3-4th. ED 歯止めなき終焉

「勝負あったか……」


 月刊『Rising-Magazine』の編集記者とのインタビューを終えた皇儀は、しばらくロビーの二階でノベライズのエリア予選4回戦、ブロック決勝の中継を見ていたが、試合に概ね見切りをつけて席を立った。


「あ、あの、皇義 莱斗すめらぎ らいとさんですよね……?」


 階段を下りてエントランスの近くまで来たとき、背後から振り絞るような女の呼び声で名を呼ばれて皇儀は足を止める。


 振り返ると、自分と同じくらいの年ごろの制服姿の少女が緊張した面持ちとかしこまった姿勢で立っていた。


「……そうですが、何か?」

「午前のノベライズ見てました。ベスト8進出おめでとうございます!」


 背中の吊り紐が切れたマリオネットのように、ぎこちなくも勢いよくお辞儀をする彼女に、皇義は先ほどまで遠巻きから観戦していたノベライズの緊迫を忘れて思わずクスリと笑ってしまう。


「ありがとう。あなたもノベライズを見にきたの?誰かの応援かな?」

「は、はい。友達が今、4回戦で戦ってます。」


 か、かっこいい……!

 皇義の凛とした口調と微笑みに思わず少女は恋い焦がれそうになる。現に皇義の性別を超越したオーラは男女を問わず多くのファンを魅了している。


「ご、御迷惑じゃなかったら、握手をお願いしてもいいですか?」

「ええ、喜んで」


 さらに勇気を振り絞る彼女の申し出に皇義の心は紐解かれる。

 最初に握手を求めるファンは信用できる。それが皇義の考えだった。応援してくれるすべての読者に感謝し、自分が奢れる身分ではないことは百も承知だが、写真やサインを一番に求めてくる者を皇義はあまり快くは思わない。


「わ、私、皇儀さんの【霧幻の水都ミスティック・ラグーン】が大好きで、何十回も読みました」


 【霧幻の水都】は、皇儀が中学二年生の時、第12回ライジング・ノベライズの優勝を経て翌年に発売されたデビュー作のライズ・ノベルである。湖に沈んだ国が数千年の時を超えて浮上し、そこで目覚めた記憶をなくした少女と冒険家の青年との出会いから始まる上下巻のファンタジーだ。


「この本が出たとき、私も皇儀さんと同じ中学三年生だったんです。友達のこと……進路のこと……凄く悩んでたんですけど、この物語にすごく支えられたから今があると思ってます」

「……ありがとう。私こそ読者の応援にどれだけ支えられてきたことか。嬉しいよ」


 彼女の感想に心から感謝する皇儀だが、その半面かなり照れ臭い。だが、尊敬の念を抱いてくれる読者と、それに感謝する作者。互いの立場と距離は違えど、胸に湧くライズ・ノベル への想いに差はない、と皇儀は思った。


