Episode.7【Alchemying - Nove(R)ize】
7-1st. ED 王者への挑戦
街の中央に建つ多目的スタジアムのロビー、大型ホログラムビジョンを前に多くの者たちが、続々と集まりつつあった。
ある者は応援をぶつけようと、ある者は感動を得ようと、そしてある者は決定的瞬間を見届けようと。観客、関係者、メディア、皆が思い思いを胸に決戦のノベライズを今かと待ち侘びていた。
筆聖にしてプロのノベライザーでもある、皇儀 莱斗。
ルーキーながら奇跡の快進撃を見せる、野鐘 昇利。
実力、経験値ともにその差は歴然だが、多くの注目を集める二人のノベライザーには、形は違えども、ある揺るぎない共通点があった。
それは、常に自分の筆力と創造力を信じ抜いた断固たる意志である。
ここにいる者はみな、筆聖の王者たる圧倒的な力による勝利と同時に、期待の新星が歴史を覆す瞬間、その両方に期待していた。
■
『みなさん。ついにこの日がやってきました。このエリア代表を決める第15回ライジング・ノベライズ、エリア予選決勝。総勢128名の代表が今、決まろうとしております!』
「本当にここまで来たな、トシ」
「うん。天馬のおかげだよ」
そう、一度たりとも許されない敗北を乗り越えて、二人は今ここに立っていた。ノベライズ前は誰にでも緊張や恐怖心があるものだが、天馬の目の前にいる相棒は、既に理想の精神状態にたどり着いていた。
トシは一目惚れにも近い、片想いの気持ちを告げる為だけにここまで来た。
だが、偶然か皮肉か、ここまで幾多のノベライザーたちと繰り広げたノベライズによって筆力と創造力は練られ磨かれたトシは、今や一人の文豪として認められていた。
いつかはこいつを超えなければならない。だが、今は相棒とこの目で全国の舞台を見たい……。
天馬は担当者ながらも、皇儀とのノベライズを前に何度も眼鏡の位置を直して不安と焦りを発散していた。
『……そして、何より、この場に立つ二人にしか分からない決勝前会見を沸かせた想いがぶつかろうとしております!本日のノベライズ・ガイドも私、
なぜこうも、トシも姫奈も皇儀も『付き合う』という言葉を変則的に捉えるのか。天馬はそれだけは決勝を前にしても頭をモヤモヤとさせた。
『……それでは、選手の登場です!まずは、ホログラム技術と省エネ時代の彼方に消えた文明の機器、キーボードにより才能を開花させた異色のノベライザー! 果たして彼の気持ちは、物語ともども筆聖に届くのでしょうか!飛陽高校の二年、野鐘 昇利!そして、ここまで苦楽を共にした親友にして
仕切りの壁が
『続いては、紋豪学園の二年。もはや説明不要の麗しのノベライザー!過中学時代に第12回大会で優勝。第13回大会では準優勝に輝き、今や書籍化は六冊にも及ぶ十六筆聖の一人、 皇儀 莱斗!』
同じく仕切りが開き、皇儀も姿を見せる。相も変わらず威風堂々、凛とした様子に特にトシは緊張が走る。
「あ、あの皇儀さん……。先日は突然、すみませんでした!」
「気にすることはない。今日は互いに悔いのないノベライズにしよう!」
皇儀と対峙するなり頭を下げるトシに対して、筆聖はそれを爽やかに受け流す。
「だが、一つだけ君に言っておきたいことがある!」
「は、はい!」
「実は、私はきみとの出会いをまったく覚えてない!」
「え……?」
「すまないが、きみの気持ちに応えることはできない!」
■
『二人のノベライザーが準備を進める間に、閲覧者のみなさんにライジング・ノベライズ、エリア予選ルールの一部を簡単に改めて説明します』
─ 1ED(エディション)20分の5ED制。
─ 10ポイント到達または全ED終了時に得点が多い方が勝利。
(同点の場合は判定)
─ 1EDの最低文字数は10,000文字。整合率は90%以上。
『……配点や詳しいルールはこちらをアクセスしてください』
