第16話 生け贄

「それぐらい誰でも思いつくぞ?」


 竹村係長は、馬鹿にしたように笑う。私、やっぱりこの人が嫌いだ。


 定時後、私は会社の公式サイトのメンテを行った後、ようやく竹村係長を捕まえることができた。竹村係長も来客や打ち合わせで席を外すことが多いので、なかなか時間が合わなかったのだ。早速、周年行事で新機種発表などができないかと話をしたのだけれど、この反応。確かに、私が思いつくようなことは誰でも考えるかもしれないけれど、真剣に実現に向けて実行しようとする人はあまりいないと思う。私は、もう少し褒められたい!


「じゃぁ、もう開発では話が進んでるんですか?新機種出るなら、カタログ用意しなくちゃいけませんよね?」

「そこが曖昧なんだよな」


 こんな大切なこと、お茶を濁されては困る。カタログ制作にはかなり時間がかかるのだ。


「誰かが渋ってるんですか?」

「いや、今のところ誰も。たぶん現行機種のマイナーチェンジ的な扱いになると思うけれど、新機能が搭載されることは決まってる。今回はお客様の要望を受けて、営業が動いたことで進み始めた案件なんだが、何せ社長承認無しのままスタートしてるからな」


 何ですって?! うちの社長は我社の創業者であり、そのカリスマ性とトップダウン的な統率は絶対的だ。大きな案件は必ず社長の耳に入れてから動き出さないと必ず途中で頓挫すると言われている程。となると、今の状況ってかなり不味いのでは。


「それ、誰か早めに社長へ報告した方がいいですよ!」

「そんなこと、誰もが思ってるって。でもな」

「そうでしたね」


 社長の説教は長い事で有名。嘘か真かは分からないが、最長七時間という記録もあると聞く。その間、時計を見ることもお手洗いに行くことも、もちろん食事すら許されないというのだから、まさに地獄だ。今回の密かに進められている開発について話すとなると、この記録を塗り替えるまでいかなくとも、かなりの時間、束縛を受けてしまうだろう。


「誰か、いい生贄がいませんかねぇ」


 そう私が呟いた時、高山課長が近づいてきた。


「二人ともご苦労さん! 今日はまだ残ってる?」


 高山課長は、もう退社してしまうようだ。コートを羽織ってオシャレな柄のマフラーを無造作に巻いている。一昔前に流行ったちょい悪を目指しているようだが、完全に失敗していることを知らぬのは本人のみ。


「……いた」

「そうですね。いましたね」


 私と竹村係長は熱い視線を交わしあった。


「高山課長、周年行事で発表予定のプロトタイプ機の件、できるだけ早めに社長へ報告お願いします!」


 高山課長の奥様は、社長の奥様の姪にあたる。つまり、社長の遠い親戚なのだ。梅蜜機械は幸いリストラなどということは過去に行われたことはないが、社長の機嫌を損ねることで左遷されたり降格されたりすることは十分にありうる。それ故、なかなか勇者が現れなかったのだが、親戚筋ならばさすがの社長も酷い処遇にはしないだろう。


「え……僕は……」


 言い淀む高山課長は、さりげなく二、三歩後ずさりして聞かなかったフリを決め込もうとする。が、そこを竹村係長が取り押さえた。


「高山課長なら、大丈夫です!」


 そう、大丈夫だよ、課長。貴方なら、きっとやれる。本当に申し訳ないけれど、人身御供になってください!


 私は、神社の賽銭箱前でするようにパンパンと手を叩き、課長に向かって頭を下げた。











「へぇ、そんなことがあったのかい。会社というところは、なかなかに面白いじゃないか」


 帰宅後、深夜の下らないテレビ番組をBGMにして小百合と駄弁る。これは最近すっかりお馴染みになった風景だ。私と小百合は仲良くツマミに手を伸ばし、私は床の絨毯、小百合は私のベッドの上でゴロゴロしながら話をする。


「私も部外者だから面白がっていられるけど、高山課長は相当の覚悟が要ると思うよ」

「高山課長こそ、部外者ではないのかい? 開発部の課長でもあるまいし」

「それが違うんだな。あらゆる新製品、新サービス、新機能というのは、うちの経営企画部からリリースされるんだよ。それらの価格を決定するのもうちだしね。だから、開発部とは常に情報共有しているのが前提だから、それこそ『知りませんでした』なんて許されないよ」

「難しいことは分からないけれど、私は結恵(ゆえ)が元気そうならそれでいいよ」


 私も、小百合が元気ならそれでいい。小百合は、うちの家事を手伝ってくれる代わりにタダ飯を食べている。お化けの癖にどうやって消化しているのかは気になるところだが、摂取したものはお化けとして存在するのに必要なエネルギーとして昇華させているとのこと。こちらの方が、私にとっては難しすぎる。とは言え、会社内の人間関係やパワーバランスを気にしながら自分の立ち位置を決めるのも難しいけれどね。


「それで、何を読んでるんだい? それ、普通の新聞じゃないのだろう?」


 私は手元の新聞を慣れた手つきで折り畳むと、小百合に手渡して見せてやった。


「これは業界新聞だよ。うちは繊維業界にお客様が多いから、繊維関連の専門紙や雑誌に広告とかも出稿していてね」


 私は毎日、会社で不要になった新聞をもらって帰ってくる。勤務時間中に読めればいいのだが、最近は森さんへの教育もあってゆとりが無い。でも、業界のニュースは知っておいた方がいろいろとタメになるのだ。


「見た目は普通なのに、内容はマニアックだねぇ」

「なかなか面白いんだよ? 来年の今頃はどんな服や色が流行るとか、新しい糸が開発されたとか。大手企業トップのインタビューは、今業界で問題になっていることや、業界の方向性みたいなものもよく感じ取れるしね」

「勉強熱心なのはいいけれど、家でぐらいゆっくりすればいいのに。これじゃ本当に光一の思うツボだよ」


 光一とは、竹村係長の下の名前。それこそ、家なんかで聞きたくない単語だ。


「……そだね。じゃ、クリスマスの予定立てようよ! 小百合、クリスマスって知ってる?」



 クリスマス。以前の私ならば、一年で一番孤独を感じる暗黒記念日だった。でも今年は小百合と何か楽しいことをしよう。エアコンで温まった部屋の中で、美味しいものでも食べたいな!


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