5-2nd. ED 不幸椅子探偵
ファンタジー、SF、恋愛、ラブコメ、ギャグ、歴史、ホラー、現代ドラマ……。派生や複合も含めて物語の世界観は無数とあるが、ミステリーほど難しいジャンルはないと思わないだろうか。
筆者に求められる、謎解きやトリックをはじめ、僅かな矛盾や綻びも許されない緻密なロジックを構成するための知識。加えて、読者を楽しませるかつ納得させる卓越したセンスが求められる。これは決して一朝一夕で身に付くものではない。
「くそっ俺としたことが……!」
天馬は冷静にトシと鉤比良のノベライズを観戦していたが、自由を奪われた自分の状況に悔しさの念を小声で漏らす。
二人のエリア予選第5回戦が始まる数時間前、スタジアムに向かう途中で天馬は鉤比良の一味に車に押し込められる形で拉致された。
鉤比良はこの5回戦まで、ミステリーやサスペンスの要素が含まれない作品には反応が薄いこと。また、自らが放つ作品は確実にRP(2ポイント)以上を重ねて、ほぼ3rd.EDまでに勝利を収めていることを天馬は調べていた。
すなわち、このノベライズはトシが不利であることは初めから予想されていたが、まさか相手がここまで暴挙に及ぶとは天馬は考えもしなかった。
「さすがは
「言えてる。こいつ、骨董品を持ったタイムリーパーかよ?」
使われてない50平米ほどの廃倉庫。椅子に座らされて後ろ手を縛られた人質となった天馬。世間一般から少し脇道にそれたアウトローな連中、四人の笑い声。
漫画や映画でよく見る、絵に描いたようなお誂え向きの危機に思わず天馬は苦笑いする。
「まさか鉤比良のやつ、反則すれすれの筆技を持つノベライザーとは……」
天馬は捕らわれて縛られた際、連中に後生とばかりに自分のセルラブルから【
天馬は1st.EDでの動きとアナライズの結果から、鉤比良のグレージング・ライズを既に見破っていたが、二つの謎が未解決だった。
まず一つは、鉤比良 龍彦は一体何者なのか?である。
鉤比良の動きは貫禄や落ち着きも含めて素人とは思えなかった。
昨日、データベースで調べた範囲で中学から過去の出場歴に鉤比良の名前はなし。さらに
「うわぁ。龍の相手、血だらけじゃねえか……」
「ホログラムとは思えねえな」
二つ目の謎は、鉤比良のソウル・ライドだ。
―
セミオートの防御だけならばともかく、いくらグレージング・ライズで執筆の負担が軽減されているとはいえど、四体同時に操作、指示するとなると相当な神経負荷が生じる。普通なら二体が限度だ。
考えられる可能性はひとつ。
「
迂闊だった。あの時、最初から鉤比良とグルだったことに気付けば、もう少し警戒していれば、自分がこんな目に遭うこともトシに苦渋の判断をさせることもなかったと、天馬は悔やむ。
思えば、ジャーナリズム部であれば、トシと天馬の校内選抜戦の時から噂くらい聞き付けて取材していたはずだった。
天馬はなんだか安楽椅子探偵にでもなった気分だった。いや。安楽よりも不幸(アンラック)と言った方が正しいかもしれないが……。
「負けるな、トシ!!」
2nd.EDの最中、鉤比良の四体ものソウル・ライドに串刺しにされながらも、果敢にタイピングに励むトシを見て、天馬は思わず激を飛ばす。
「うるせえな……てめえは、自分の心配でもしたらどうだ!?」
「うぐっ……」
身動き取れない天馬は、アウトローの一人に椅子の後ろ二脚でバランスをとる形で胸倉を掴まれる。
「龍がノベライズしてるってことは、お前は友達に見捨てられたんだろが!」
「大体、ノベライズなんて地味なスポーツのどこが楽しいんだよ?」
「お前はなんで大会に出場しないんだ?そっか。才能がないからか」
確かにノベライズは、数あるCTEを用いたプロセス・ホログラフィのeスポーツの中で最も地味と言われている。ソウル・ライドがなければ、ただの小説の執筆と読みあいと言っても過言ではない。
「筆も握ったことがないお前らに何がわかる!」
いたぶりに快感を得る連中の下衆な笑顔に天馬は怒りと情けなさを覚える。彼らにではない。暴力こそなかったが、トシがノベライザーとして開花する僅かひと月前迄は、自分たちがこうして蔑んでいたのだという事に。
