5-4th. ED リトル・ストーリー

 スポーツでも趣味でも始める理由があれば、続ける理由もある。

 純粋に磨かれる腕や知識に喜びを感じる者。楽しさを徹底して追求する者。


 俺がノベライズに身を委ねる理由。それは俺の心にかけられた呪いだったのかもしれない。すべては今から3年前の6月から始まった。


    ━


 西暦2075年6月


『オーバー・ライズ! ポイント 5対4で、勝者……栖雲 龍彦!』


「おい。あの二年すげえな。俺達、三年全員を圧倒してやがる」

「あれでノベライズ歴、まだ二ヶ月かよ」

「しかもあいつ、女子にも人気だぜ? 神様は二物も三物も与えちまったか」

「こりゃ、琵鏡ひかがみの奴もウカウカしてられねえな」 


 市立芳理ほうり中等学校。俺を含めて12人が所属するノベライズ部は、活動盛んに互いの創造力を競い合いながら筆力を高めていた。


 小学生の頃から推理小説をはじめ、ライズ・ノベルが大好きだった俺は【(R)izing Seedライジング・シード】の使用が法律で許される中学二年生になって、すぐにノベライズを始めた。


 顧問せんせいからは百年に一人の天才などと讃えられたが、俺は決してその評価に自惚れたり他人を見下すことだけはせず、自分があるのはこの場所と仲間たちのおかげであると感謝していた。


 何より『物語を愛することに実力・経験・立場の差はあらず。みなが平等である』というノベライザーの暗黙の誇りを信条としていた。


「ありがとうございました、琵鏡ひかがみ先輩。もう一戦お願いできませんか?」

「おいおい勘弁してくれ、栖雲君。練習とは言え、そんなに勝負したら僕の引き出しが空になってしまうよ。ノベライズなら、明日の校内選抜で思い切り出来るじゃないか」


 ノベライズ部のエースにしてキャプテンの琵鏡 泉判ひかがみ みずゆきは、俺の周りの見えない図々しい願いを気さくに流す。昨年のライジング・ノベライズ中学生大会では、予選ながら決勝まで進んだ琵鏡先輩は俺にとって憧れであり、目標だった。


 その予選の開催を数週間前に控えた明日は校内選抜の日だった。俺は二年生代表として、そして琵鏡先輩は三年生代表として、この学校では一人しか許されない出場枠を賭けたノベライズをするのだ。


「琵鏡先輩、僕は遠慮はしません。勝って勝って勝ち続けて、ライジング・ノベライズの全国大会を目指します」

「その意気だよ栖雲君。校内選抜とは言っても、すでに予選が始まってるのと同じだからね」


 そう言いながら、琵鏡先輩は明日の挨拶がわりにと握手を求める。俺は嬉しさと照れる思いもあったが、闘争心を燃やしながらその手を握った。


龍兄たつにい。そろそろ帰ろうよ」


 部室の入口が開くと同時に聞こえてくる、あどけなさが残る少女の声。俺の妹、栖雲 透香だ。


「あ、琵鏡先輩!いつも兄がお世話になってます!明日の校内選抜頑張ってくださいね!」

「透香。お前は兄ちゃんの応援をしてくれないのか?」

「龍兄と先輩の応援は別腹だよ!」


 部室は何だそりゃと言わんばかりの笑い声に包まれる。


「みんな。顧問せんせいも言っていたが、この学校では全国で戦えるノベライザーを求めている。この学校からの出場枠が一人しかいないのは俺も辛い。だけど、大会に出られなくてもどうか自分の筆に誇りを持って、全員が一丸となって勝ち進むつもりでいてほしい」


『はいっ!』


 ノベライザーとしてのライバルであり、仲間であり、そして友達でもあるここにいるみんなが俺は大好きだった。明日がどんな結果に終わっても、いつまでもこの一体感が続くのだと信じていた。


    ━


「いよいよ明日だね。私、本当は龍兄に勝ってほしいんだよ」

「ありがとう、透香。俺は勝つよ。そして、全国に行って書籍化して……」

「……推理作家への第一歩を踏み出すんでしょ?もう百万回は聞いたよ」


 沈みつつある陽の源を道標に、俺と透香は下校する。

 こうして二人で歩く日常もあと少しかもしれない。


「龍兄が全国に行けたら……お父さんとお母さん、仲直りしないかな?」

「……そうだな。そんな奇跡を信じるのも悪くない」


 物悲しい笑顔で両親の不仲を案ずる透香。俺は気休めの言葉はかけまいと、しかしすべてを諦めてはいない返事をする。


「いっそのこと、一気に全国優勝、書籍化、中学生プロ作家デビューを果たして、世間体を気にするくらい別れられない空気にしてやろうか?」

「龍兄。夢見すぎだよ~」

「お、お兄ちゃんは、お前のためを思ってだな!」 

 

 あの頃の俺は辛さもあったが、希望もあった。

 そうだ。どんな困難があろうと、俺は前に進むんだと決めていた。


    ━


「いけっ!劉欺士りゅうきし アサシネス・フェイカー!」

「いでよ!凶運の死星獣 デスラック・アストロス!」


 体育館での俺と琵鏡先輩が繰り広げる校内選抜ノベライズは、ソウル・ライドの同時発動で熱気に包まれていた。


 1ED:15分による、2ED・5ポイント制。1st.EDで早速、EXを得た俺は、4対2と優勢だった。


 このままいけば勝てるはずだ……!しかし、慢心だけは絶対にしまいと自分のペースを守りながら物語を紡いでいた。


「そんなやわな刀撃で、デスラックは倒せないよ、栖雲君!」


 琵鏡先輩のソウル・ライドは俺の等身型とは違い、こちらのライズ・フィールドを喰い尽くしそうなほど巨体な獅子だった。執筆の集中力がまったく衰える様子はない。それどころか、鼓膜を突き破りそうな咆哮と一撃で生き物を肉塊に変えかねない鋭い爪に足が震えそうだった。


