第21話 これ、部外秘なんです

 玄関のチャイムが鳴ったのは、一月一日午前十時のことだった。幸い目は覚ましていて、小百合が作ってくれたお雑煮(ちなみに餅は丸だ!)を味わっていた私。貴重なお正月休み、しかも元旦の午前中に誰だろう? 今回は叫び声も上げていなければ、飲み会明けでもない。私は年末近所のホームセンターで購入したばかりのコタツから、渋々重い腰を持ち上げた。


 近所の部屋の人の知り合いが、間違ってインターホンを押してしてしまったのかもしれない。そんなことを思いながら、ドアについている小さな丸い穴から外を覗き見る。




 嘘でしょ。





 私は目をゴシゴシ擦って二度見した。うん。他のものは普通に見えるので、視力が急激に悪くなったわけではないらしい。私はこれだけデスクワークばかりしているというのに、両目揃って2.0という驚異的な視力なのだ。


 さて、ここで私にはいくつかの選択肢が残されている。


 一つ。居留守。これは一番お手軽だけれど、玄関に辿り着くまでに物音を立ててしまったので、既に在宅だということはバレてしまっているかもしれない。


 二つ。仮病。家に入れない、そして会えないという口実としては完璧だ。ただ、人に嘘をつくのは新年早々心が痛む。


 三つ。覚悟を決める。光の速さで部屋の中を片付けて、予期せぬ来客を迎え入れるという案だ。


 四つ。私もお化けになってエアコンの中にでも隠れる。はい、無理でーす。


「のりちゃん先輩! 家にいるのは分かっているんですよ? 私、年末にちゃんと予告しましたよね?」


 外からは森さんの声。確かに彼女からは予告されたし、その直後竹村係長と目が合って嫌な予感が過ぎったのも覚えている。でもね、橋本部長や長瀬課長、新田くんまでいるというのはどういうこと?! うちのリビング、キッチン含めてたったの八畳という狭さなんですけど。ついでに言えば乾いた洗濯物や読みさしの雑誌や小説の山、空いた酒瓶が散乱していてすごく汚いんです。


「紀川。さっさと返事しろー。このままだと近所迷惑だぞ」


 迷惑なのはアンタ達だ!

 ……仕方ない。三、覚悟を決めるを実行しよう。私はドア越しに返事した。


「三十分待ってください!」

「寒くて死んじゃいますー」

「遅すぎ」

「じゃ、十分!」

「えー、早く入れてくださいよー」

「仕方ないな」


 結局、お酒やおつまみを近所のコンビニへ買いに行ってもらっている間、十五分の時間稼ぎに成功。その間、私と小百合は必死になってリビングの片付けに奔走したのだった。







「で、なんでこのメンバーなんですか?」


 コタツを囲むメンバーには役職者もいるけれど、ここは我が家だ。言いたいことは言わせてもらう。アポ無しで五人も来るなんて非常識だもの。


「のりちゃん先輩、まずは私が竹村係長を電話で誘ったんですよ。そしたら、『今、修羅場だから!』って言われたんで心配になって現場の喫茶店に駆けつけたんです。誰と居るんだろう?と思ってたら、橋本部長と喧嘩してるじゃないですか?! なぜか隣に座らされてる新田さんはオロオロしているし、私は営業の誰かを呼び寄せて仲裁してもらおうと思ったんです。そこでたまたま連絡がついたのがこちら、長瀬課長。竹村係長とも仲が良いから、橋本部長の有利になりすぎなくて良いかな?と思いまして。で、ここからが私の出番だったんですけど……」

「雪乃ちゃん、ここからは僕が話す」


 森さんを制したのは橋本部長。どこで買ったの?と言いたくなるような派手なキラキラのスタジャンを着ていて、今日も白髪混じりの前髪は寝癖でピョコンと跳ねている。


「結局長瀬くんが来ても当然僕達の話し合いは終わらなかった。でも雪乃ちゃんが、今から紀川さんの家に行くからそこで許してもらえばいいって言ったんだよね?」

「そう、そうなんです!私って偉い!」


 座ったままピョコピョコと上下に動く森さん。小動物的で可愛い。私服は、彼女の若い雰囲気からするとちょっと背伸びした大人の女性的な落ち着き感があって、いつもの制服とのギャップが堪らない。