トシ……お前は本当に器が広い、凄い奴だよ。
「なに笑ってやがる。 恐怖で気でも触れたか?」
天馬は、自分がどんな酷い目に遭おうとトシを許す覚悟があった。だが、それと同時に絶対的な自信も持っていた。
「教えてやる。俺の相棒はどんな無謀な行動をとろうが、馬鹿な決断をしようが、必ずその背中を追うだけの価値を示してくれる奴だ!」
それが天馬のノベライザーとして、友として、彼の掲げ、暗黙の誇りと信頼だった。お前らにはすべてを賭けられる熱いものはあるか? 仲間はいるか? と言わんばかりに天馬は笑う。
「てめぇええええええ!」
男が拳を弓のように引く。その一撃を真っ向から受けるべく、天馬は鋭い眼光を背けずに構える。
「おっと!その価値観、俺も一口乗らせてもらうぜ!」
豪快な男の声と何かが倒れる音が倉庫内に響き渡った。
「だ、誰だ!?」
「どこにいやがる!」
「隠れてないで、出てこい!」
「あ、あそこだ!」
予め用意されていたかのような、アウトローたちの台詞。
倉庫の入口、逆光で生じたシルエットに隠れた、190cmはあろうか人影に天馬以外の全員が一斉に視線を送る。
「正義の味方、
剛池の質問にアウトローたちは、無言で椅子ごと床に倒れた天馬を指差す。
「てめえら!大事な人質になんてことしやがるんだ!」
「い、いや。俺は寸止めするつもりだったのに、お前が突然大声で脅かすから止められなかったんだよ!」
……………とりあえず起こしてくれないか?
朦朧とする意識と現実を何とか繋ごうと、足をバタバタさせる天馬の意思表示が通じたのか、無抵抗なのに殴って悪いと思ったのか、アウトローの一人が椅子を起こす。
意外と悪い奴らではないのかもしれん……。不毛ながらも、天馬はそんなことを思いながら、頭を小刻みに振りながら眼鏡の位置を直す。
「とにかく、一角は返してもらうぜ!」
「こ、断ると言ったらどうする!」
「力づくで奪うまでよ!」
もうどちらが悪者から分からない押し問答を
なぜここに剛池がいるのか。天馬は不思議と事態をすぐに飲み込むことが出来た。ノベライズを通じて、トシの筆魂が伝染した者同士、ある種の共鳴現象とも言えた。
「さあ、来い!壊れねえ程度に無事じゃすまさねえぞ!」
得意の拳法の構えを取るのに合わせて、アウトローたちが警棒や転がる鉄パイプなどを手に剛池を囲みながら詰め寄る。
多対一の時はどうするか。剛池の戦法は決まっていた。
「せいりゃあああああ!」
剛池は鉄パイプを持った男の懐に疾風の如く飛び込み、腹に掌の一撃を見舞う。数メートル飛ばされた男は、声にならぬ苦しみを漏らしながらうずくまる。
弱い奴から確実に人数を減らす……!それが多対一の鉄則だ。
派手な一撃は他のメンバーへの心理的な牽制とダメージとなる。
それからも剛池は瞬発力を見せて、ものの十数秒で次々と男たちを拳や蹴りで沈める。顔や急所などには決して当てず、体重と勢いを乗せた技を繰り出していた。
剛池がノベライズで見せた拳法は、決して飾りではなかったことに天馬は恐ろしくも頼もしく震えた。
「大丈夫か、一角。俺のこと分かるか?」
「……助かった。トシのためにすまない」
「話は早えようだな」
「ああ、そうだ……あぶないっ!」
互いに事情を察した安堵感も束の間、最初に倒したアウトローの一人が、いつの間にか立ち上がり、苦しみを見せながらも剛池の背中に鉄パイプを振りかざす。
「ぐはっ……!」
骨と金属が衝突する音が響く。自分が喰らったわけでもないのに天馬は顔を歪ませる。ゾンビのように、よろめきながらも他のアウトローの面々も続いてゆっくりと起き上がる。
「ちっ……。やっぱり脅しの一撃ぐらいじゃ、寝てはくれねえか」
アウトローの連中は殺気や敵意を上手く分散させながら、お構いなしに長物で剛池を囲み叩きにする。長身と恵まれた体格ゆえに倒れることはないが、反撃の機会が見出だせないまま数分が経過した。
剛池は三半規管の古傷を庇うように頭部を守り、身体は絶好の的となっていた。天馬はただ押し黙って、トシと鉤比良のノベライズを見ていた。
