5-5th. ED 勧善犯罪
人間とはつくづく因果な生き物だ。怒りや哀しみという負のベクトルやエネルギーが時に生きる力になるのだから。
多くの物を失い『許せない楽しみ』という、筆舌に尽くしがたい矛盾した希望。その虚無を暗い興奮で埋めるように出場停止が解けるまでの数年間を孤独なノベライズで重ねた者を誰が責められようか。
「だが、どんな過去があろうと、他人の未来を奪う資格はない」
「そ、そうだよ。トシと天馬は関係ないじゃん」
天馬と姫奈は、鉤比良がここに来るまでにトシから聞いた話と彼がまだ栖雲 龍彦だった時のノベライズ歴を調べたうえで、この男に少しばかり同情はしていた。
「なんとでも言え。俺は……俺はかならず書籍化を果たし、そしてこんな目に遭わせたあいつらの名前と一緒に
命を奪うとまでは至らずとも、社会的に抹殺するという復讐心。それが鉤比良がノベライズを続ける理由であり、書籍化の目標だった。
「ノベライズに限らず、自分のことしか守れねえ奴に本当の
剛池も天馬と同じく複雑な気持ちだった。自分の拳を掌に当て、乾いた音で何かを発散する。
「ふん……どこで俺のことを調べたか知らんが、綺麗事を並べたければ好きなように思え。何だったら、この傷の経緯も教えてやろうか?」
自分より弱いもの、時に強いものを痛め付けた
「そういえばトシ、お前いつレゾナ・ライズを発動させたんだ?」
天馬は相手の過去や意識と同調するトシの共鳴現象について問う。3EDのジャッジ・ライズを見る限り、その様子は感じられなかった。
「……レゾナ・ライズは使えなかったよ。どんな事情があろうと、彼を深く知りたいとは思えなかったから」
どういうことだ? レゾナ・ライズを知らない剛池と鉤比良も含めて、天馬の中でトシが口にした鉤比良の鮮明な過去の出所の謎が深まる。
「みなさん……」
突如その場に増えた新たな一声の主に全員がそちらを向く。
そこには担当者としてノベライズ後の手続き諸々などを終えてやって来た、鉤比良の妹である栖雲 透香がうつむいた様子で立っていた。
「野鐘さん……
しばしの無言を経て、栖雲はよりうつむき深々とトシに頭を下げた。
「お前、よくも俺たちを騙しておきながら、ぬけぬけとそんなことを……」
天馬は一歩前に出て栖雲の都合のいい態度に一言もの申すが、トシは腕を伸ばしてそれを制止する。そして首を横に何度か振る。
「上手くいったね栖雲さん。予想外の展開と結果オーライだったけど」
トシは疲れた様子ながら笑い顔を見せる。栖雲はそんな彼の優しい反応に泣きそうな顔で微笑み返した。
『どういうことだ?』
天馬、剛池、そして鉤比良が今度は一斉に疑問を口にした。
■
「……つまり、
「うん。あの時、僕の家に来たときにね。最初は同一人物とは信じられなかったけど、必死で訴える栖雲さんを見てたら何だか、放っておけなくて」
決勝トーナメントの組み合わせが決まってすぐ、鉤比良は栖雲に計画を持ち掛けたのだ。 “ 野鐘 昇利を潰すぞ “ と。
何とか兄を止めたい一心と救いを求めて、栖雲はトシに近付いてキーボードを奪う計画を利用することを思い付いたのだった。
「だがトシ。この女はホロモデラーを使ってノベライズを妨害したんだぞ?」
鉤比良がホロモデラーを含む四体ものソウル・ライドを駆使して、トシに自分の声を利用した幻聴を聞かせていたと知った天馬は不愉快を示す。
「いや。あのソウル・ライドは、鉤比良さんが全部一人で操っていたんだ」
