1-5th. ED オーバー・ライズ
その日、飛陽高校に伝説が……いや、神話が生まれたと、あの場にいた生徒たちはのちに語る。燃える太陽と銀河の輝きがぶつかり合いながらも、互いを讃えて共鳴するあの光景を。
2nd.EDは、始まりからクライマックスを迎えていた。自分の持ちうる最大の筆力と創造力を発揮して物語を紡ぐなかで、トシと天馬のソウルライドは瞬く間に発動した。
トシのジーク・ブレイカーが空間をも砕く大剣を振りかざせば、天馬のラグラ・ユニサスはその誇り硬き角で弾く。ユニサスが時空をも超越する彗星となってその身を突き出せば、ジークは避けることなく全力で受け止める。
一撃一撃の都度、両選手とソウルライドの健闘を称賛する大きな声援がエネルギーの塊となって発生した。もう、トシのことを笑う者は誰一人としていなかった。
講堂はいつの間にかこの激闘のノベライズの行く末を見届けるギャラリーたちで埋め尽くされていた。この瞬間を共有しようと電話やメッセージで呼ばれた生徒。校内で暇を持て余していた生徒。体育館や運動場で部活に勤しむ運動部の生徒たちをも引き寄せた。
これだけの声援を浴びながらも、主役である二人にこの声はまったく届いていない。ノベライズ・ハイによる興奮状態である彼らには自分たちの
お前の力はそんなものじゃないだろ、トシ!
天馬がそんな力を隠してたなんて驚きだよ!
トシも天馬も気付いたのだ。今まで戦ってきた相手は目の前の友人ではなく、自分自身だったということに。
トシは力を発揮できない、そのもどかしい自分と。
天馬は、相手と真剣に向き合わなかった、その奢り侮る自分と。
ようやくして初めて叶った真剣勝負は、喜びの共有と衝突でもあった。
自分以上の実力を持つ相手の凄さを認めるも、勝ちを譲るつもりはまったくない戦いに終止符の時が近づく。
「これで決めてやる……! 喰らえ!」
「ここで終わらせる……! いけぇ!」
『エンド・ライズ!!!』
2nd.ED終了時間の寸前、トシと天馬はほぼ同時に執筆を終えた。
30分にも及ぶ筆戦。そのすべてを出し尽くした、二人のノベライザーの表情は……笑っていた。そこに未消化な思いや忸怩は微塵もなかった。
【TENMA - IZUMI 字数:7,741 整合率:95% Chein (R)ize Novel release】
先攻は僅差で書き終えた天馬だ。ライズ・ノベルの条件をクリアした前文に、前EDと同じ作品の続きを執筆したことを示す 【chein:連鎖】の文字が記されている。
【MASATOSHI - NOGANE 字数:7,816 整合率:92% Turning (R)ize Novel release】
トシもライズ・ノベル条件をクリアする。天馬とは異なり新作を執筆したことを意味する【Turning:転機】の文字が記されていた。
「どうしたトシ。山田ロワイヤルの続きに自信がなかったのか?」
「…………鈴木だよ」
「んぐっ、どんな物語を書いたか知らないが楽しませてもらうぞ!」
「それは僕も同じさ!天馬の小説、楽しみだよ!」
ジャッジ・ライズに突入となっても、二人のノベライズ・ハイは治まることなく、ソウルライドは今もなお睨み合うように、見守るように対峙していた。
『ジャッジ・ライズ……先攻、一角 天馬!』
「行け【弦奏の水滸伝】よ!トシに感動をもたらせ!」
STIによるライズ・ノベルのデータがトシの全身に伝送される。
仲間たちとの出会い。目の前で命尽きた恩人との別れ。武力は何も生まず、音楽の素晴らしさを説くキャラクターたちの心の音色と奏でられた魂……。
トシは先ほどのように、意識と体内にまた何かがなだれ込むのでは?と一瞬戸惑うもすぐに振り払う。天馬のすべてを受け入れる覚悟へと変化した。そして……
掲示板に映し出された結果は【弦奏の水滸伝……RP:リスペクト 2ポイント】上から二番目の得点である。
「くっ……エクセレントじゃないだと!」
天馬のライズ・ノベルながらは評価されるも、得点は前EDから1ランクダウンという結果になる。
【弦奏の水滸伝】を読み終えたトシは、静かに目を開く。どうやら謎の現象と意識の錯綜はなかったようだ。
「面白かったよ……」
ポツリと呟いたトシの短い一言。感想としてはシンプルだが、伝わってくる読了感に偽りはなかった。
「……だけど、この物語はきっと天馬の中で壮大なんだと思う。ダイジェストで魅力を伝えるのは勿体ないと思った」
トシの指摘はもっともだった。それは天馬自身が一番理解していた。
【幻想の水滸伝】は長編伝奇小説だ。第一章だけでも5万文字は下らない。冒頭はともかく、そんな物語をわずか30分のノベライズで集約すれば、稀薄となるのは当然だった。このノベライズが1EDで終わると高をくくっていたのがこの代償を招いた。
ならばどうして天馬は別の作品を書かなかったのか?
