3-5th. ED 渇かぬ約束
最初はただの内申書のポイント稼ぎが目的だった。
私は学校の奉仕行事の一環で、児童養護施設の教会に暮らす身寄りのない子供たちの遊び相手や本を読み聞かせるボランティアに参加した。高校一年生の夏だった。
〽 Lalalala - Rurururu la ♪ Rara - ru - ruru - la ♪
「わたし、詩仁お姉ちゃんのお話大好きだよ」
「僕も。ねえねえ、もっと聞かせて」
昔から絵本や児童文学が好きだったけど、誰もが知ってる物語をはじめ、友達に聞かせるには照れ臭い私が考えたお伽話。それを歌に乗せた余興のつもりが、こんなに子供たちに喜んでもらえるとは思わなかった。
「お話伝えるのがとても上手なんですね。それに素晴らしい歌です。君は?」
「え? カ、カテリア学園一年の詩仁 可美です」
そんな時に出会ったのが彼。
この教会施設で育った私より三歳年上。若き神父をしながら子供たちを世話する、優しくて平等な愛に満ちた彼に私は一目惚れした。
邪な気持ちだとは理解している。子供たちを相手にするという名目を利用していることに胸を痛めながらも私は、施設と教会に通い詰めた。
━
「す、好きです。わたし、暮内さんのことが好きです!」
彼と出会って半年が過ぎた年明けの冬。教会で催しの片付けで二人きりとなった私は、勇気を出して自分から告白した。とっても寒いのに頬を真っ赤にしながら体温は夏のように暖かくて。
「ありがとう。僕も君が好きだよ。子供たちを優しく愛してくれる君が」
「やっぱりごめんなさい……私はあなたに近付く目的で子供たちに優しくした悪い女です。ずるくて卑怯で、自分勝手な女です……!」
良い返事を貰えて嬉しくなった途端、彼のために重ねた想いの分だけ、急に自分が大嫌いになった。悲しくて涙が溢れ出た。
「やっぱり私は
「そんなことないよ……」
私の悔恨と幸せを拒む想いを無理矢理に遮る、彼の力強くも慈しむ抱擁に、思わず言葉を止める。体の温もりと脈動が一気に高まった。
「……たとえそうだとしても、子供たちは君の物語と優しさに喜びと生きる元気を貰ってる。僕だってその一人だ。だから、そんな顔をしないで。君がそのことを罰と思うなら、僕も一緒に背負うから」
彼は私の涙を人差し指で拭いながら、微笑んでくれた。
こうして私たちは、二人で一人に向けて、歩き始めた。
━
「これが私の……ソウル・ライド?」
「す、すごい。まるで神の思し召しだ」
神聖な教会一面を春と幻想の景色が包み込む。
【
「だけど、可美さん。ノベライズの練習は辛くないかい……? 別に無理はしなくてもいいんだよ」
「そんなことないよ賢一さん。私、物語を読むのも作るのも好き。だからきっと書籍化して有名になって……この教会施設のことを世に広げたい」
この施設の子供たちは、みんなで支え合って幸せで……だけど決して裕福ではない。厳しい資金繰りで運営されていた。ノベライズというeスポーツを知った私は、少しでも支援と活動を広めたいと思い挑戦を決意した。
「僕もノベライズ、始めてみようかな。君には勝てそうにないけど」
「一緒にやりましょうよ。お相手する時は、私の母大樹で包み込んであげる」
私たちはそんな互いを想う繋がりを示す口づけを交わした。
苦戦しながらも私は順調にノベライズを勝ち進んだ。優勝できなくてもいい。エリア予選でもいいから、少しでも有名になりたかった。
「私、高校を卒業したら……ここで働きたい」
「……待ってるよ」
私には子供たちがいる。賢一さんがいる。そして私たちの世界がここにある。そんな幸せがいつまでも続くのだと信じていた。
━
賢一さんの突然の訃報が私のもとに届いたのは、街が強い雨に洗われた翌日。晴々とした明るい空と暑熱のなか、ライジング・ノベライズの5回戦に向かおうと玄関を出た時だった。
ほんの一日前まで、みんなに笑顔と慈しみを齎してくれた賢一さんは、病院のベッドで静かに眠っていた。初めて見る彼の寝顔はとても安らかで、いつものように優しくて。なのに……どうして、みんな泣いてるの?
