第33話 かくして約束は交わされた②
「少し意外だったな。話が終わるまでお前が待っていてくれるなんて」
「……正直、私にもあなたに訊きたいことがありましたから」
六メートルほどの間合いで、冬馬とガランは三度目の対峙をしていた。
「訊きたいこと? 一体何だよ?」
「……二つほどあります。よろしいですか?」
冬馬は無言で頷く。
「一つはその《銃》のこと。『
「それについては企業秘密だな」
あえて言うなら一人の女の執念か、と小さく呟く冬馬。
「……では、もう一つ。あなたほどの剣士が、何故そんな無粋な武器に頼るのです? 剣士の誇りを捨てたというのですか?」
怒気を隠さずガランは問う。それに対し、冬馬は皮肉気に笑った。
「やれやれ。雪姫もそうだったが、どうやらお前も勘違いしているようだな」
「……どういう意味です?」
「剣士の定義の話さ。お前は剣や刀を持つ者を剣士だと思っているようだが――」
冬馬は身を沈め、《崩竜》を腰だめに構える。まるで居合の構えだ。
「本来、剣士とは剣技・刀技を修めた者のことを言うんだよ。たとえ銃を持とうが、剣士は剣士だ。それはすなわち――」
キィン、と澄んだ音が鳴りそうな動作で、冬馬は《崩竜》を水平に抜き打つ。
しかし、響いた音は、澄んだ音には程遠い轟音――。
わずかに生き残っていたワーウルフ達が銃弾に頭部を砕かれ、次々と倒れていった。
「俺の技はあくまで刀技ってことだ。この《崩竜》は銃ではあるが、俺にとっては刀と変わらない。例えるなら、刃渡り五十メートルに及ぶ長刀だな」
さらに、と告げ、冬馬は《崩竜》を左手に持ち直すと懐から拳銃を取り出して、
「この銃の銘は《咬竜》。これは俺が初めて改造した銃なんだよ。これは――」
無造作に《咬竜》をガランへ向けて発砲した。
いきなり右肩を貫かれたガランは「ぐッ!」と呻き、片膝をつく。
「音速を超えた一撃を放つ。剣で例えるなら、超音速で伸びる細剣か」
そして右手に《咬竜》、左手に《崩竜》を構えた冬馬が告げる。
「俺は剣士だ。そしてこれらの《銃》こそが、俺の新しい《異能の刀》なんだよ」
泰然とした少年の態度に、ガランは微かに歯を軋ませ、
「……やれやれ、とんだ詭弁ですね。ですがまあ、それで納得しておきましょう」
右肩を押さえたまま、ゆっくりと立ち上がる。
「あなたが剣士かどうかはともかく、強敵であることに変わりありませんし」
「………………」
冬馬は無言のまま、ガランを睨み据える。
ただ対峙しているだけで、ビリビリと気迫が肌を刺すのを感じた。
「正直、このままではきついでしょう。ですので、私の真の姿でお相手します」
「……へえ」
かつて拝むことも出来なかった姿を、いきなりお披露目してくれるらしい。
「……では、いきますよ」
次の瞬間、冬馬は目を瞠った。
ざわざわざわッとガランの全身が、突如黒い体毛で覆われたのだ。
さらに、黒い人型となった身体は三倍近くにまで膨れ上がり、ボコボコボコッと体内で爆発でも起こしているかのように、体中の筋肉が躍動し始める。
かくして、歪に巨大化した肉塊は、徐々に形を整えて――……。
冬馬は目を細めて呟いた。
「半人半獣……、山羊頭の悪魔……。なるほど。それがお前の正体かよ……」
少年の前に現れたのは、三メートルを超す巨人。
異常に腕が長い人間の上半身に、山羊の頭と下半身を持つ黒い体毛の怪物だった。
グオオオオオオオオオオッ――!!
