1-4th. ED ジャッジ・ライズ
生徒たちが集まる講堂は静寂に支配されたように静まりかえっていた。聞こえるのはトシの少し切れた息遣いのみ。その場にいる誰もが放心状態のように壇上の様子を見つめていた。
『フ、ファーストED終了。これよりアナライズに入ります』
進行役の教師による一戦目の終わりと作品の解析を告げるアナウンスを皮切りにようやく小さなどよめきが起きる。それと同時にトシのソウルライドはスマホへと吸い込まれた。
二人の作品データはネット回線を通じてその場で【(R)izing Seed】ライジング・シードのホストコンピュータに送られる。そこで作品のレギュレーション解析が行われるのだ。規定の文字数に達しているか。誤字脱字が著しく多くなく、文章としての整合率が90%以上あるかどうか。個人情報の保護に反していないか。過度な性描写や残虐描写がないか(この制限は使用者の年齢や規定によって異なるが)、様々な条件が作品に課せられる。
この解析で有効と判定されて、初めてそれがノベライズで競い合うに値する、ライズ・ノベルとなるのだ。この待ち時間は筆者にとってある意味長く感じられ(とは言っても数秒だが)緊張が走る。
解析が終了し、壇上中央の共有情報を映し出すホログラム掲示板に解析結果が表示される。
【MASATOSHI - NOGANE 字数:8,264 整合率:91% (R)ize Novel release】の文字が表示される。トシの作品は無事に条件をクリアして、ライズ・ノベルとして認められたということだ。
続けて【TENMA IZUMI 字数:7,813 整合率:97% (R)ize Novel release】と表示される。難なく条件をクリアした天馬だったが、衝撃が隠せず握った拳を震わせる。
「て、天馬さんが文字数でトシに負けるなんて……」
「いや、天馬さんはトシのソウル・ライドに驚いてしばらく動きが止まってたぞ……」
「それに整合率だって天馬さんの方が上だ。トシは通過基準ギリギリじゃねえか」
天馬にとって問題はそこではなかった。数日前まで200文字にも満たないタイピングしかできなかった相手が、補整機能も乏しい初期バージョンのライドで、しかも修正すらバックスペースキーを押さなければならないアナログ入力で、ポインティングデバイスも使用せずにこれだけの文字数と整合率を一筆で叩きだしたことが驚異だった。
『ジャッジ・ライズ……先攻、野鐘 昇利!』
いよいよ、1st.EDで互いが書き上げたライズ・ノベルを評価する時となった。人ひとりが収まるほどのアブストラクトな電子模様をしたホログラム製のボックスゲートが出現し、トシと天馬を包み込む。
ジャッジ・ライズは、先に書き上げられた作品から行われる。双方ともにアウト・ライズで時間切れとなった場合はポイントが少ない方が先攻。点数も含めた同条件の場合はランダムとなる。
そんなことより皆が気になるのは、トシのライズ・ノベルが物語として成立しているのかどうかだ。
トシの作品はアナライズで有効と認められたが、雑文である可能性もある。ノベライズの勝負は“作品の面白さ”で決まる。言うならば「おはよう」「いい天気ですね」「そうですね」「ふふふ」の日常会話を繰り返すだけでも、筋が通っていれば物語なのだから。
そして、壇上中央の掲示板にトシのライズ・ノベルのタイトルが表示された。それを見た瞬間、誰もが短い唸り声をあげた。
【鈴木ロワイヤル】
……………。
ズドドドドドドドドドドドドドドッ!!!!