 いや……物理的サイズでは、彼女の方が胸はかなり勝っているのが少し悔しかったのは内緒だ。


『さあ、ノベライズを再開します。予選4回戦・ブロック決勝もいよいよ佳境、4th.EDに入ろうとしております!』


 ライズ・ノベルが繋いだ交流を遮るように、スタジアム内にアナウンスが流れる。


「もう次のEDが始まっちゃう!突然すみませんでした。お話できてとても嬉しかったです。あと【レペティション・スモーカーズ】も大好きです!つづき楽しみにしてます!」


 皇儀にお礼と彼女の二作品目のタイトル、続刊の期待を述べながら少女は再び頭を下げる。先ほどよりかは自然体だが、そこだけ重力が強く作動したようで何だか滑稽だった。


「……こちらこそ、楽しいひと時と元気をありがとう。君の友人が勝ち残って、筆を交えられることを祈ってるよ」


 皇儀は微笑みながら踵を返すと、何物も恐れぬ堂々とした歩きでその場を離れた。


「はぁ……皇儀さんとお話できるなんて……あとでトシに自慢しよう」


 時にしてほんの数分だが、密かにファンである皇儀 莱斗とまさか二人きりで話せるとは夢にも思わなかった少女……姫奈ひなの余韻はなかなか治まらずにいた。


 ロビーの観客はみなノベライズの中継に夢中だったので、姫奈の他は誰も皇儀に気付いておらず独占できたのが嬉しかった。だが、その思いは複雑だった。何故なら……


3rd.ED

【NOGANE:0― 7:UTANI】


 ……トシと皇儀とのノベライズが実現する可能性は限りなくゼロに等しかったからである。皇儀もその点差に至ったからこそ席を立ったのだった。


    ■


 あんな結末になるなんて……。


 トシと詩仁とのノベライズ、3rd.EDは、後攻トシの【黒ネジ鬼気一発】NR:ノーリアクション、0ポイントをもって終了した。


 剛池戦で一定の評価を挙げたスチームパンクで追い上げを図るも、三度繰り返される詩仁の沈黙にトシの思考は混濁していた。その理由は窮地からではない。先攻で見せた詩仁のライズ・ノベルで生じた寒心と驚嘆によるものだった。


 3ED、7万文字に及んだ詩仁の【ゆるデス】は、主人公以外の女の子たちは全員死亡という、バッドエンドをもって完結した。


 直接的な残虐描写はないが、アトラクションでの脱落する可愛らしい様子を中継していたと思われていたシーンは、実は本当の罰ゲームによる処刑が行われており、読者に上手く違和感を与えていた。


 作品を読み直すことで、何気ない会話や描写がおぞましい内容となる仕掛けや、実は生徒たち全員に両親や身内が存在しないという、誰が消えても困らない陰謀の背景が見えてくるのだ。


 そして、最後まで勝ち残ったヒロインは、そのまま主催者側のサプライズライブという名の競売ぶたいに、新商品アイドルとして立つこととなり、友達との再会を楽しみにしながら希望に満ちてステップを踏むところで物語は終わるのだが、その展開が架空の作者による " あとがき " で判明するのだ。


 あれだけ後味が悪い結末にも関わらず、二重三重にも仕掛けられた巧みな物語による読了感は最高でもあった。


『野鐘選手、もう後がありません。そして詩仁選手はこの連続、無失点記録をどこまで伸ばし続けるのでしょうか!それでは、続筆の合図をお願いします!』


「ネクスト……ライズ」

「ネクス……痛ッ!」


 4th.ED開始前の意思確認の時だった。

 詩仁のライズ・ノベルの余韻が弛緩したトシの半ば麻痺していた神経が覚醒する。


「どうしたトシ!」


 右手を押さえながらテーブルに肘を付いてうずくまるトシに天馬が駆け寄る。


「ゆ、指が……」

「見せてみろ」


 天馬はトシの左手を取りそっと剥がすと、右手の薬指と人差し指が紫と血に染まっていた。


「爪が割れている……タイムをお願いします!」


『おっと。第1ルームで何かアクシデントが発生したようです。少しお待ちください』


 天馬は他のルームのノベライザーたちに申し訳ない気持ちとノベライズ・ハイに影響しないことを祈りつつタイムアウトをとる。


 トシの高速タイピングはキーボードが物理的が故に指や爪に接触、摩擦が生じる。10分で五千文字以上という、時間移動が起きるのではないかと思われる速度と振動がもたらす手先への負担は相当大きいはずだ。


