Episode.6【 Fearturing - Nove(R)ize】

 6-1st. ED 震度1を観測したとか、しないとか……。

 ここにいるノベライザーたちに新たな二つの価値観が芽生え始めていた。

 一つは、ただ勝利すればよいだけの力と技の筆戦ではなく、勇気と気力を費やした己を顧みない矜持、誇りプライドという名のノベライズ。


 そしてもう一つは、見るものすべてに感動と幸福をもたらす、名誉・威信カリスマという名のノベライズ。


 それぞれの魅力を秘めた二人のノベライザーが相まみえるその時が、刻一刻と近付きつつあった。


    ■


 お前たちの青春は輝いているか?

 自分本来の物も持たずに流行に流されてはいないか?

 今しかできないことを浪費してはいないか?

 命を燃やし、雄々しく生きる誇りを持ってはいるか?


 今なら言える。自分はその創琉そうるを身体の真まで誰よりも燃焼させていると!


【KAZABAYASHI: 3―8 :SUMERAGI】


 風林かざばやしは、ディスプレイをチラリと見ると、その荒々しい高揚よろこびと不器用な笑みで武骨な表情を飾った。


『3rd.EDも残り時間あと僅かとなりました!風林選手、怯むことなく、それどころか筆撃の勢いは増しております……!』


 ライジング・ノベライズ、エリア予選準決勝の第2試合。風林 佳燦かざばやし かざん皇儀 来斗すめらぎ らいとという、紋豪学園おなじがっこう文豪なかまが繰り広げるノベライズは、太陽よりも熱く、それでいて荒れ狂う海のように凍てつく奮えを見せながら繰り広げられていた。


「我が愛刀たちよ!閃鬼ひらめきとなりて、蒼きまもりを貫け!」


 風林は喉を揺るがす叫びに乗せて攻めを命ずる。自身のソウル・ライドであり周囲を扇状アーチで構え描く、十五本の大小様々な形態を持つ刀剣が皇儀のライズ・フィールド目掛けてあらゆる軌道で一閃する。


 ─ 渾沌の武零刀 カオシック・ブレード ミヤビ ─

 これが剣豪小説のみで全国まで駆ける筆力を持つ男の剣陣型の紋心である。


「風林さん……。あなたは凄い先輩おかただ」


 皇儀 来斗は同校のノベライザーに敬意の笑みを浮かべた。


 優れた文学ながら世間では、読者層の割合が少ないといわれる剣豪小説。そんな崇高と浪漫に満ちた敷居を相手の趣向に構わず、誰でも楽しませる筆力で二年連続でライジング・ノベライズ全国大会まで進んだ男……。


 ─ 筆実剛剣ひつじつごうけん ─ ソード・ランブ

 風林の剣豪ライズ・ノベルは、作中の7割が殺陣、剣劇、一騎打ちによって構成された、チャンバラ描写に特化されている。そして、物語の状況に合わせて、ソウル・ライドの攻撃にも繋げることができる筆殺技を持つ。


「小説にどんな時代が訪れようとも、塗り変えられてはならない軌跡もある。あなたのその剣筆と魂、私が受け入れる!インペリオン!」


 目には目を……刃には刃を……だが、高速には光速を!


 皇儀は毅然とした言葉を合図に執筆を刹那止めて、羽毛を掃うように右手の人差し指を弾く。そして風林の視線を掠める一閃、三閃……そして五閃。


「何だ、今の動き……うぉ!」


 ふと視線を落とした風林の目に映ったのは、足元に刺さるソウル・ライドの一本である自身の身の丈ほどの十文字槍。周囲を見渡すと、背後の壁、天井、床の至る所に刀剣が役目を終えたように展示されていた。


 あ、あの一瞬の判断と、僅かな動きで、すべて弾き返したのか……!