 俺は一瞬、観客席で必死に祈る透香と来賓席を見る。

 ノベライズに力を入れているこの学校では、校内選抜でもライジング・ノベライズの運営と審判を招いて行われていた。琵鏡先輩が話したとおり、これはすでにエリア予選の0回戦なのだ。


 だが、俺には切り札があった。ノベライズ・ハイを高めることで、俺の紋心の攻撃力は二倍にも三倍にもなる。


「なにっ!?」


 アサシネスが三体になったことで、琵鏡先輩のデスラックスは徐々に鎖に繋がれた獣のように足掻くだけの獲物と化し、俺の執筆の勢いは先輩をも凌駕した。


    ━


『オーバー・ライズ!ポイント8対4で、栖雲選手の勝利!』


「うおおおおおおお!」


 苦戦の末、辛うじてながら、俺は琵鏡先輩に勝利した。憧れの人に勝てた興奮とライジング・ノベライズに出場できる俺の喜びの叫びに体育館は大きな拍手に包まれた。


 琵鏡先輩は俺に歩みより右手を差し出す。全力を出し合った末に勝者を讃えるノベライズ精神に、俺は涙が出るのを堪えながらその手を握った。


「馬鹿が……甘ちゃんが」

「え?」


 琵鏡先輩の重苦しい悪意に満ちた一言に唖然となった次の瞬間、俺の運命は最悪の方向へとねじ曲げられる。


「これはなんだ!栖雲君!」


 琵鏡先輩は急に俺のズボンのポケットに手を入れたと思いきや、すぐに抜いて高く掲げる。その手には小さな端末が握られていた。


 何が起きているのかさっぱり理解できないが、何かのサプライズ演出かと期待しようとしていた自分は、先輩の言うとおり甘ちゃんだったのだろう。


 体育館は満員なのに誰もいないのか、それとも自分は聴力を失ったのかと思うほど静かになるなか、俺の目の前で一体のホログラムが映し出される。


「アサシネス……どうして?」


 それは俺のソウル・ライドだった。龍の鱗を飾る新緑の紋心は刀を抜いたかと思いきや俺の喉元にそれを突き付けた。


「見損なったよ栖雲君。君がまさかホロモデラーを使ってソウル・ライドを増やすなんてね」

「な……違います!俺はそんな物なんか使ってません!」 


 突然の言われのない容疑に俺はようやくして口が動くが、体育館もざわめきが広がり始める。


 これは何かの間違いだ。調べればすぐに分かることだし、何ならもう一度ノベライズをすれば、俺のアサシネスが本当に分身したことを証明できる。そのことをみんなに訴えようと思った。


「それに栖雲君。今日のライズ・ノベルは誰から盗った作品なんだい?」


 琵鏡先輩の表情から普段の優しさは消えていた。あるのはミステリーでよく見る、誤った捜査で無関係な人間を冤罪へと追いやる無情の刑事そのものだった。


「どうなってんだ」「もしかして不正?」「あいつ反則してまでノベライズ部のキャプテンを倒したかったのか?」「イケメンなのに、わたし超ショック」


 体育館の不穏な空気はますます濁る。盗作?不正?反則?

 どの道においても踏み外されたことを示すキーワードに俺は狼狽する。


「俺……栖雲が誰もいない部室で、俺が忘れた鞄からアイデアノートを盗み見してセルラブルのカメラで撮影していたの見たぜ」


 見学者と同じく立ち見していた先輩の一人が口にする。


「お、俺は栖雲から、琵鏡を部から追い出す話を持ちかけられた……」

「あいつ、いつも琵鏡がライドを起動する時、IDとパスワードを覗き見しようとしてたよな。乗っ取りで削除しようとしてたんじゃないのか?」


 先輩たちは次々と俺の記憶の片隅どころか妄想すらしたことない虚言を並べはじめた。


「栖雲!お前、自分が恥ずかしくないのか!」


 観客の一人があげた叫びが口火となり、体育館はざわめきは怒りと批難の炎に包まれた。


 ち、ちが……「卑怯者!」「最低だなお前!」「すました顔で俺達を騙してたのか!」俺は……「ノベライズ部の恥さらし!」「琵鏡に謝れ!」やってない……「前から怪しいと思ってたんだ!」無実だ……「二度とノベライザーなんて名乗るな!」透香……「そうやって何人を追いやったんだ!」先輩……「今すぐ消えちまえ!」「せっかく応援してたのに、裏切り者!」助けて……


 俺の体中から、視界から色がはみ出して滲みながら消える。ボロボロにくすんだ塗り絵のように、世界が細い線になる。どうして? どうして?


「栖雲 龍彦。僕はノベライズ部のキャプテンとして、すべての物語を愛する者の代表として、君に除名処分を言い渡す! 即刻、立ち去れ!」


 ……そして、俺はライジング・ノベライズ協会より二年間の、要するに高校二年になるまでの出場資格を剥奪される処分が下された。


 信じていた仲間たちから、その才能を恐れられ、嫉妬されていたと知った時にはすでに遅く、俺は誰の助けもない茨の道を裸足で歩かされる地獄のような中学生活を過ごした。


 ノベライズから間もなく両親は離婚。透香に父親に連れられた。傷だらけの虚空となった俺の中には哀しみと怒りだけが残った。


 ちなみにライジング・ノベライズに出場した琵鏡先輩は、予選一回戦で筆聖とあたり、嘘のようにボロ負けした。

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