第31話 死闘④

 重い静寂。

 誰もが言葉を出せなかった。

 が、そんな中でただ一人――。


(……これは、どうにもまずいな……)


 十三班の隊長である岡倉だけは冷静さを保っていた。

 そして、山崎・堀部両名の遺体の状況を横目で確認する。


(……二人ともほぼ即死……。今の戦力では到底太刀打ち出来んな……)


 戦力差を冷静に分析する。一見非情にも見えるが、岡倉は別に山崎・堀部両名の死に何も感じていないのではない。……何も感じないはずがない。

 だが、今はより重要なことがある。この場には優先しなければいけない人物がいるからだ。唯一の《銃》の使い手――フィオナ=メルザリオ嬢。それと、未だ訓練生の身である未来ある少女だ。せめてこの二人だけは逃がさなければならない。


(……それに、服部総隊長もだな)


 自分を遥かに凌ぐ戦闘センスを持つ彼女だが、その反面、もういない親友に気兼ねして十年来の想いを未だ想い人に伝えられないような愛らしい女性でもある。

 どうにか彼女にも逃げのびてもらいたかった。


 ――そう。たとえこの命を引き換えにしてでも。


(だが、どうする……。私一人で、あの化け物を喰い止めることは……)


 と、悩んでいたその時、部下の一人と目が合った。吉永団員だ。

 山崎の同期であり、彼の親しき友人でもあった団員。

 吉永は岡倉の目を真剣に見据えると、おもむろに頷いた。


(ッ! 吉永、まさかお前……)


 続けて吉永は隣の団員・阿部に小声で話しかける。阿部は吉永の話を聞くと緊張した面持ちで頷き、自分の近くの加賀に声をかけ、加賀はその隣の前田へ……と、次々と言葉は繋がっていき、そして、サチエを除く全団員に伝わり終えると、


(――ッ! お前達ッ!)


