 果たして剛池はどのようなライズ・ノベルを見せてくれるのだろうか。トシは楽しみで仕方ない反面、どのようなジャンルで攻めるか戦略を練る。


 『……9……8……7……』


 相手の趣向や好みは弱点であり強みでもある。その均衡が優劣どちらに偏るかは、ノベライザーが持つ筆力と創造力が握っていることは、誰もが知っている。


「野鐘!俺のライズ・ノベルは、隻腕の合成獣士ワンハンド・キメラっていうんだけど、すっげえ、おもしれえバトル小説だから楽しみにしてくれよな!」


 『……6……5……4……』


 トシの目は碁石のように丸くなり、天馬は口をポカンと開けたまま眼鏡がズレ落ちる。空耳でなければ、今、剛池は自分の手の内を相手に明かした。


「ま、惑わされるなトシ! 剛池の搖動作戦かもしれん!」


 天馬は担当者チャージャーとして最後のアドバイスを送る。ノベライズが始まれば当然、執筆に関わる手出し、口出しは禁止である。せいぜい仕事はタオルを手渡したり飲み物を交換するくらいだ。


 『……3……2……1……』


「俺もおめえのバトルもんが読んでみてえぜ!」


 剛池は、今度は相手のライズ・ノベルまで同じジャンルを要求してきた。トシはどうしたものかと考え込む。無視しても何ら問題ないのだが、このままノベライズに突入するのは気まずいのでは、とも思った。


「わ、わかった。書けたら書くよ!」

「お前それ、遊びの誘いだったら絶対に行かないパターンだろ!」


『ゴォオオオオ・ライズ!!』


 かくして、トシの公式デビュー戦となるノベライズは、曖昧な掛け声と友のツッコミを皮切りに開幕した。

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