3-2nd. ED モノクロームの幻影

「今年の目標もやっぱり全国優勝ですか?」


 作家と編集とのフリートーク・インタビューという名目だが、最初から用意された筋書とテンプレートを埋めるための本人承認ともいうべき質問攻めに彼女は冷めきっていた。


「もちろん。出るからには全国出場、そして優勝こそがすべてだと思っている」


 本心とは裏腹に凛とした営業態度を見せながら、月刊『Rising-Magazine』の編集記者である宇野 茂うの しげるの筋書に彼女は応える。


「それでは最後に作家、書籍化を目指す未来のノベライザーに向けて、希望ある一言をお願いします」


 本心ではないが『私を楽しませられない者。実力がない者。才能がない者は去れ』と言ったら、宇野はどんな反応と記事を見せるだろうか。と彼女は考えたが……


「……ノベライズは創作を愛するすべての者に平等です。自身の実力や才能の枠に捕われずに挑戦し続ける心をどうか忘れないでほしい」


 ……前向きでお約束なメッセージでラストを飾った。


「ありがとうございます。皇儀 莱斗すめらぎ らいとさん」


 宇野の前で、奢りなき威光を放つ17歳の少女。今このエリアでのライジング・ノベライズで、最も筆力に優れた者と言われる筆聖ひっせいだ。


「そうそう。ひとつ言い忘れてました皇儀さん。このインタビューですが、もしもこのエリア予選で優勝を逃してしまった場合は……掲載されないかもしれませんので、ご了承ください」


 まるで今思い出したかのような態度に嫌気が差すが、皇儀は無言でニコリと頷いた。それくらいは分かっていることだが、機嫌を損ねないよう後出しするそのやり方に喉元が痒くなる。


「そういえば、もうすぐ午後の4回戦、ブロック決勝ですね。あなたを除くベスト16の中で気になるノベライザーはいますか?」


 宇野は、健康には害のない電子煙草に火を着けながら、改めて質問した。スタジアムの二階にある昼食時を少し過ぎたレストラン。窓際席から見る街は今日もホログラムの情報媒体が浮き交う。


「インタビューは終わったのでは?」

「まあ、ここからは個人の質問タイムです。迷惑でしたら帰りますが」


 なかなか食えない男だ。皇儀は自身の栗色の髪先に触れることで、一呼吸をおく。


「……全員がライバルだ。そこに差はない」

「なるほど。じゃあ、どうしてこのエリアに転校したんですか?」


 本当は最初からそれが聞きたかったのだろう。と、皇儀は察した。


「……三年前、皇儀さんがまだ中学二年生の時、第12回ライジング・ノベライズで全国優勝。そして翌年の第13回では全国準優勝。二年連続で書籍化を果たして筆聖にまで昇り詰めたあなたがどうして昨年は出場せず、こんな田舎とまでは言わなくも特徴のない街に住まいを移したのかな……と気になりましてね」


 皇儀は少し間を置いてから、目を閉じながら笑みを見せる。


「自分探しのため……かな」


 宇野は煙草を口から落とすと、額を押さえながら笑いを堪えだした。つくづく失礼な男だと皇儀は思ったが、変に繕う大人よりかは信用できるかもしれない。先ほどまで抱きそうだった嫌悪感は消えていた。