「へっ。カッコつけて登場したのに惨めなもんだな」
「拳法も大したことねえぜ!」
違う。剛池は手加減しかできなかった。例え人助けと相手が悪人という理由があっても、拳法で素人相手を壊すことが剛池には許せなかったのである。
「こいつ助けに来てもらっときながら、さっきからずっと試合観戦してるぜ」
「そこで仲間たちがやられるところを大人しく見ときな。そしたら後で手加減くらいしてやるぜ?」
虐げる笑いを見せるアウトローたちに天馬は口の端を上げて歯を見せる。
「俺がただ手を拱いていただけだと思ったか!」
「縛られてるじゃねえか!」
「やかましい!待たせたな、剛池!」
天馬がアウトローたちと剛池にそう叫ぶと、どこか遠くから、蹄の音と翼がはためく音が近付く。全員が何ごとかと思う間にも質量のない重圧が迫る。
その時、床に転がるセルラブルを突き破るように、刻彫された螺旋状に伸びた銀色の角が飛び出す。続けて、藍色の毛並みの中にも白銀の輝きと翼を持ったペガサスとユニコーンの特徴を併せ持った幻獣が姿を現して勇猛な雄叫びをあげた。
― 星河の一閃 ラグラ・ユニサス ―
その身に銀河を宿した幻獣。一角 天馬のソウル・ライドである。
「な、なんだこりゃ!?」
「一角の奴、ノベライズもやってねえのにどうして出せる!」
アウトローたちだけでなく、剛池も口々に驚きの声をあげる。
ソウル・ライドは本来、執筆でノベライズ・ハイとなることで具現化されるものである。しかし、天馬は他のノベライザーにはない特異な技を持っていた。
「本当は、ライジング・ノベライズで披露したかったがな!」
─
自ら執筆せずとも、ノベライズの熱気とノベライザーの筆気を感じとることでノベライズ・ハイを分泌させることできる、天馬独自の筆法である。
「ユニサス!そいつらを星屑にしろ!」
ユニサスが前足を高く掲げながら翼を動かす。すると、倉庫内に無数の隕石が流星となって降り注ぐ。
「はんっ!ただのホログラフィだろ……うぉぉおおお!?」
アウトローたちは思わず手で頭を覆う。
ノベライズに慣れていない者にとっては、たとえホログラフィだと分かっていても目前に迫る映像は現実以上に脅威である。
「剛池!今だ!」
「おうよぉおおお!」
天馬が繋いだ起死回生のチャンスに、剛池は少しばかり力と怒りを込めた拳と全身をバネにした蹴りをアウトローたちの腹や太ももに当てる。
「かぁ嗚呼ァッ!」
今度こそ、数十分は立てないであろう痛手を負ったアウトローたち。辛勝ながらもすべてが決した剛池はシメの構えをとった。
「大丈夫か、剛池?」
「おう。道場の先生のゲンコツに比べりゃ、あんなのポップコーンみたいなもんよ!それよりも、よく頑張ったな一角。チビらなかったか?」
剛池にからかわれながら紐解かれた天馬は、セルラブルを拾いながら、フッと笑う。本当は、二桁mlの乳酸菌飲料ひと口分ほどチビッていたのは内緒だ。
「さて、まずは俺が無事であることを連絡しないとな」
トシと鉤比良のノベライズは、既に3rd.EDに突入していた。
状況は【NOGANE:3 ― 8:KAGIHIRA】と劣勢だ。
「そうだ。マサトシから伝言だ。決着はノベライズでつける。それと……」
剛池はスタジアムでトシから頼まれたことを天馬にすべて伝えた。
「……トシのやつ。その気になれば、鉤比良を反則負けにすることもできるのに……馬鹿だな。本当に」
天馬は眼鏡を直しながらため息をつく。しかし、その表情はいつもの鋭い眼光の中にも清々しさがあり、微笑を浮かべていた。
「……よし、打てる手はすべて打った。そろそろ行くか、大地」
「そうだな、天馬。マサトシには後で何か奢ってもらわねえとな」
ともに同じ危機を突破し、ともに超えるべき同じ目標を知り得た二人に芽生えたのは友情か。それとも共闘か。
「ところでよ天馬。さっきの合体技、ユニサス流星拳ってのはどうよ?」
「……うまく言えんが、一世紀前の少年漫画っぽいセンスだな」
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