あの雨の日の午後、河川橋を渡っていた賢一さんは、増水した川の近くで度胸試しに来た小学生の子供たちを見た。そして、その内の一人が川の中央で孤立していたのだ。
賢一さんは、濁流が迫りくる川に急いで入り子供を抱えて走ったが、岸の近くまで来るも間に合わなかった。
子供の命だけは幸いにも、濁流に呑まれる直前に賢一さんが思い切り投げたことで間に合ったのだ。
━
賢一さんを失ったのだと理解した瞬間、凍えの固まりが溶けた中に絶望しかない私はあらゆるものを閉ざした。家族、友人、将来、そして物語……。彼が荼毘に付されてすぐ、私はあの人と同じ場所で、無になることを決意した。
両親も。教師も。偉い人はもちろん人生を語るには若すぎる人の歌の中までも。世界は生きることの素晴らしさと尊さを説く言葉にあふれている。しかし、終わりを避ける
まだ雨跡の嵩を残す川は、まるで私の為に用意された居場所。勢いが弱まった流れる水音は、私を憐憫しながらも歓迎してくれる拍手のようだった。
寂しさ、不安、孤独、悲しみの先にまだ残っていた死の恐怖に一瞬、押し潰されそうになったが、私は心を鈍化させて川の中に身を投じた。
空の色が映る
━
目を覚ますとそこは白い世界だった。病室という名の閉ざされた、虚空の箱の中で私はまた独りだった。
「あれは夢……だったの?」
周囲を見渡すと、ベッドの隣にある小さな棚の上の花瓶と傍らの指輪型のセルラブルを見付けた私は、震える手で操作して賢一さんに電話する。だけど応答はまったくない。
「これは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だ……」
私は現実を必死に拒否しながらも文明の理器に頼り、エリアニュースを調べる。張り子の虎のように小刻みに何度も首を縦に振りながら。そして、事故の一題に目を止める。
『勇気ある青年、豪雨の川で孤立した少年の命を救う』
「ああ……賢一さんのことだ。きっと、お手柄ニュースに……」
……この事故で、暮内 賢一さん(20歳)が亡くなりました。
私の心と視界が灰色に染まった。
気が付くと私は、近くにあった花瓶の欠片で左手首の肉をえぐっていた。
白いシーツは徐々に血染めの地図を広げ描く。
そうだ……せめて、父さんと母さんにお別れの言葉くらいは……。
命が終焉に向かう中で、私は紙と筆の代わりにライジング・シードを起動した。すると、私のいる病室が灰色の草原へと変化した。
「これは……ソウル・ライド? ノベライズも始まってないのに」
夢か幻かそれとも不具合か……。意識が少しずつ朦朧するなか、私は唇の端をほんの少しだけ上げて微笑んだ。赤い血の滴りだけが、現実と私を繋ぐか細い糸のようだった。
未読メッセージ:1件 From:@seed_105774738
ふと、システム画面に表示された封筒マークに気が付く。ライジング・シード専用のユーザー同士のメッセージ機能宛に届いたものだ。
見たことないユーザーIDで、初期設定すらされていない仮IDだったので無視しようと思ったが、死んだ後に誰かに見られるのが何だか嫌だった。
何なら、私の遺書で返信してやろうか……。
そんなことを考える余裕と意地悪な自分に苛立ちを覚えながら、メッセージを開封した。
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dear:詩仁 可美 様
ライジング・シードを始めてみました。
まだ使い方も何もわからないけど、僕も子供たちの
ために何か物語を書いてあげられたらいいなと思う。
遅くなったけど、ライジング・ノベライズ4回戦
突破おめでとう。全国に行けても、行けなくてもい
いから、どうか無理だけはしないで。明日の5回戦
がんばってね。応援してるよ。可美さんならきっと
いつか書籍化できるよ。
追伸
こんな形で伝えるのはズルいかもしれないし、恥ず
かしいけど勇気を出して伝えます。もしも、いつか
君の書籍化が決まったら、もしくは、高校を出たら
その時は僕と一緒になってください。
from:暮内 賢一
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メッセージを読んだ私は、湧き出る血にも勝る勢いと量の涙を流しながら大声で泣いた。自分の身に寄り添い絞めつけられる想いとともに。
意識が薄れるまでの短い時間なのに、千夜の彼方まで遠い悲しみに感じられた。愛する彼に捧げる涙は決して尽きることなく、私は眠りについた。
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