「あれだけの数を一人でか? 信じられん……」
「ああ、そうだよ。アサシネスはすべて俺が一人で操った。まあ、ホロモデラーは野鐘の傍らに立たせるだけの伝令役だったからな。そんなに苦労しなかったさ」
それでも四体同時に攻撃を指示し、言葉をかけつつライズ・ノベルを執筆するのは並大抵の能力ではない。天馬は鉤比良のノベライザーとしての実力の高さに純粋に恐怖した。
「まさか、透香にも裏切られるとはな……」
「鉤比良さん、それは違います。栖雲さんが話したのは、あなたの過去とキーボードを奪おうとしていた話だけです」
「龍兄、野鐘さんは何も聞かずに私を信じて、ノベライズで勝負したんだよ」
鉤比良は舌打ちをしながら目線を反らす。
「だけどマサトシ。お前この女に変な薬を飲まされたんじゃねえのか?」
「正直に言うとそれが少しだけ不安だった。天馬もさらわれたし、一瞬は栖雲さんに騙されたのかもって思ったけどね……」
だが、栖雲は何度も哀しい目で鉤比良の背中を見ていた。そんな彼女が自分を騙していたとはトシには到底思えなかったのだ。果たして、どんな気持ちで兄のノベライズを見ていたのか……。
それに加えて、栖雲が施したテーピングがノベライズ中にまったく剥がれる様子がなかったのも、信用の証となった。
「じ、じゃあ俺が吐かせたのは、余計だったかもな。わりぃ」
「そんなことないよ。鉤比良さんを信じさせるためにも吐くつもりだったし。それに天馬の拉致は栖雲さんにとっても想定外だった。大地が来てくれて本当に助かったよ」
この一連のノベライズ、殆どの謎と疑問が解決したが、まだ最大のピースが残されている。それは鉤比良がトシを敵視した動機だ。
相手がノベライズ当日、直前に明かされる4回戦までは、鉤比良もこのような卑劣な手段には及ばなかったはずだ。それまでの映像と三体しか発動していないソウル・ライドからもそれは伺える。
「俺はお前が気に食わなかっただけだ……。仲間とつるんで友情だの仲良しだので進んできたお前にムカつい……」
「嘘だよ、龍兄!」
背を向けて、謂われのない理由を語る鉤比良を、栖雲が力強い言葉で遮る。
「龍兄、本当は野鐘さんが羨ましかったんでしょ?」
「適当なことを言うな!」
栖雲は龍比良の背中に顔を押し付けて、必死の念を脊髄に響かせる。
「だったら、どうして龍兄は、野鐘さんと一角さんのノベライズを何度も哀しそうに見直してたの? 一回戦で見かけてから、ずっと試合を追ってたの?」
「あまりに馬鹿馬鹿しいノベライズに呆れてたんだ!いつかあたった時のために壊す楽しみにしてたんだよ!」
「嘘だ!龍兄は、野鐘さんの純粋でまっすぐなノベライズに惚れてたんだ!昔の自分と重ねてたんでしょ!」
「違う!快感なんだよノベライズは。相手の希望や努力を踏みにじって得る勝利の愉悦が俺は欲しかっただけだ!」
ノベライズは人によって様々な存在であり手段となる。スポーツ、趣味、生き甲斐、ゲーム……。天馬は、どこか自分がトシとこうして分かち合うまでノベライズに求めていたものと鉤比良の闇を重ねた。
鉤比良にとってノベライズは、己の傷と自我を守るため武装なのだと、トシ、天馬、剛池は思った。一歩間違えれば、環境が異なれば、自分たちもあちら側になっていたのかもしれない。
「鉤比良さん。たとえ復讐が目的だとしても、それでもあなたはこの決勝トーナメントまでに筆を交わした相手たちから何かを感じたはずです」
─ 君の勇気に応じて、最高傑作で倒させてもらおう!