金色の瞳の悪魔は、大気を震わす雄たけびを上げた。
『これが私の真の姿。七王の一角、悪魔王が眷属――アザゼルのガランの姿です』
と、改めてガランは名乗りを上げる。冬馬は無言で《崩竜》を構えた。
そんな少年の様子に、山羊頭の悪魔はニヤリと笑い、
『ふふ、この姿の私の皮膚は鋼並みに強靭です。そのような豆鉄砲はもう効きませんよ』
大きく両腕を広げて、己が能力を誇示した。
すると、冬馬はしかめっ面を作り、
「……お前、馬鹿かよ」
と、呆れたように呟いて
轟音が空気を切り裂く。そして――ガランは、愕然と目を見開いた。
『ば、馬鹿な、何故……?』
右手で腹部に触れ、手のひらを凝視する。その手には蒼い液体が付着していた。
腹部に刻まれた無数の弾創から噴き出したガランの血だ。
「そんなに驚くことでもないだろ? いくら鋼並みといっても皮膚である以上、精々二ミリ程度だ。そんな薄っぺらい鋼板なんか盾になるかよ」
肩をすくめて冬馬は言う。ガランは歯を剥き出して冬馬を睨みつけた。
(――とは言え、やっぱり短機関銃は大して効かないな。随分と浅い。本当に皮膚を貫いた程度かよ。
内心の驚きは隠しつつ、平然とした顔で冬馬は睨み返す。
そして、不意に訪れる静寂。
先に動いたのは――ガランの方だった。
六メートルの距離をわずか一歩で詰め、右の剛拳を繰り出す!
大きく後方に跳躍する冬馬。ガゴンッと巨大な拳がアスファルトを打ち砕いた。
直後、冬馬は前方に加速する。ガランの右腕から肩へと駆け上がり背後へ飛び出すと空中で身体を反転、無防備なガランの背に《崩竜》の弾幕を撃ち込む。
一瞬ガランはビクンッと震えるが、致命傷には程遠い――。
冬馬は着地と同時に、再び後方に跳んだ。
烈風が冬馬の頬を叩く。ガランの右の裏拳が、眼前を高速で通過したからだ。
再び睨み合う二人――。
「……見かけによらず随分と素早いな、お前」
『……本来の姿に戻って弱体化する訳ないでしょう』
「はは、確かにそっか。変身して弱くなった怪物なんて聞いたこともない」
『ええ、そうですよ。私のような怪物は変身してこそ華なんですから』
『「ははははははははははっ」』
声をそろえて和やかに笑う怪物と少年。そして、
――ゴウッ!
地を這うように打ち出されたガランの左アッパーが冬馬を襲う!
冬馬は上体を大きく反らして回避した。
だが、続けてガランは右の拳を振りかぶる。体勢を崩した冬馬へと振り下ろす気なのだろう。すかさず冬馬は、ガランの右腕を狙って《咬竜》を発砲した。
――ドンッ、ドンッ!
撃ち出された二つの弾丸は、ガランの二の腕に深く喰い込んだ。
『ぐうッ!』
思わずガランは右腕を押さえて後ずさった。その隙に冬馬は間合いを取り直す。
(――よし! 威力に勝る《咬竜》なら、奴の身体にも深手を与えられる!)
流石に貫通までには至らないが、出血量からすると、かなり深くまで食い込んでいる。
手ごたえを感じてほくそ笑む冬馬。同時に基本戦法が確立した。
左手の《崩竜》で牽制し隙を作らせ、右手の《咬竜》で致命傷を与える。
それが最も有効な戦法だった。
――が、大きな問題もある。
それは、その致命傷を与えるまでの間、この暴風のような攻撃を一切受けずに避け続けなければならないことだ。
一度でもかわし損ねれば、間違いなく即死する。あまりにも危険な戦い。
だからこそ、冬馬の心は高揚した。
(ったく。強者を前に喜びを覚えるなんてな。やっぱ俺も八剣の悪鬼ってことか)
強者との戦いは心が躍り、血が沸いてくる。
そんな己の業の深さに、自虐の笑みを浮かべつつ――ふと思う。
(うん、そうだな。なら、せめて八剣らしく名乗るべきか)
そして、ガランに左右の銃口を突き付け、少年は名乗りを上げる。
「我が名は八剣冬馬。八剣一族、第三十二代目宗主。貴様の命を喰らう悪鬼の名だ。――死後も見知りおけ!」
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