 全員が、覚悟を決めた眼差しで岡倉を見つめていた。

 今この場にいる団員達は、乗り合わせの偶然で居合わせた訳でない。彼らはフィオナを守るため、岡倉が厳選した十三班の精鋭中の精鋭だった。


 しかし、それでも、まさか全員が自分と同じ決意をしてくれようとは。


 全くもって自分は部下に恵まれた、と心の底からそう思った。

 そして岡倉は、


「――総隊長ッ!」


「何や岡倉! こんな時に!」


 苛立ちながら振り返るサチエに、岡倉は神妙な顔で告げる。


「……総隊長。この男はあまりに危険です」


「そんなん見れば分かるわい! 何が言いたいん――」


「ですからッ! 総隊長……どうか、ご決断を!」


 岡倉は、渾身の声でサチエの言葉を遮ってそう告げる。 


「――ッ! 岡倉……、お前まさか……」


 岡倉の言わんとすることに気付き、サチエは息を呑んだ。

 そして、彼女は部下達の顔を順に見やる。彼ら全員が迷いなく頷いた。


「……お気になさらず。この道を選んだ時から、すでに覚悟は出来ています」


 真剣な表情でそう告げるのは、生真面目で有名な中川。


「まっ、これも仕方がないっしょ」


 と、肩をすくませて嘯くのは、お調子者のムードメーカー斉藤。


「フィオちゃん達のこと、よろしく頼みます。総隊長」


 そう言って、深々と頭を下げるのは、普段はおどけてばかりの大河内。

 他の団員達もそうやって一言ずつサチエに声をかけてくる。

 そして最後に、岡倉が隊長として、自分達全員が抱く想いを言葉にした。



「貴女は生きのびて下さい。そして我々の分まであの子を守ってやって下さい」



 サチエは何も言えなかった。ただ感謝の意を示すように、深く頭を垂れる。

 無言のまま部下達の名前を心に刻みつけ、彼女は顔を上げた。


「――フィー坊! お嬢! 撤退や! ワーウルフどもを蹴散らして道を作るで!」


「は、はい、です!」


 サチエの声にフィオナが応え、《スプラッシュ》をワーウルフの群れの一角に向ける。

 雪姫もこくんと頷き、銃撃後の撤退に備え、フィオナの傍に駆け寄った。

 それを見届けた後、サチエは部下達に――最後の命令を下す。


「――お前ら! 頼む! 死んでくれ!」


「「「応ッ!」」」


「「――――――――えっ」」


 サチエの命令の内容と、それに躊躇なく応えた岡倉達に、少女達は絶句した。

 団員達は各自の武器を構えると、互いに視線を交わして頷き合う。

 そして、ほんの一瞬だけ微かな笑みを浮かべて――。


「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお―――ッ!!」」」


 雄たけびと共に、ガランの元へと殺到した。

 斉藤と中川は大剣を片手に突進し、前田と阿部は鋼の鎚を振りかぶる。

 大河内と吉永は刀を構えて踏み込み、後に続く加賀と杉原は槍を突き出した。

 そして、岡倉は大太刀を右脇に構えたまま、一気に間合いを詰めて――。

 


「フィー坊! ぼさっとすんなッ! さっさと撃ちい!」



 放心していたフィオナは、サチエの怒号に、ビクンッと小さな体を震わせた。


「で、でも、みんなが、お、岡倉さん達が!」


「あいつらは、あんたのために命張っとんのや! その覚悟を踏みにじる気かいッ!」


 ううっと呻き、フィオナは押し黙った。

 彼女とて、何の覚悟もなく戦場に立っている訳ではない。

 幻想種との戦いは人間同士の争いとは違う。種族の存亡を賭けた戦いだ。

 時には犠牲を前提にした策を決行しなければならないのは、重々承知していた。


 だからこそ――。


(……岡倉さん……。みんなも……ごめんなさい。……ありがとう)


 彼らのためにも、ここで躊躇う訳にはいかなかった。


「……分かり、ました。いきます!」


 そして再び火を噴く《スプラッシュ》。ただ、今回のは掃射ではない。

 一本の道を作るように、直線状に連射する!


 ――ガガガガガガガガガッッ!

 轟音と共に、まとめて灰になるワーウルフの群れ。

 生き残りも悲鳴を上げながら、慌てて射線上から逃げ出した。


「よし! 道が出来たで! お嬢、フィー坊! 一気に走り抜ける――」



「いや、そんなに急がないで下さいよ。ご婦人」



 間近で聞こえてきたその声に、三人の呼吸は止まった。

 まさかと思い、振り向くと――。


「さっきも言いましたが、せっかちなのはよくありませんよ」


 そこには血塗れのステッキをくるくると回す、金眼の紳士がいた。

 三人の顔から一気に血の気が引いていく。


「お、お前――、あ、あいつらは、どうしたんや……」


「それは言うまでもないのでは? しかし、たかだか九人程度で私を止めようなんて流石に無謀ですよ。心意気は買いますが、精々十五秒が限界ですかね」


 残念ながら無駄死にです、と告げるガラン。

 その言葉を呼び水に、サチエの双眸に凶悪な光が宿った。

 ギシギシギシギシッ――

 そのまま砕けてしまいそうなほど、歯を強く軋ませて、


「……ふざけんな……無駄死にやと……ッ! うちの部下を、うちの仲間を――、ふざけんなああああアァ―――――ッ!!」


 まさに殺意が溢れ出たような怒号。そして、ぶるぶると身体を震わせた後、サチエは表情を消した。ただ静かに、両手の大型ダガーを身構える。


「……お嬢。あんたはフィー坊と一緒に逃げい……。こいつは――うちが殺す!」


 雪姫にそう告げるのと同時に、彼女は駆け出した!

 歯を剥き出し疾走するその姿は、荒ぶる女獅子そのものだ。

 瞬く間に間合いを詰めたサチエは、


「――ふっ!」


 短い呼気と共に、まずは牽制の右刀の逆袈裟切りを放つ! 

 白刃はガランの胸板を浅く滑り、ギンッという人体ではあり得ない音が鳴り響いた――が、彼女は動じない。

 斬撃の勢いのまま素早く反転。全体重を乗せた左刀の刺突を繰り出す!

 人中に衝撃を受けたガランの視線が反射的に自分の腹部へと向いた――その刹那、


 ――ギャリンッ!


 閃く二つの軌跡! サチエの二刀が、ガランの喉元で交差したのだ。

 まさしく敵の喉笛を食い破る獣牙の一撃――だったのだが、


「くそったれが!」


 やはり、刃が通らない。


「ほう。やりますね。ですが残念。私の皮膚は天然の防刃体質でもあるんですよ」


 と、自慢げに語りながら、ガランは左の拳をギシリと固める。

 危機を察したサチエは、咄嗟に二本のダガーを重ねて拳撃の軌道を遮るが、


 ――バキンッッ!


