Episode.Final【Rising - Nove(R)ize】
8-1st. ED 父の想い、娘の願い
ノベライズは、文芸とスポーツの溝に詰まった垢のような存在だと揶揄する者がいる。書籍化という甘やかな蜜を塗った文字書き同士の野蛮な争いという、文学から隔離された世界に値すると思う小説家も少なくない。
私の父である皇儀 源蔵もその一人だが、作家として、父親として、私は尊敬の念を抱いていた。そう、あの日までは……。
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「作家になるのは簡単だ」
皇儀 源蔵、45歳。職業、小説家である父の口癖だ。
22歳の大学在学中に卒論のつもりで書いた、『幻想と現実と電子における三すくみ世界の贅肉』を人の奨めで、とある小説コンテストに応募したところ、落選はしたものの、編集部より起爆文学となり得る可能性があると評された。
小説が持つ可能性に興味を抱いた父は、大学卒業後に就職はせず、新人賞、Web小説などあらゆるコンテストに様々なジャンルの小説を投稿、応募した。
それと同時にブログやSNSなどの発信も盛んに開始した父。子供のようにまっすぐで気さくな性格からか、当初は周囲から節操のない児戯のような行動と執筆活動だと嘲笑されたが、当時応募した16作品すべてが同年度内の各社コンテストで受賞するという、大きな伝説を残すと同時に鮮烈なデビューを果たして一躍、文学界の頂点と最前線に立った。
元々、好奇心が強く凝り性だった父は、特にファンタジーの造詣が深く、母と出会い私が生まれた17年前に【ブレイヴ・レジェンズ】という、当時としては懐古回帰とも言われた純ファンタジー小説を発表する。これが現在までに本編だけで20巻、総部数1000万部を超えるヒット作となった。
「私、大きくなったら、父さんよりも凄い小説家になる!」
「それは楽しみだ。待ってるぞ、莱斗」
それは約束であると同時に宣戦布告でもあった。
私は8歳にして、多くの小説を読んで楽しむ読解力を身に着けた。父の作品も含めて、的確な批評や感想が述べられるまでになった。
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10歳になる頃には、自分でも小説を書くようにもなった。父に大きく影響を受けたファンタジーだけではなく、SFやミステリー、ラブコメなどにも挑戦した。何よりも物語やキャラクターを生み出すことが楽しくて仕方がなかった。
12歳になった私は、皇儀の名を隠してコンテストや新人賞に応募するようになった。別名にした理由は単純だ。親の七光りだと思われたくないからだ。しかし、そんな心配もむなしく、結果はいつも一次、二次選考で落選だった。
自分の筆力のなさに悔しさを重ねていた時、父は私にこう教えてくれた。
「小説でも漫画でも、優れた作品を作るのに必要なのはなんだと思う?」
「たくさん読むこと。たくさん書くこと!」
私は何よりも積み重ねることだと答えたが、父は首を横に振った。
「少し正解だけど、大きく間違っている。大事なのは常識だ」
土台がしっかりしていなければ、専門的な知識や考えだけでは、逸脱した物は書けない。
父の助言はいつも私の手段と考える力の器を広げてくれた。
「まあ、小説も勉強も頑張れ。そう先を急ぐな莱斗。作家になるのは簡単だ」
「父さんはいつもそうだ。簡単に作家になれたら誰も苦労なんかしない」
そう笑いながら、いつもの口癖を言う。
天性の作家でもあり努力家でもある父。何でも教えてくれる父。私はそんな父が嫉妬しながらも大好きだった。
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「私は明日から……いえ、今日からノベライズを始めます」
「やめておけ。ノベライズは……小説じゃない」
14歳へと成長しても、私は相変わらず、Web小説や新人賞では結果を出せずにいた。そこで、法律で使用が許される年齢となった【(R)izing Seed】でノベライズを始めることを決意した。
「どうして? ノベライズだって立派な文学じゃないか」
「文学じゃないとまでは言わないが、あれは物書き同士の即興小説の読み聞かせ会だ。審査員や読者を通さずに作品を評価するのはおかしい!」
日頃は何でも否定しない父が珍しく激昴した。
「差し迫る僅かな時間内に集中力を一気に費やして、急いで書いた小説を競うなんて邪道だ!それに、あれには……」
「魂がこもってないから……?」
父がノベライズを否定する理由を私は覚えていた。かつて一度、私は家族旅行でライジング・ノベライズの全国大会を観戦したことがある。
確かにスポーツの側面も強いが、私はあの熱い空気の中で繰り広げられる、ノベライザー同士が筆力と創造力をその場でぶつけ合う戦いは、文学として決して恥じるものではないと感じとった。
「父さんが言っている批判は、一世紀前の作家と同じだ!」
かつては、皆が原稿用紙に向き合って筆を手に執筆していたらしい。それが、ワード・プロセッサの誕生によって作品を生み出す速度に劇的に変化をもたらしたが、その利便さを文学の邪道とした文豪たちもいたと聞く。
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父の反対を押し切り、私はノベライズの世界に身を投じた。始めたばかりの頃は、皇儀 源蔵の娘として、計り知れない二世文化人の重圧が降りかかったが、それまで培った筆力と創造力で、ノベライザーとしての頭角を現した私は、瞬く間に第12回ライジング・ノベライズの頂点まで昇り詰めた。
書籍化が決まった私は、年内に悲願であった父の【ブレイヴ・レジェンズ】と同じレーベルから、【