それは『ノベライザーに同じ物語は通用しない』という暗黙の誇りがあったからだ。一度のノベライズで同一作品を執筆することは反則だが、別の機会での使用は問題はない。しかし、STIがいかに一時的な仮想記憶として優れていても、一度読んだ物語で味わった “初めての感動“ は心のどこかに残るものなのだ。
天馬はこれまでトシと50回ものノベライズに興じている。それはつまり最低でも50作品以上のライズ・ノベルをトシに読ませているのだ。
「なんてこった……。俺が今までお前に勝ちつづけたツケがここで回ってくるなんてな……」
天馬は机を叩くが、そこに後悔はない。あるのは目の前のライバルに全力を出し切れた達成感だけだった。
『ジャッジ・ライズ……後攻、野鐘 昇利!』
まだ勝負は終わっていない。ここでトシの新作が【RP:リスペクト 2ポイント】であれば同点判定。【BM:ブックマーク 1ポイント】か【NR:ノーリアクション 0ポイント】であれば天馬の勝ちとなる。
「トシ!お前の全力のライズ・ノベルを俺にぶつけてこい!」
天馬はノベライザーとして、ひとつの暗黙の誇りを思い出した。それは……
……相手の名作に期待せよ。失敗や駄作を望むべからず。
―――――――――――――――――――――
【忍球 - ハイボール -】 ジャンル:ドラマチック・スポーツ
忍歴929年。風・林・火・山の四つの大国が繰り広げた幾万もの血を流した百年にも及ぶ戦乱は、和平を持って終結を迎えた。死線と争いが去ったこの世で忍としての役目を失った者たちは存在する意味を探し求めた。そこで、球技と忍術を組み合わせた、まったく新しい戦いが誕生する。その名は - 忍球 ハイボール -
林の国で下忍として拝命されると同時に戦の終わりを迎えた少年ハヤテは、生きる希望を失った里の仲間たちや大人たちと時に衝突しながらも球技の素晴らしさと向き合う。野球、蹴球、排球、鎧球、籠球、籃球。誰もが知るスポーツと忍術を融合した新たなスポ根の歴史が幕開く。
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■
俺が【(R)izing Seed】ライジング・シードを使い始めたのは中学二年生。法律で使用が許される14歳になった時だ。あの時は既にトシや姫奈とは殆ど絡むことも話すこともなく、学校の文芸仲間たちとノベライズに夢中で俺は負け知らずだった。
― 天馬さんならきっと優勝できますよ。
― 俺、応援しますよ!自慢の友達だって言わせてください。
― 書籍化したらサインくださいね。
中学最後の夏は、上級生を優先させる学校の方針で出場できなかったライジング・ノベライズ。始めてから3年目、高校にして初めて憧れの舞台に立った俺だったが、結果は予選の準々決勝、ベスト8という半端な結果に終わった。
― 天馬さん負けたんだってよ。所詮は胃の中の蛙ってやつだな。
― まあ、あの人にはいい薬なんじゃね? 普段から愛想悪いし。
― 書籍化なんてよっぽどの才能がないと無理だっつーの。
あれほど俺を持ち上げていた連中が、事あるごとに陰口を叩いていることは知っていたが、何も知らないふりをしながら付き合いを続けた。理由はひとつ。孤独になるのが怖かったからだ。
━
「天馬。僕もノベライズを始めることにしたよ」
「お前に出来るわけないだろ……」
半年前。トシがノベライズに興味を持ったあの時、正直嬉しかったのに俺は邪険な態度を取ってしまった。トシがコンピュータ操作に弱いのを小学校の時から知ってるからだ。それにあの時はまだ、あいつを恥さらしにしたくない気持ちがあった。
それから連日、俺にノベライズを挑んでは返り討ちに逢うトシをいつしか連中が嘲笑するようになった。俺は何だか少しずつ自分の場所を取り戻しつつある安心感が芽生えていた。
本当は、真剣に向き合ってくれるライバルが欲しかったくせに。
負けても毅然たる態度をとるトシに憧れていたくせに。
失望、落胆されるのが怖い臆病者は自分のくせに。
━
「や~い。や~い。馬のやつがまたノートにへんなのかいてるぞ」
「かえしてよ~!」
「なになに~。お れ の か ら だ か ら メ タ ル グ リ ー ン の ち が あ ふ れ だ し て き た……だってよ。へんなの~!」