「トシ。少し滲みるが我慢しろ」


 天馬がペットボトルの水で濡らしたハンドタオルでトシの指を覆うと、ほんの一瞬、苦悶の表情を浮かべる。


 幸い止血はすぐに済んだが、このままノベライズを続けられるのか? という不安が天馬に浮かんだその時だ。


「え?」

「う、詩仁……」


 机を挟んで詩仁がトシと天馬の前に現れた。およそ10メートル先、目前の対戦相手の来訪に二人は小さく驚くとともに、彼女が差し出した手に目をやる。


「……これ……よかったら使って」


 その手には絆創膏が数枚、握られていた。

 天馬は一瞬戸惑うも、頷きながらそれを受け取ると、トシの指に簡易ながらテーピングを施す。詩仁は静かに踵をかえして自分の陣営に戻る。


「詩仁さん。どうして、僕にこんなことを?」


 トシの呼びかけに詩仁は動きを止めて、首を少しこちらに向ける。


「……困ってる人を助けるのに理由なんかいるの?」


 詩仁はそう一言だけポツリと告げると再び歩きはじめた。十数秒後、椅子に座ると同時にトシは声をあげる。


「ネクスト・ライズ!」


『さあ、ノベライズを再開します。予選4回戦・ブロック決勝もいよいよ佳境、4th.EDに入ろうとしております!』


 戦況は【NOGANE:0― 7:UTANI】と圧倒的に不利な状況だが、トシは堂々と続筆の意思を示して勝負の海へと再び漕ぎ出す。


    ■


「これ、どういうこと……?」


 姫奈はスタジアムのロビーで、チョーカー型のセルラブルから浮き出たウィンドウ画面を操作しながら、疑問の声をあげる。


 もはや詩仁のワンサイド・ノベライズとなった4th.ED。そして、ジオラマと化したソウル・ライドにギャラリーの殆どが他組のノベライズを視聴するなか、無反応を貫く詩仁が気になった姫奈は詩仁のことを調べていた。


 画面に映し出されているのは、ライジング・ノベライズのデータベースサイトに登録されている詩仁の成績と顔写真。ちなみに今年ではなくて昨年のものである。


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第14回ライジング・ノベライズ(高校生部門)

名前:詩仁 可美(女子)

学校:カテリア学園二年生

紋心:想飾そうしょく母大樹ぼだいじゅ ブロドラシル


成績:……エリア予選 ベスト8

1回戦:10対7 4th.ED

2回戦:12対6 3rd.ED

3回戦:10対9 5th.ED

4回戦:10対8 4th.ED

5回戦: 棄権


 恋愛もの、児童文学を得意とする。優しい文体と心温まる読了感、そして相手ソウル・ライドのあらゆる攻撃を包み込み無効化する、彩色ある神樹をモチーフにした植物型のソウル・ライドを持つ。メディアからも注目を集めていたが、5回戦当日に試合会場には現れず棄権とみなされて敗退した。

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「詩仁さん綺麗……じゃなくて、去年は殆ど接戦で勝ってる。それにどうして棄権なんかしたんだろ?」


 天馬と同じく去年と異なる詩仁の印象と成績に釈然としない姫奈だが、もうひとつ決定的に違うものがあった。


    ■


 ソウル・ライドの名前と姿が去年と違う……。

 天馬はそのことを思い出していた。名前はともかく、ソウル・ライドの姿形は筆者の本質から生まれるものであり、そう簡単に変化することはない。考えられる可能性はひとつ。


 目の前にいる詩仁は、去年と別人なのでは?


 「……まさかな」


 ルーティンワークと化した機械的正確なノベライズな詩仁に対して、安定しない速度と時折、苦悶の表情を浮かべながらも人間味あるノベライズを見せるトシ。もはや消化試合、王手寸前となったノベライズを天馬は祈りながら見守るしかできなかった。


「エンド・ライズ!」


 先に筆を置いたのトシだった。指先のテーピングは問題ないようだが、重力すらも苦痛なのか、少しでも痛みを緩和しようとキーボードに震える指先を添えていた。


「エンド……ライズ」


 すぐに続いて詩仁が筆を置く。先ほど見せた稀有な人間らしさは幻だったように、すべてに無関心な様子で静かに目を閉じる。


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1【MASATOSHI – NOGANE】

字数:13,234 整合率:93% Turning(R)ize Novel release


2【ARIMI – UTANI】

字数:27,096 整合率:99% Turning(R)ize Novel release

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 トシは三度目だが、詩仁はこのノベライズ初の新作に打って出た。