『アウト・ライズ!』


 皇儀の剣技と終了を告げる合図に、風林は一筋の冷たい汗を垂らしながら、床から数センチほどの高さ浮遊し、彼女の前衛を護るソウル・ライドに目をやる。


 ─ 創穹の覇凱神 ブレイブ・インペリオン ─

 無限の硬度と輝きを放つ細身の剣を構え、悠久の空と海を彩る甲冑を纏った麗騎士。


「これが、伝説の遺伝子か……。しかと見届けた!」


    ■


「流石は皇儀 来斗だ……」

「う、うん。全国レベルの風林さんを……」


 天馬は眼鏡の位置を直しながら震えをごまかす。トシですら、いつものどこか抜けた様子は微塵も見えない。


3ED オーバー・ライズ

【KAZABAYASHI: 5―12 :SUMERAGI】


 結果は予想通りと言ってしまえばそれまでだが、あの風林が圧倒されたことにこのノベライズを見ていた誰もが息を飲んでいた。


「風林って人、皇儀さんにあっさり負けちゃったね……って、どうしたの二人とも。真っ白な顔しちゃって」

「ノベライザーじゃない奴は気楽なものだ。あれだけの戦いを見て、プレッシャーに押し潰されないんだからな」


 天馬の言葉とトシの緊張した様子に姫奈は少し反省する。


「まったく。どうせ潰されるならその胸にしてほしいものだ」

「結局はそれが言いたいだけか、この種馬スケベ!」


 冗談はさておき、天馬は皇儀のノベライズに冷房の空気以上に体温を奪われていた。


 紋豪学園では今年は三人のノベライザーが予選に出場した。内、一人はベスト16で敗退したが、この二年間、校内選抜で風林から筆頭トップの座を大差で勝ち得たという噂が真実であったと知る。


「あ、出てきたぞ!」


 誰かの声にロビーに集まっていた観客やメディアが一斉にスタジアム内部へと続くメインゲートに注目する。先に出てきたのは、敗北に喫するも最後まで威風堂々としたノベライズと姿勢を見せた風林だった。


    ■


「……時の流れは残酷なものだ。ノベライズという文芸の世界に身を置いて三年になるが、まさしく矢の如しと言おうか。だが、青春という名の彩りをしかと堪能できたこと、無上の幸せなり」


 全国に二回進むも、上位進出が成し遂げられず、拾い上げの機会にも恵まれず書籍化が叶わなかった風林。少しばかり悔しさを感じさせながらも、一滴も残さずに搾り出した筆力と存分に燃やし尽くした創造力の三年間を誇らしげに語る。


「これからは、すべての物語を愛する者たちに、剣豪小説の素晴らしさも後世に伝えるべく、進学のための勤勉に励みつつ、時代小説の新人賞を中心に筆を磨く!」


 最後に風林は、力強い言葉と大きな背中を見せてメディアの前から去る。そこにいる誰もが、彼はきっと新時代のつわものになる日が訪れると信じて拍手で見送った。


「皇儀さんはまだ来て……あ。君は飛陽高校の野鐘君だね!明日の決勝について感想を一言お願いします」


 さて。興味の対象を失ったメディア陣は、皇儀が来るまでの繋ぎと言わんばかりに続けてトシを取材する。


「えっと……まさか、こんなにあっさり進出できていいのかななんて……?」

「おっと。ここまで奇跡の逆転劇を繰り広げた、ミラクル・ノベライザーが実は余力を残していた発言ですか!?」

「いや、そういう意味じゃなくて……」


 トシは予選全般ではなく、準決勝のことを言っていたのだが、ある意味“まさか、こんなにあっさり“ に間違いはなかった。なぜならトシは戦わずして、決勝への切符を手にしてしまったのだから。


「……準決勝の相手が棄権するなんて、誰が予想しただろうな」


 天馬はわずか数時間前、午前の出来事を思い返す。

 トシの相手となるはずだった、清陣せいじん高校の修陶 俊香おさずえ やすか。休みという休みを利用して旅した諸国は十数ヵ国と言われる人気ブロガー。ソウル・ライドの洸矢の時導弐輪こうや じどうにりんバイシクル・シューターに跨がり機動力ある執筆でエッセイや自伝を披露するノベライザーなのだが……。

 

 準決勝開始時に現れたのは、彼女ではなく、ビデオ映像だった。


「……確か、予選前に受けた、南極航海の調査隊試験に合格したんだよね?」


 姫奈は予想外の展開に、トシが決勝に進めた喜びも忘れて苦笑いをする。

 これから訓練と研修に入るので、全国に進めても辞退しなければならない。自分が勝っても互いに跋が悪い。|修陶はそう言いながら、I'll be back決着また今度と、準決勝を辞退したのであった。


 修陶からすれば、逃げたと思われたくないプライドと新たな旅立ちを公表をしたかったのかもしれないが、ノベライズを待ち侘びた観客たちの冷めた熱と行き場のない盛り上がりは「この棚ぼたノベライザが!」というブーイングの形でトシが一身に受けたのだった。


「ほんとトシったら、面白いノベライズばかりだよね」

「まったくあいつは……。コンビニ感覚で奇跡ばかり起こされては、努力するのが阿保らしくなる」

「何そのたとえ」


 天馬と姫奈はため息をつきながらも、取材陣のインタビューに狼狽しながら時折り救難の視線を送るトシを、意地悪な笑みで眺めていた。


「ところで、野鐘君はノベライズ歴半年なんだよね? 始めたキッカケは?」


 そういえば、まだ聞いたことがなかったな……。 

 メディア取材の質問に天馬が反応する。


「え……そんなこと聞かれても困るな……えへへ」

「姫奈。どうして、お前が照れるんだ? 冗談は胸だけにしろ」

「もー、天馬くんったら」


 天馬くんは背筋がゾクリと冷たくなる。姫奈はというと、もしかして、このまま公開告白になったりして? などと都合のいい妄想を膨らませるが……


「来たぞ!皇儀さんだ!」


 その一声にロビーの空気が一変した。スタジアム内部に繋がるメインゲートから出てきたのは、女流プロノベライザーにして筆聖としてノベライズ界を担う一人、皇儀 莱斗だった。