まだ小学二年生の時の俺は、いつもクラスのみんなから虐められていた。本だけが友達だった。物語だけが俺の心を支えてくれていた。
「ねえ。これきみがかいたの?」
「え?」
教室にばらまかれた破れたノートを泣きながら集めていた俺の目の前に現れたのがあいつだった。
「か、かえし……」
また馬鹿にされる。笑われると思った。
「すごいよ!こんなのかけるなんて、きみもしかしてノベライザー?」
「のべらいざー……ってなに? きみはだれ?」
「あ。ごめん。ぼくはとなりのクラスの、のがね まさとし。みんなからトシっていわれてるんだ。きみは?」
「えっと……てんま……いずみ てんま」
それがトシとの出会いだった。あいつだけは俺の書く物語を馬鹿にせず、いつも真剣に読んでくれて。楽しんでくれて。感想を聞かせてくれた。
「てんまって、しょうせつかになるの?」
「し、しょうせつかはむずかしいよ……。でも、いっさつでいいからほんをだしたい。みんなにみとめられて、しょせきかしたい」
「なれるよ!てんまならきっとなれる!ぼくおうえんするよ!」
「ありがとう。トシくん。きみがそういってくれるなら、なんだかなれそうなきがしてきたよ」
トシがいなかったら、俺は小説を書くことを止めていたかもしれない。
ある日、あいつは一度だけ自分の物語をノートに書いて持ってきたことがあった。下手な文法で字も間違いだらけで汚くて。だけど俺はそれが凄く嬉しかった。
「あのね、てんま。ぼくも、ものがたりをかんがえたんだ。にんじゃがたくさんでてきてね。にんじゅつでね。やきゅうやサッカーでたたかうんだよ。タイトルは……」
■
【忍球 - ハイボール - ……EX:エクセレント 4ポイント】
掲示板に映し出されたのは、最高評価にしてトシの決勝点だった。
「……オーバーライズ! ポイント 8対6で、勝者……野鐘 昇利!」
進行役の教師がノベライズの決着を告げたと同時に天馬のライズ・ノベルが書かれたホログラム画面。銀河を象徴したライズ・フィールド。そして天馬の誇りと魂であるソウル・ライドが、風に吹かれるように静かに消滅した。
いつも自分が眺めていた光景をこの位置から見るとはな……。
天馬はそう思いながら、苦笑いで敗北を受け入れた。しかし、このノベライズで得たライバルという友の存在は彼にとって大きな財産になることだろう。
ウォオオオオオオオオオオオオ!!!
「勝った……勝った!!!!」
ノベライザーのトシと、そのソウルライドであるジーク・ブレイカーの雄叫びが轟いた。それを合図にこのノベライズではもう何度目になるかわからない一番の大歓声と拍手が巻き起こった。勝者にではなく健闘した二人に向けて、心の底からの称賛だった。
「おめでとう、トシ。ライジング・ノベライズ出場おめでとう!」
姫奈はまるでトシが優勝したかのように涙を流していた。だが、このノベライズにはそれだけの価値があると思った者も多い。
「なあ、天馬」
「……なんだトシ。同情ならいらんぞ。それにまだ戦績は俺の49勝1敗だ。たった一度勝ったくらいでいい気になるなよ」
ノベライズが決着して歩み寄ってきたトシに天馬はせめてもの強がりと皮肉を言う。トレードマークでもある鋭い眼光と眼鏡を直す仕草も健在だ。
「……ノベライズって、楽しいよな」
「……なんだ。今ごろ知ったのか?」
―― Nove(R)izeノベライズ ―― それは書籍化をはじめ、小説家を夢見る若者たちが足を踏み入れる、無限の可能性を秘めた新たな文芸の軌跡。文学賞、Web小説、自費出版。それらすべての枠を超えて、己の筆力と物語をぶつけ合い未来を掴んだ作家を人々はこう呼ぶ。ライジング・ノベライザー、と。
西暦2078年。ここにまた新たに一人、物語を愛し創作の世界に魅了された少年が、文豪たち筆巻く舞台を駆け昇ろうとしていた。
――――次回予告――――――――――――――
遂に始まったライジング・ノベライズのエリア予選。各校より選出された総勢128名の中から全国に行けるのはただ一人。開会式で突如として現れた過去大会の優勝者にして "筆聖" の一人と言われる女流ノベライザー、
次回、ライジング・ノベライザー Episode.2
【Fighting - Nove(R)ize】 己の筆力で駆け昇れ!
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