父ほどとは言わなくても、私も新時代を築くのだと信じて疑わなかった。
しかし、結果は蒼然たるものだった。新人としては、異例の初版2万部だったが、私の自信作の消化率は、一月経っても20%にも満たなかった。『14歳にしてはよく書けている』という書評に留まった。私はここに来て初めて、皇儀の名の大きさ、期待、責任を思い知らされた。
結局、【
ノベライズを始めてからデビュー作が二冊で終わるまで、父はそのことに何も言わなかった。特に亀裂もなく普通の親子関係を築いていた。
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「やあ、莱斗ちゃん」
「こんにちは……えっと……」
学校から帰ると家には、いつも父の友人作家や編集部やメディアが応接室を賑わせていた。
「莱斗。お前は本当に人の顔を覚えるのが苦手だな。芳岡先生だよ」
「あ……。宇宙提督シリーズの最新刊、とても良かったです。特に主人公の……」
幼い頃から、いつか私も父のようにプロ文学の世界に身を浸からせる立場になりたかった。だけど、私はあくまでこっちの世界ではまだ読者に過ぎない。
「莱斗ちゃん、また書籍化するんだってね。おめでとう」
「ありがとう……ございます」
翌年、中学三年生になっても私はノベライズを続けた。有名レーベルから書籍化しても、ライズ・ノベル……俗に言う、『ラ・ノベ』ビジネスの世界に留まっていた。私は、まだそちら側の世界には届いていなかった。
第13回ライジング・ノベライズでは準優勝に終わったが、これまでの実績も踏まえて、出版社から拾い上げられた私は、【
前作の反省を踏まえて、現在の流行や読者のニーズをしっかりリサーチしたうえで、編集部と何度もプロットの打ち合わせと改稿を重ねた。正直、これは本当に私の作品だろうか? という疑念はあったが、どんな結果になっても人のせいにしないように、執筆に心血を注いだ。
その甲斐あってか、【
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「なんだ、これは……!」
私は淀んだ視界の底に沈むように床に一冊の書籍を落とした。それは自分の書籍であるはずの【
高校生になって初めての夏。私は筆聖と言われながらも、ライジング・ノベライズには出場せずに続刊に向けた執筆を進めていた。
季節が秋へと移り変わったある日、私は届いた数通のファンレターを読んでいた。その手紙すべてが励みになり、勇気付けられる言葉が並べられていたのだが、どこか内容に齟齬を感じた。
読者の意見や感想は、時に作者以上に物語の魅力や世界観を広げてくれるが、明らかに作品の完成度の枠を超えた部分に焦点が当てられていた。読者独自の理想や妄想にしては、形がはっきりし過ぎていた。
恥ずかしさという贅沢な理由から、自著から目をそらしていた私は、初めて読者という視点に帰って自分の作品を読んだ。
【
別作品とはいっても、九割九分九厘は私が手掛けたものだ。わずか数行の台詞と心理描写が加筆されていただけだが、物語や登場人物たちの存在意義が深まっていた。こんなことが出来るのは、あの人しかいなかった。
「父さん、どうして私の作品に手を加えたんです!」
私は憎しみを込めて、指間が外れそうな手で、父の大きな肩を掴みながら問い詰めた。
「莱斗。お前には技術と才能はあるが、作家としての『何か』がまだ足りない。そんな状態で作品を出し続けても、売れる物は作れない」
父は自分の立場と権威を利用して、校了した私の作品に密かに介入したことを明かした。一巻目で気付かなかったのは迂闊だった。
「いくらお前が父さんの娘でも、二度もヒット作を生み出せなければ、出版社から見限られる可能性が高い。父さんはそれが見たくは……」
「うるさいっ!それでも私は父さんの助けなんて借りたくなかった! 」
たとえ父を超えられずとも、それでも自分の可能性に、自分の力だけで挑戦し続けたかった。親子であると同時にライバルとして、私は皇儀 源蔵の横に並びたかった。
「莱斗、作家になるのは簡単だ……」
「その言葉は、もう聞き飽きた!あなたはいつもそれだ!」
すべての作家志望を鬱屈にする父の皮肉だったが、その言葉には続きがあることを私は初めて知る。
「……だが、作家を続けること。作家を辞めると決意するのは何よりも難しいんだ」
━
「それじゃ、行ってきます」
寒風吹かずとも、冷たさが身に凍みる師走の月。私は家の玄関で父と母に別れを告げる。母は駅まで見送ると言うが、旅路はここからと、
父の介入がされてない【
編集との話し合いで【
結局、私にはノベライズでしか筆力を発揮する場が残されていないのだと思い知らされた。
私は、親戚を頼って街を出ることにした。父から逃げたいという気持ちも強かったが、この街でノベライズを続けるにはどこか居心地も悪かったのもあった。
「莱斗、お前にひとつだけ言っておきたいことがある」
父が私を呼び止める。また、いつもの『作家になるのは……』だろうか。
「お前は決して、目の前のことから逃げ出したんじゃない。次の道と可能性を自ら選んだんだ。だけど……」
そして、最後にこう言った。いつでも帰ってきなさい、と。
父はノベライズを否定しながらも、私が歩む文芸の道そのものを否定はしなかった。ただ、先輩として私のことを心配していただけなのだ。
「……父さん。舞台は違っても、あなたは私の生涯のライバルです!」
私はその言葉を自分への門出にした。寒さと乾燥した空気で、霜の塩跡となって頬を伝う私の涙は、嬉しさと悔しさを象徴する私が歩む道のようだった。
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