『4th.ED:ジャッジ・ライズ……先攻、野鐘 昇利』

『ターニング・ライズ・ノベル【鈴木ロワイヤル】』


 ジャッジ・ライズ先攻はトシ。繰り出すのは、天馬との戦いでも見せた【鈴木ロワイヤル】である。


 将来、平行世界説を証明する鈴木少年が、多方面のパラレルワールドから現れる人生で大きく分岐をした自分同士のデスゲームに巻き込まれるSFアクション。短編として改稿されており、最終的に勝ち残り、平行世界説を発見しない未来を選んだ鈴木少年だったが、彼を支えて助けていた謎の少女、ベルウッドも実は唯一女性として生まれた鈴木であり、彼女が消滅して別れるところで物語は終わる。


 限りなく実現は低くも、形勢逆転の一手を賭けたトシのライズ・ノベルだが、結果は無情にも四度目のNR:ノーリアクション(0ポイント)となった。


 トシは痛みに堪えながら両拳を握り、しっかりと体を支えるようにテーブルに腕を押し付ける。もう勝負を投げたのかと思われたが……。


「こいっ!」


 詩仁のジャッジ・ライズに備えるトシの声はまだ力強い。決して虚勢ではなく、まだ諦めてはいない何かを狙う魂が篭った目をしていた。


『4th.ED:ジャッジ・ライズ……後攻、詩仁 可美 』

『ターニング・ライズ・ノベル【私が混沌の支配者となった経緯】』


「ぐぅ……っ!!ぐぅううううう!」


 トシは歯を食いしばり、目を血走らせながら、強烈な電撃でも浴びているのかと思うほどの苦痛を伴うSTIに堪えていた。


「あの反応はもしかして……?」


 天馬にある予感が浮かぶ。不安であると同時に希望でもある、あの現象に。


―――――――――――――――――――――

【私が混沌の支配者となった経緯】 ジャンル:異世界学園


 魔王グラドスが滅び、バイストルの世界に平和な日々が戻って数年。教員免許を取得したメアリスは、幼い頃からの夢だった小等学校の教師としてガフストル・アカデミアに赴任する。素晴らしき教職人生と希望を胸に焦がすメアリスだったが、教室の扉を開けた彼女を待ち受けていたのは、モンスターの群で……。


 オーク、ゴブリン、ハーフデーモン、ウォーウルフ、ハーピー、etc……。魔物語まものごを専攻していた彼女に与えられた使命は『モンスターの子供たちを人間社会に役立てるよう教育すること』だった。たとえ魔物でも子供に罪はない……とはいえど、言葉すらまともに通じない個性と人外の集まりのなか、彼女は教師としてやっていけるのか!?


【RP:リスペクト 2ポイント】

―――――――――――――――――――――


 詩仁が新たに書き上げた物語は、ファンタジー世界の学園ものなのだが、タイトルと冒頭序文がすべてを物語っていた。


 " 私は限りない憎しみを膨張させながら、闇に飲まれる世界と人々を笑顔で眺めていた。"


「倒叙法……!」


 主人公である彼女が新たな魔王として覚醒する結末から始まる、現在から過去へ時間をさかのぼり語られる前日譚。喜劇的な描写から、どのような経緯を辿り最悪の結末へと至るのかが気になる作品だ。


4th.ED

【NOGANE:0― 9:UTANI】


『何と言うことでしょう。詩仁選手、4試合連続で完全ノーリアクション勝利まで王手です。彼女の心を奮わせる物語は本当に存在しないのでしょうか……?』


 終わった……。

 辛うじて決勝点ちめいしょうには至らなかったが、残り1ED、逆転不可能となったノベライズ。天馬は両膝に手を置き傾斜した上半身を支える。


「天馬……大変だっ!このままじゃ取り返しがつかなくなるよ!」


 トシは焦燥の表情を天馬に向ける。


「取り返しならとっくにつかないだろうが!」

「違うんだ!あの人……詩仁さんはこのノベライズが終わったら、また死ぬんだよ!」 


 " 詩仁 可美 " の別人説……が予想外の形で明らかになる。

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