 刃は容易く砕かれ、さらにガランの拳は、胸部を守る防護具さえも打ち抜いた。

 為す術なくサチエは後方に吹き飛ばされ、装甲車に叩きつけられる。


「「サチエさん!」」


 重なり合う少女達の悲鳴。二人は慌ててサチエに駆け寄った。


「ゴ、ゴホ、ゴホッ! う、うちのことはええ……は、はよ逃げえェ……」


 吐血しながらサチエはそう告げた。かなりの重傷ではあるが、まだ息はある。

 少女達は互いに頷き合うと、雪姫はサチエに肩を貸し、フィオナは《スプラッシュ》の銃口をガランに向けた。


「……おや、銃口が震えていますよ。腕が震えて狙いが定まっていないのでは?」


 ガランの指摘にフィオナはギュッと唇をかむ。

 まさしくその通りだった。まだ腕の痺れがとれていない。恐らくいま撃てば反動に負けて、あらぬ方向に弾丸が飛ぶだろう。


 ――だが、それでもやるしかない!


 フィオナは覚悟を決め、引き金トリガーを引こうとし――唖然とした。


「――え?」


 いつの間にか、ガランがすぐ目の前にいたのだ。


「ふふ、これは私の教訓なんですが、戦闘中にあまり瞬きはしない方がいいですよ」


 ガランは一瞬、懐かしむように目を細めた後、ステッキを大きく左に振りかぶった。

 ゾッとする悪寒を感じたフィオナは、反射的に銃身を縦に上げる。

 直後、銃身をはさんで全身に伝わる衝撃。ミシミシッと銃身が軋む音が聞こえた。


(うあ――、くううッ!)


 そして横に加速する感覚。フィオナは自身が吹き飛ばされたのを悟った。

 その上、彼女の被害は自分のことだけでは済まなかった。

 フィオナが吹き飛ばれた先には、サチエに肩を貸す雪姫がいたのだ。


「きゃあ!」「あうッ!」


 共に吹き飛ぶ少女達。

 サチエも含めた三人は、ごろごろとアスファルトに転がった。

 三者三様に呻く彼女達の姿を、ガランは観察するように一瞥し、


「……ふむ。咄嗟に銃身を盾にしましたか。よい判断です。ですが……」


 これでチェックメイトですよ、と告げて、パチンと指を弾く。

 すると、今まで遠巻きに見ているだけだったワーウルフ達がぞろぞろと動き始める。


「己が罪深さを思い知りながら、おぞましく喰い殺されなさい」


 そう宣告すると同時に、ワーウルフ達が牙を剥き出した。

 どうやらガランは、止めをワーウルフ達に任せるつもりらしい。

 一人ふらつきながらも立ち上がる黒髪の少女には見向きもせず、ガランは背を向ける。


(さて、これで目的は遂げました。後は少年と《鬼》についてですか……)


 と、すでに次の事項へと思考を移していたその時、


 ――ガガガガガガガガガガッッ!


「ッ!」


 突如響いた重低音。それは紛れもなく銃声だった。


(しまった! まだ銃を隠し持っていたのか!)


 初めて不快感を露わにし、ガランはバッと振り返る。

 ワーウルフ達が邪魔で姿は見えないが、銃声はその囲いの中から聞こえてきていた。

 一向に鳴りやまない銃声。パニックを起こしたワーウルフ達の悲鳴が続く。

 このままでは、全滅しかねない――。


【あなた達! 早く退きなさい!】


 念話で指示を出すが、すでに遅くほとんどのワーウルフが灰になってしまった。

 同胞達の死に思わず舌打ちするが、ともあれ、これでようやく視界が開いた。


(おのれ――《魔女》め!)


 憎悪を宿した瞳で、ガランは銃声の主を睨みつけ――驚愕した。


「あ、あなたは……ッ!」


「よう。ガラン=アンドルーズ。一人で行くなんて薄情すぎんだろ」


 そう言い放ったのは、漆黒のコートを身に纏い、颯爽と現れた少年。

 左手に少女を抱き、そして右手には硝煙が舞う短機関銃を構えて不敵に笑う――八剣冬馬であった。

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