第6話 会議でバトル?
周年行事、正式名『創立三十周年記念お客様感謝イベント』の実行委員長は副社長だ。社長は脱サラした後にこの会社を立ち上げた人なので既にかなりのご高齢であり、未だに開発部門に対しては熱弁を奮っているものの、こういった行事ごとに関しては細かいところまで口を挟むつもりはないらしい。
組織としては、実行委員長の直下に運営事務局というものがあり、私、紀川結恵(のりかわ ゆえ)はその末席に名を連ねている。さて、竹村係長が出張から帰国した翌日、記念すべき第一回目の会議が行われていた。議題は、イベントの具体的な内容について。
「やはり、せっかくやるからには商売に繋げないとな」
「単なる商談会だけでは『お客様感謝』という名を掲げるわけにもいかんだろ」
「一応前回と同じように派手なディナーパーティーはやるんだろ? それで十分じゃないか」
「でもマグロ解体ショーは止めた方がいい。一部の海外からの客からは不評なんだ」
「いや、あれは社長の拘りだから今回も外せないだろう。客先フォローはよろしく」
会議終了後に議事録を作成せねばならない私は必死でメモをとっているが、交わされる雑談……ではなくて意見はどれもありきたり。会議冒頭で副社長が発言した『前回一緒だと成長が無い。今後もうちと付き合っていきたいと客に思わせられるぐらいの未来を演出するイベントにしたいんだ』という話に寄り添えるだけの内容は出てきていない。
メンバーを見渡した。今日は経営企画部の面々に加えて営業部の部課長や総務部の課長、またそれぞれの下についている実務者となる部下達も顔を並べている。ほとんどが前例を踏襲しないと不安になってしまう、新しいもの嫌いの方達だ。この中には新田くんの姿もあった。おそらく招待する客先選定などの実務者になるのだろう。視線が合ったので「あんたも何か発言しなさいよ!」と表情で訴えてみたが、新田くんはニヤニヤするだけだった。
その時、竹村係長が小さく挙手した。長テーブルを囲む全員がそちらの方へ注目する。
「機械展示で何か工夫できませんでしょうか?」
うちは工業用の裁断機メーカーだ。『裁断』というと一般人はハサミとカッターぐらいしか思いつかないだろうが、世の中にはCADで使ったデータを元に瞬時に布や基材をスバスパ切ってしまう特殊な機械が存在するのだ。とても大きな機械で、小型のタイプでもキングベッドぐらいのサイズはある。
うちの会社は、よく展示会でこの裁断機、またはNCと呼ばれる機械の実機を展示して稼働させて見せるデモンストレーションを行っている。お客様や展示会の来場者が持ち込んだものをその場でテスト裁断することもやっているのだが、それ以上の工夫なんてできるのだろうか?
「何かじゃ分からないぞ、竹村。具体的に言え」
営業の橋本部長の大声に対し、押し黙る竹村係長。高山課長は心配そうにしているが、無言。こんな時に部長がいればなと思う。現在、我が経営企画部には部長がいない。数ヶ月前まではいたのだが、病気で休職しているのだ。心の病なので、なかなか復帰は難しいらしい。よって、助け舟を出せる人材はこの場にはいなかった。
「うちは裁断機メーカーです。それしかありません。ですから……」
「だから何だ?」
今度は総務の飯塚部長が苛ついた声を出す。
「ですから、お客様は裁断の前後工程との連携を自分で考えなくてはなりません。どうしても、うちの製品を見せるだけでは、モノづくり全体のソリューションを思い描けないんです。となると、どうしてもCADだとかプリントだとかの機械も同時に生産しているメーカーや、前後工程の機械を生産していなくても他社データとの互換性を重視しているメーカーの方に軍配があがってしまいます」
「何を言ってるんだ、お前は。社長がいつも言っているだろう? 良いものを作れば客は必ずついてくる。うちの製品の良さが分からない客は、頭が時代についていけていないだけなんだ」
私の隣に座っていた白岡(しらおか)さんは、わざとらしく咳払いして椅子に座り直した。どうやら、総務部長の言い草に腹を立てたらしい。白岡さんも私の上司の一人で、主に海外向けの広報を担っている。帰国子女で英語はペラペラ。アメリカのデザイン系の大学を出ているらしく、会社からはセンスを買われて私の作るもののデザインディレクションなどもしてくれている。外見は長髪眼鏡、そして髭。さらには白い色のものしか着ないという変わった人だが、人当たりは柔らかくてあまり怒ったところは見たことがない。そんな彼が苛ついている?! これは由々しき事態だ。
険悪な空気の中、次に口を開いたのは営業部の長瀬課長。
「もしかして、他社と共同で何かするってことか?」
竹村係長は深く頷いた。
「自社でできないことは補えばいいと思います。うちはアパレル業界の客先が多い。だから、CADで型紙作成するところから裁断までの流れ、さらには裁断生地をミシンで縫製するところまで繋げて見せるんです。実は内々に、こういった共同主催の展示会開催について他社から打診されたこともあるんですよね?」
話を振られた営長瀬課長は苦虫を噛み潰したような顔になる。おそらくこれは営業部内秘の話だったのだろう。確かに社長派の多い総務や開発に漏れれば炎上しそうな話だ。
「何言ってるんだ。そんなことしたら他社の良いように利用されるはずだぞ! よく考えてみろ。あまり言いたくないがうちはあまり大きな会社ではない。だが、組むとすれば相手はどこも大企業だ。うちの周年行事なのに振り回されて食われて終わるなんて許されると思うのか?!」
「食われないだけのイベントにすればいいんです! うちの機械は業界に必要だって、思わせたらいいだけのことなんですよ!」
「それができるなら、なぜまだやっていない? 前期の業績は減益だったんだぞ!」
「その業績向上のきっかけにするためのイベントにしましょうって言ってるんです!」
白熱する論争はどこまでも平行線だ。会議は開始してから早くも一時間が経過した。さて、どうしたものかとメモをとるボールペンを机に置いた瞬間、副社長がおもむろに立ち上がった。
「竹村係長。営業と連携してその案を企画書にまとめなさい。概算でいいから予算も含めて。期日は週明け月曜日だ」
副社長はそのまま会議室を去っていった。部屋の中にはどす黒い沈黙が降りる。
竹村係長が目配せしてきた。えっと、今日は木曜日。時間は夕方四時。つまり、月曜日の朝までに企画書を仕上げるためには今日後数時間(残業は常態化しているので計算に含める)と明日丸一日しか残されていないということ。
「紀川、一緒に頑張ろうな」
こんな時だけ下腹に響く素敵な低音ボイスで話しかけないでください。どうせ逃げられないのは分かっているのだから、隠れたりしませんよ。
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