あらかじめ示し合わせていたのか、それとも喜劇のお約束ネタで待ち構えていたのかと思うくらい、全員タイミング一致で崩れコケた。
『そ、それでは、STIによるジャッジ・ライズを行います。気分が悪くなった場合は、速やか申し出てください』
STI(スピード・テンポラリー・インプリンティング)。ライジング・シード(ライド)に搭載された、作成した文章情報を特殊な波長光線や音にして、相手にそれを転送して速読させることを可能にした刷り込み的な機能。刷読とも言われる。ただし、その情報の記憶は一時的なもので永続はしない。上手く出来ているものだ。そうでなければ、この世には秀才が溢れてしまい、知識と勉強という概念が根底から覆されてしまうのだから。
STIに変換された、トシの【鈴木ロワイヤル】のデータは螺旋状のビームとなり天馬の全身を往復し、通常の聴覚では聞こえない特殊な周波数を通じて全細胞を巡る。ギャラリーたちはみな呆れ顔だ。
「ガンバレ、トシー。きたいしてるぞー」
唯一の味方であるはずの姫奈の応援ですら棒読みである。
一瞬でもトシの高速タイピングとソウルライドに期待したのが馬鹿だった。多くの者が、そう思っていたのだが……。
【鈴木ロワイヤル……EX:エクセレント 4ポイント】
『おおおおおおおおおお!??!??』
青天の霹靂を体現する最高得点、4ポイントに歓声があがった。
トシは、ワキが摩擦熱で発火するかの如く勢いで、握った両拳と肘を引きガッツポーズをとる。初めての経験の連続に彼の興奮は止まない。
ノベライズ歴半年、49連敗を重ねてきたトシにとって初の有効打となるこのポイントは、どのノベライザーよりも感慨深く価値のある4ポイントとなったに違いない。
「トシ。お前にこれほどの物語が書けるとは驚きだ」
天馬が感想を述べる。その声は震えながらもどこか清々しい。
一体どんな物語だったのか? 意外な結果にギャラリーたちの興味と関心が集まる。全文は筆者と相手しか知りえないが、ライドのAIが説明用に作品の概要を掲示板に表示する。
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【鈴木ロワイヤル】 ジャンル:SFサスペンス
俺は鈴木太郎。勉強、スポーツともには努力を惜しまず常に好成績をキープする高校三年生だが、その平凡すぎる名前のおかげで、何を頑張っても“見本の男“の一言で片付けられる悲しい青春と存在感を送っていた。
将来は科学者にでもなってみんなを見返そうと国立の理系大学への進学を考えていたのだが、突然「パラレルワールドからやってきた」と主張する謎の美少女、ウッドベルから大学の進学をやめるよう説得される。どうやら俺は大学で平行世界説を発見するらしく、それが人類と歴史の歯車を狂わせてしまうらしい。
様々な平行世界から次々と襲いくる俺こと鈴木太郎の群れ。まさかの自分同士の殺し合いに巻き込まれる、セルフ・デスゲームに解決策はあるのか!?
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画面に流れる作品のあらすじ。そこから続いて物語の設定やハイライトなどがギャラリーにお披露目される。
「いい作品だが、SFの知識描写が少し浅い。コメディ要素で上手くカバーされてはいるが、そこにメタなネタを放り込むのは好みが分かれる。細かい矛盾を恐れずに勢いを貫くことも大事だ」
天馬は天文学を用いたSFや歴史を題材にした作品を好むので、そこを突いたジャンルに挑戦したトシだったが、天馬の批評は辛口ながら的も射ていた。しかし、その本心は評価であるポイントが示している。
優れた筆力と創造力というものは、ジャンルや好みを問わず相手に伝わるのもまた事実である。いくら口では作品を貶そうが、相手を敵として憎もうが、己が認めるだけの価値がある作品には必ず反応してしまうものだ。
趣向は筆者によって千差万別なので、同じ作品でも相手次第で絶賛もあれば酷評もある。ノベライズはあくまで筆者同士の戦いだ。その駆け引きと攻略こそが、ノベライズの真骨頂だ。
『ジャッジ・ライズ……後攻、一角 天馬!』