「あの、まだ話が見えないんですけど? 私に許してもらうって、何をですか?」


 素朴な疑問をぶつけた私。すると次の瞬間、橋本部長と竹村係長の両名は背筋を伸ばして座り直し、こちらへ向かって頭を下げた。待って! それ、ほぼ土下座状態だから! 橋本部長なんて梅蜜機械の役員でもあるのに、こんな下っ端社員にこんなことしちゃ駄目です!


「やめてください! 早く顔上げてくださいよ。私、お二人に謝られるようなこと、何も心当たりありませんし」


 ごめん、ちょっと嘘ついた。竹村係長には謝ってほしいことがたくさんある。


「いや、あのね。年末、紀川さんがフルティアーズさんに行って話をしてきてくれたじゃないか。竹村とくだらない意地張って、君みたいな子に大役を押し付けたのはあまりに大人げなかったかなと。古田社長には半泣きになりながら立ち向かったそうじゃないか」


 え、そうだったっけ? 目だけを動かして、私の隣を陣取る竹村係長を見やる。口角がちょっとだけ上がった。話を盛った犯人はやっぱりコイツか! 仕方ないな。ノッてやろうじゃないか。


「私も日頃内勤ばかりで、直にお客様を前にする機会がないですから、緊張のあまり少し取り乱してしまいました。ですが、とても良い経験だったと思っています。あの企画立案に携わっている者として、外野で守られているだけじゃカッコ悪いですし。今回のことも古田社長のご指摘があったことで、イベントがより良くなると思います」

「竹村、なかなかうまく教育してるじゃないか」

「それ程でも」


 なぜか謙遜しない竹村係長。それってどうなの?

 橋本部長は笑顔で頷きながら、持っていた鞄から大きな細長い箱を取り出した。


「これ、メキシコ土産。これでいくらか埋め合わせになればいいんだが」

「ありがとうございます。中、開けさせていただいて良いですか?」


 箱の形。この重さ。もう、アレしかないだろう。私には、大方の予測がついていた。












 うん、予想通り。やはり、テキーラでした。こんなの家飲みで飲んだことがない。早速全員のグラスに注いで乾杯したのは良いものの、空きっ腹には若干キツかった。いや、お酒のことは良いのだ。何よりキツかったのが……


「のりちゃぁん! アタシにももっとちょうだぁい!!」


 知りたくなかった。橋本部長が飲んだらオネェに豹変するだなんて。営業は陽気な人が多い割に、あまり他部署と合同の飲み会をやりたがらない訳はこれだったのか。


「のりちゃん。このことは部外秘だから」


 申し訳なさそうに呟く新田くん。これ、同時に社外秘扱いでもあるよね? 白髪の紳士が急になよなよし始めた時には小百合を発見した時以来の衝撃だった。


 よくよく話を聞くと、メキシコから空港に到着した橋本部長を部長の家の近所に住んでいる新田くんが出迎え。その勢いで初詣へ繰り出したところ、たまたま竹村係長に遭遇して、そのまま喧嘩へと発展したという経緯があるらしい。早く家族の元に帰りなさいと私が怒鳴ると、長瀬課長と新田くんが酔いつぶれた橋本部長を引きずるようにして家から退去していった。確か、橋本部長には美人の奥様と年頃の娘さんがいたはず。気の利いた土産でも渡して機嫌をとるがよろし。


 さて、残るは後二人。森さんは私のゲームを勝手にやり始めているし、竹村係長は座布団を枕にして横になり、テレビを見ながら笑っている。駄目だ。コイツら帰る気ないな。


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