「僕はてっきり、男絡みなのでは、と思ったり」


 皇儀は自分にしかわからない眉の動きと瞬きを見せる。


「……おっと。多感な女子高生にこんな質問したらいけないな。お喋りが過ぎたようです。僕はそろそろ午後のノベライズの見学と取材準備に行きます」


 編集記者は伝票を手に取り、それをヒラヒラさせながら席を離れた。

 皇儀はあの編集記者に、僅かながら生じたもう一つ焦りを隠していた。それはエリア予選にまだ残っている、とあるノベライザーだ。


「私でも勝てるか正直、わからない……」


 プロらしからぬ不安の声を思わず漏らす。

 そのノベライザーの名は、詩仁 可美うたに ありみ。皇儀が彼女に不穏な興味と感情を持つ理由は、この予選における一回戦から三回戦までの彼女の成績にあった。


    ■


「……詩仁は三回戦突破まで、累計13EDの失点は0だ」

「ゼロ……って、一度も相手のライズ・ノベルに反応したことないの?」


 天馬の説明とトシの質問のとおりだった。ここまで無反応を貫いた彼女のノベライズは今、『感情を失った死神』という異名で話題になりつつあった。


 ノベライザーも数を減らしてベスト16ともなれば、ネットのノベライズ関連の掲示板、SNS、ファンサイトなどを通じて情報収集も容易となってくる。逆を言えば、相手を知りどのようなライズ・ノベルで攻めるか、情報戦の始まりも意味していた。


 天馬は何度かトシに相手のデータを集めることも進言したのだが、ライジング・ノベライズにおける『ベスト8までは公平を期すため、対戦相手は直前まで知らされない』という規則に従う、トシの馬鹿正直……もとい、フェア精神を優先して自分が代わりに調べられる範囲で、勝ち残ったノベライザーの情報を集めていたのだ。


「それに、あの人……」


 〽 Lalalala - Rurururu la …… Rara - ru - ruru - la ……


 トシはテーブルにキーボードを置いたスタンディング・スタイルによるノベライズの準備を進めながら、聞き覚えのある歌に耳を傾けていた。相手の少女はほんの数日前、川で会ったあの黒ずくめの少女だった。


 詩仁 可美うたに ありみ。世界で最も多く信仰される神教を母体とした中高一貫のカテリア学園の三年生。昨年、第14回ライジング・ノベライズのエリア予選においてベスト8に並んだ彼女を天馬は知っていた。


「昨年との印象があまりに違いすぎて気付かなかったが、彼女に間違いない」


 天馬は詩仁のことは、ベスト8発表時の写真と映像でしか見ていないが、慈愛と優しさの雰囲気に満ちた少女であった記憶をトシに伝える。


「セット・ライズ。天馬の記憶が美化されていたり、写真詐欺の可能性は?」

「……そっちの可能性もゼロとは言わんが、真顔で聞くことか?」


 トシのマイペースは、もはや天然を通り越して、無効化スキルの領域ではないかと天馬が思いはじめたその時、会場の様子が一変した。


「セット・ライズ……」


 詩仁もノベライズ準備完了の合図を出した。剛池の時と同じくテーブルは床に収納されており、足を斜めに流した姿勢で椅子に座っている。担当者(チャージャー)の姿はなく、主に放置された人形のように静かっている。


 ライズ・フィールドには、視力検査で見るランドルト環のようなホログラムが複数並べられている。簡単に言えば、様々な角度の『C』の形をした入力デバイスだが、二人が目を奪われたのは、彼女の背後にそびえた " 色のない大樹 "であった。


 辺りを見回すと、白色、灰色、薄墨色、鋼色、銀色など、無を示すのに用いられる二色の濃淡だけで彩られたモノクロームの森林が広がる。


 神々しい存在感と禍々しい威圧感の両方を放つ大樹を前にした二人は、時間が停止した異世界にでも召喚されたのかと疑う。


葬飾そうしょく墓大樹ぼだいじゅ……ヒュグ・ドラッサム」


 詩仁は相変わらず、表情を変えずにポツリと呟く。その呼び名と状況にトシと天馬は、互いに安直な発想だと思われたくないと、口にしまいとした言葉が引き出される。


「まさか、ソウル・ライド……!」

「馬鹿な。ノベライズは、まだ始まってないぞ!」


 ソウル・ライドは、ノベライズ中にイマジネーション(想像力)、モチベーション(意欲)、コンセントレーション(集中力)などが高まったノベライズ・ハイとなると、ホログラフィとして具現化されるノベライザーの筆力を象徴した存在である。