ちなみに天馬のライズ・ノベルは執筆終了前に時間切れとなった作品だが、 条件さえ満たしていれば、未完でも文章の区切りが不十分でも問題はない。ただし相手に読了感を与える意味では纏められている方が望ましい。
【弦奏の水滸伝】
古代中国史、仁宋の時代を舞台にした伝奇の名を持つタイトルが表示される。天馬が得意とする歴史を取り扱ったライズ・ノベルであることは間違いない。相手の趣向や好みは弱点であり強みでもある。その均衡がどちらに偏るかは、ノベライザーが持つ筆力と創造力なのだ。
先ほどと同じように、STIに変換された【弦奏の水滸伝】のデータが伝送される。
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【弦奏の水滸伝】 ジャンル:伝奇ファンタジー
ヴァイオリニストを夢見るも志半ばで命を落とした青年、甲斐 晴典が目を覚ますと、そこには古代中国、徽宗皇帝の宋時代が拡がっていた。天魁星の運命を持つ小役人として転生した彼に与えられた使命は、武力ではなく音楽の力で国を救う史実を築くこと。
二胡を手に持ち『絃は剣より強し』を掲げる呼保義に導かれるように集うは、同じく一〇八星の下に転生した奏者たち。血を流さず、汗と涙を弾き描かれる反乱と歴史は、どのような音色を奏でるのか。
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さすが天馬だ。序章ながら、本来であれば荒唐無稽に描写される人物像や戦況がすべて丁寧かつ筋の通った演出に生まれ変わって――
そんな感想を抱いていたトシだったが、体の内側、意識に何か ”形のない異物” がなだれ込むような衝撃が走った。これまで何度も体感した相手のライズ・ノベルから生じる感情ではない。何倍速ものスピードで何かの記憶と思念の映像が全神経を駆け巡る。
場景には途切れ途切れにトシが映っているが、それは自分ではなく第三者からの視点であった。どこか覚えがあるのもあれば、知らない記憶の方が遥かに多い。
これは僕の……いや、天馬の記憶?
「………………トシ …………トシ ……トシ!」
真っ白な無の奥底から一気に引きずり出されるようにトシは我に返った。目の前には何度も声を掛ける姫奈がいた。
「君、大丈夫かね。続けられるかい?」
何事かと心配した進行役の教師も声を掛ける。そんなに時間は経ってないようだが、どうやらトシの意識は少しばかり離れていたようだ。
「どうしたのトシ?なんで泣いてるの?」
姫奈に言われてトシは手で軽く顔を拭うと一筋の涙を流していた。
掲示板の方を見ると【NOGANE:4 ― 4:IZUMI】と同点を示す経過が表示されている。それはつまり、天馬の【弦奏の水滸伝】は、トシからエクセレント(4ポイント)を獲得したということだが、納得のいく結果だった。
「……続けます。ネクスト・ライズ……!」
トシはノベライズにおける続筆を意味する言葉を口にした。
「上等だ。試合放棄で勝っても嬉しくないからな。ネクスト・ライズだ!」
天馬も当然、続筆の意思を告げる。
『両選手続行!それでは2nd.EDに入ります。レディ・ライズ!』
一時はトシのイレギュラーな事態にノベライズ終了が危惧されたが、続行の知らせにギャラリーたちが期待と喜びの歓声をあげた。
9……! 8……! 7……!
1st.EDとは打って変わり、全員が大声でカウントダウンに参加する。
「天馬! 僕は絶対に負けない!」
トシは己の魂を集めた両手指先をキーボードに添えて、入力態勢をとった。
6……! 5……! 4……!
「それはこっちの台詞だ!今日こそは俺が勝つ!」
天馬は再び、その両手に銀河の領域を振り撒いた。
3……! 2……! 1……!
『ゴォオオオオ・ライズ!!』
運命を決するファイナルライズの開幕。このノベライズで初めて、全員の心がひとつとなった瞬間だった。ほんの小さな謝意を除いて。
―― 天馬。気付かなくてごめんな。
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