https://kakuyomu.jp/shared_drafts/0GyWA7GhiJWUGkMNq1gSqahUzcDnDXO8
「トシ。テーブルの高さはこれくらいでいいか?」
「……」
「キーボードのバッテリーは問題ないか?」
「…………」
「【
「………………」
『両選手ともに、ノベライズの準備が進められておりますが、野鐘選手の様子が何だか変に思えます。やはり、筆聖を前に緊張しているのでしょうか?』
トシは美術室にある石膏像のように生気の色と血の巡りを失っていた。無理もない。遠路はるばるたどり着いた片想いの相手にいきなりフラれたのだから。
一瞬、皇儀の心理攻撃かとも思えたが、言葉からは一塵の嫌味も悪気も感じられなかった。彼女は小説のことしか頭にない生粋のノベライザーにして天然寄りだと聞いていた天馬は、それが真実であったと確信した。いずれにせよ皇儀に罪はないが……。
「ライス・セット……」
「しっかりしろ。ここはファミレスじゃないぞ」
天馬は痛恨のボケを披露する意気消沈の相棒にセット・ライズを言い直しさせる。自分はトシの担当者というより介護係ではなかろうか、と青筋を立てながらセット・ライズのすべてを担った。
トシ。頼むから決勝くらいは、ツッコミなしで真面目にやらせてくれ……。
「セット・ライズ!」
続けて皇儀が準備完了を告げたその瞬間、トシと天馬は空気が冷たくなるのを感じた。それは決して、空調の温度が下がったからではない。彼女から発せられる気迫からくるものだった。
「今までとは別人みたいだ……」
皇儀のアイドル的な貫禄は、一瞬で闘将の覇気を感じさせる戦闘モードに切り替わった。見た目は変わらないのに、その中身の変わり様にトシは我に返り、首筋に冷たいものが流れる。
筆聖のライズ・フィールドは、その名を示すかの如く聖域だった。
テーブルはない状態で、魔法陣や紋様を模ったホログラム・キーボードが9つ、規則的にシンメトリー状に皇儀の手元や周囲を位置取る。何人も執筆の妨げを許さない結界にも見える。
『さあ、両選手のセット・ライズが完了しました!これより世紀の一戦、1st.EDのカウントダウンに入ります!レディ・ライズ!』
「トシ、気をしっかり持て!」
「う、うん……」
皇儀はそっと両手を前に出す。トシは、その仕種と静寂な眼光だけで身が刻まれそうな思いがした。
『……9……8……7』
カウントダウンが始まるなか、トシはまだどこか皇儀の覇気と自身の感傷に飲まれていた。このままノベライズが始まっても気迫負けするのは明白であった。筆聖を狩り獲って、己の礎にする意気込みでも足りないくらいだ。
『……6……5……4』
「お前がここで消沈することは、ノベライズだけじゃない。皇儀をも侮辱することにもなるんだぞ!」
何よりも、ここまで敗北に涙したノベライザー。スタジアムに書籍化の夢を埋めたノベライザー。そのすべての思いを無碍にすることになるのだ。
「皇儀が本当に好きなら、どこまでも追いかけろ!」
『……3……2……1』
「男なら、どんな障害があっても乗り越えて、欲しい物は手に入れてみろよ!」
それは、天馬自身の嘆き、願い、鼓舞でもあった。天馬だけではない。ロビーではたとえ恋沙汰であろうと、姫奈、剛池、詩仁、飛陽高校の全員がトシの勝利に期待しているのだ。
「わかったよ天馬! 僕のノベライズで皇儀さんを振り向かせてみせる!」
ノベライズ開始直前。ようやく目と声に闘志の炎を宿したトシの様子に天馬は、まったく世話が焼ける相棒だと言わんばかりに笑みを浮かべた。
『ゴォオオオオ・ライズ!!』
多くの者の願いを一身に背負ったトシと皇儀の最終筆戦の火蓋が切って落とされた。
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