『……7……6……5……』


 いつの間にか始まったカウントダウン。詩仁は物言わぬ態度で、既に出力ならぬ筆力全開でノベライズ開始の時を瞬きひとつせず待っていた。


「これが感情を失った死神ってやつの容赦ない洗礼か」

「もしかすると、背中の蓋を開けたら実は機械のように心を持たない、死神よりも厄介な存在かも」


「どういう意味だ?」

魔神ましん……ってね」


 筆戦開始前から飲み込まれそうなこの状況をトシなりに打破しようとしていたのか、それとも既に魂が刈り取られていたのか……天馬は考えるのをやめた。


    ■


 ソウルライドには様々な姿形が存在する。人型、獣型、蟲型、建造物型、兵器型などが主で、その殆どがノベライザーである筆者の ”概念” が象られる。詩仁のヒュグ・ドラッサムは、偶像をモチーフにした建造物型と思われるが、他のソウル・ライドとは一線を画していた。


「どうして、詩仁のソウル・ライドは何も仕掛けてこないんだ?」


 天馬は安心という不安に駆られまいと声を洩らす。トシも同じことを思っていた。


 1st.ED開始から15分が経過する中、トシの執筆には一糸の解れもなく、順調に鍵打音を響かせながらの気迫で物語を紡いでいた。


「……そ…………た………き……」


 トシにひきかえ詩仁は、か細い声で何かを呟きながら黙々と執筆している。画面だけを見据えた虚ろな視線も相成った様子は呪術か儀式か、どちらにせよ負が渦巻く異彩を放っていた。


 灼熱の鎧を纏った武神にして紋心であるトシのソウル・ライド - 創誓そうせい突覇皇とっぱこう - ジーク・ブレイカーも既に姿を現し守りの構えを見せていた。ヒュグ・ドラッサムの攻撃を警戒して神経を鋭く研ぎ澄ませた鋭意が、彼のノベライズ・ハイを早めたと言える。


「エンド・ライズ……」 


 1st.ED終了まで2分を残して、先に筆を置いたのは詩仁だった。時に相手のエンド・ライズと余裕に焦りペースを乱す者もいるが、トシの張り詰めた様子が少し緩む。どうやら心配はないようだ。


 実はノベライズにおいて、エンド・ライズはあまり意味を成さない。なぜなら、先攻後攻でも結果は同じであり、休むことでノベライズ・ハイから脱するリスクもある。殆どのノベライザーは、区切りよく書き上がれば残り時間を推敲や改稿に充てるのだ。


 相手がエンド・ライズとなったことで、目標を失ったジークの巨体がトシの背後に跳躍する。当然相手もソウル・ライドによる妨害などの動きを見せることは禁止だ。


《ソウル動かなくてつまんねー》 《余裕おつ》 《キーボードの動きジワジワくる》 《詩仁たん守りたくなる》《キー坊がんばれ》


ブロック決勝ともなると閲覧者やコメントも増える。ゲストユーザーだけではなく、メディアの公式アカウントからの反応にも期待したいところだ。


『アウト・ライズ!これより1st.EDのアナライズに入ります!』


 残り時間、トシのペースを乱れることなく1St.EDが終わりを迎えた。詩仁は神と交信しているのか、それとも電源でも落ちているのかピクリともせず黙想していた。トシと天馬は、あの状態でソウル・ライドを維持できると詩仁にある種の感心すら抱いていた。


「実はあの子もソウル・ライドの一部で、どこかにノベライザーが隠れてるんじゃないかな……?」


 汗を拭いながら陳腐な推理を口にするトシを見て、その設定と展開も悪くないな、と天馬は思ったが……


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1【ARIMI – UTANI】

字数:28,063 整合率:99% (R)ize Novel release


2【MASATOSHI – NOGANE】

字数:14,410 整合率:96% (R)ize Novel release

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 ……好奇心で誤魔化されたメッキは剥がれ落ち、中から得体の知れない畏怖が現れ始める。

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