 多くの人が撮影の光やマイクを向けるが、皇儀は動じない。毅然とした態度と表情で足を進める。


「皇儀さん。相変わらず素敵だな……」

「会ったことがあるのか?」

「ちょっとね」


 姫奈は予選の4回戦、トシと歌仁のノベライズで皇儀といちファンとして話したことがあるのは、ちょっとした自慢だ。


「野鐘 昇利くんだね」


 皇儀はトシの前で足を止める。その筆聖を間近中心にメディアが囲む状況に三人に緊張が走る。


 多くの肉眼、カメラに視線を向けられてもまるで気にしない皇儀。威厳というには優しくて、慈愛というには貫禄がありすぎる様子は、同世代とは思えない経験値オーラの差が滲み出ていた。


「君の現代に蘇りし文豪としての数々の活躍と噂は聞いているよ」


 キーボードと本番勝負でその筆才を開花させた、担当者との校内選抜戦。

 ルーキー同士ながら、ソウル・ライドで観客を沸かせた、剛池との1回戦。

 愛する者と生きる希望を失った相手を華々しく蘇らせた、歌仁との4回戦。

 謂われなき黒い怒りと過去を祓い救ったと噂される、鉤比良との準々決勝。


 皇儀はトシのノベライズに筆力、創造力だけではなく、ただならぬ運と才覚

を感じ取っていた。皇儀にとっては伏兵ではあったが、こうして相まみえた以上は奇跡ではなく、超えねばならぬ好敵手として認めていた。


「……正直、私はきみに勝てるかどうか、わからない。だが全力を持ってして倒させてもらう!」


 この予選で初めての不安とも捉えられる、護りの鼓舞を放った皇儀にメディアのざわめきと張り詰めた空気が同時に巻き起こる。その瞬間を収めようと、白閃の明滅も数と勢いが増した。


「ま、まるで世界タイトルマッチだね」

「それだけ、二人のノベライズが大きく注目されているってことだ」


 姫奈もようやくして、ことの重圧さを知る。

 天馬は殆どが皇儀に対する注目だと理解しつつも、筆聖のオーラに眼鏡を直しながら汗を拭う。担当者チャージャーというだけでこのプレッシャーである。


 その筆聖に直に認められた、内気で内向的で、どこか天然なノベライザーの反応はというと。


「皇儀さん。決勝ここにたどり着くまで短いようで長い道のりでした」


 筆聖にも場にも飲まれることなく、堂々とここまでの経緯を語る。


「勝ち進めば、いつかきっと皇儀さんとノベライズができると信じていましたけど、くじ運が悪くてここまでかかりました」


 どういうことだ……? くじ運が悪かった?

 天馬はトシの言葉に明らかに違和感を覚えた。トシは一回戦から、ずっと皇儀とのノベライズを回避したことに安堵していたはずだ、と。


「でも、ようやくあなたに伝えられます」


 まてまてまてまて。天馬はこれまでのノベライズ前、対戦相手が決まった時にトシと交わしたやり取りの記憶をたどる。


 ─ 皇義さんとノベライズになる可能性は1/6か。神様……!

 ─ 神頼みとはお前らしくないぞ、トシ。それに確率は、1/11だ

 

 ─ 問題は、皇義 莱斗とどこで当たるかだな

 ─ そう言えば、今日の正座占いは最下位だったよ。出会い運が最悪だって


 ─ やはり占いはアテにならんな

 ─ 当たらなかったね


「あぁあああああああああああ!!!!」

「ど、どうしたの天馬!?」

 

 会話のキャッチボールが実はデッドボールだったことに気付き、驚愕の声をあげる天馬に姫奈がたじろく。そして……


「皇儀 莱斗さん、好きです!明日のノベライズで僕が勝ったら、付き合ってください!」  


 トシは皇儀とのノベライズを早く待ち望んでいたのだ。

 すべては、この瞬間のために。


 ………………………………………。


 ざわめき、明滅、呼吸、思考、数秒足らずだが、明らかに地球上からこのロビーだけは、音と時を失い孤立した空間と化した次の瞬間。


『えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?!!!?!!?!?』


 スタジアムは、ノベライズ史上類をみない驚きの声に包まれた。

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