鉤比良にふと、1st.EDで自分が発したあの言葉。そして、拙くも熱いものを感じたトシのライズ・ノベルがよぎる。あれは確かに
「言いたいことはそれだけか。結局、お前は俺をどうしたいんだ」
同情か?説教か?それとも糾弾か? いずれにせよ、鉤比良は受け入れるつもりはなかった。
「……僕に今度、ミステリーの書き方を教えてください」
「な、なんだと?」
トシのあまりに意外な言葉に鉤比良だけではなく、その場にいた全員が驚きの反応を見せた。
「僕が書いたミステリーは完成度が低くて、エクセレントを得た作品も推理物の規則を逆手に取った奇襲にすぎません」
もう、STIは切れているので詳しい内容は覚えていないが、確かに鉤比良から見たトシのミステリーは、中途半端かセオリーを無視した " やったもの勝ち " ともいうべき作品だった。
「鉤比良さんのミステリーは……今まで僕が読んできたどのミステリーよりも最高でした」
トシも既に作品の記憶は残っていないが、鉤比良の筆力と作品の素晴らしさが一流だったという感動が脳裏に刻まれていた。
「……俺はお前の友達を拉致した卑劣な男だぞ。お前の仲間の声とホロモデラーを利用して酷い言葉を投げかけた」
「確かに……。でも、こうして天馬も大地も無事に戻ってきました」
いや、俺達こいつの仲間に殴られたんだけど……。
天馬と剛池は思わず口を挟みたくなるが、場の空気を読んで無言を貫く。
「それに天馬の声を利用したことも気にしてません。逆に天馬が遠くから見守ってくれてるみたいで、活力になりました」
─ 本当は俺がここに立つはずだったんだ。
─ お前を担当者にして、跪かせてやる。
─ 俺のために弱点をさらけ出せ。お前を利用してやる。
「天馬の口と性格の悪さが功を奏するなんてね」
「う、うるさい。何だか俺がまるで死んだみたいじゃないか」
姫奈は、いつものお返しとばかりに、意地悪そうな笑顔で天馬を肘で突く。
「だから、鉤比良さん。また一緒にノベライズしてください。今度は僕もグレージング・ライズは使いませんから、これでアイコです」
再戦の約束を望む言葉と増筆技に鉤比良は目を見開いた。
確かにトシの3rd.EDのアナライズは、字数が多かったことを鉤比良は思い出す。短時間のノベライズで自分の技を見破りコピーした才能に熱い何かが込み上げてきた。
「……お前、もしも仲間の助けがなかったら。俺が3rd.EDで失敗しなかったら、どうするつもりだったんだ?」
過去の技術であるキーボードを用いて、どんな状況でも奇跡を巻き起こす筆力と筆運。野鐘 昇利という男に鉤比良は初めて興味を持った。
「えっと……それは、負けてから考えようと思ってました」
トシは少し間をおいてから、頬を掻かきながら軽く笑った。
「……大した名探偵だ。もう付き合い切れん。俺は行くぞ」
「あ、待ってよ、龍兄……」
鉤比良は溜め息をつきながら、出口へと向かい歩きだす。栖雲は最後にトシたちに一礼してから兄の背中を追った。
「おい、鉤比良!話はまだ……」
「そうだ! 詫びの一言くらい……」
「待って、天馬、大地……いいんだ」
トシは栖雲と同じく鉤比良を追おうと一歩前に出る二人を止めた。
「大丈夫。鉤比良さんはきっとまた帰ってくるよ。それに『去り行くノベライザーは、静かにその筆闘を讃えて見送れ』って言うでしょ?」
だから、俺達は鉤比良の仲間に殴られたんだよ!!
天馬と剛池は今度こそツッコミを入れようと思ったが、トシの遺恨のない笑顔を見て言葉を飲み込んだ。
本当に大したやつだ。ノベライザーとしても一人の男としても、と思いながら……。
─ 飛陽高校・二年 野鐘 昇利
ライジング・ ノベライズ、エリア予選準決勝進出。 ─
■
鉤比良にもかつて『ノベライズを愛する者に悪人などいない』という暗黙の誇りを純粋に信じていた頃があった。
だが、筆を交えてぶつかり合って、理解し合うことなど夢物語だと気付いた彼は、過去に固執した復讐という未来を選んだ。
「だが、本当に気付かなければならなかったのは……」
自分の傷を受け入れて、元の場所、それ以上の先を目指すという勇気だったのかもしれない。鉤比良は照り付ける太陽の下を歩きながら思った。
「なあ、透香。兄ちゃん新しいことを始めようと思うんだ……」
「突然どうしたの龍兄?」
鉤比良は立ち止まり、目を閉じて眩しい太陽を見上げながらいつも隣を歩いてくれる妹を呼び止めた。
「ノベライズっていう文芸のスポーツなんだけど……」
「うん、やろうよ龍兄!きっと、色んな楽しいことが待ってるよ!」
そう言いながら、自分を見る兄の顔は、まるで憑き物がおちたようで、少しだが、あの頃の純粋な輝きを栖雲は感じとった。
長い月日を遠回りして、道を踏み外しそうになった者だからこそ見える物もある。それが、ノベライズを決して捨てなかった強靭な精神力を持つ者へのせめてもの、はなむけではないだろうか。
時間はまだ掛かるかもしれないが、この同じ
――――次回予告――――――――――――――
変わりたいという願い。変えたいという想い。すべては雪の日に起きたひとつの邂逅から始まった。遂に明かされる、トシがノベライズを始めた理由。そして、優れた才能と筆力を持つが故の
ライジング・ノベライザー Episode.6
【 Fearturing - Nove(R)ize】 己の筆力を想いに乗せろ!
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