第二章 銃の少女
第4話 銃の少女①
――そこは一面が灰だらけの世界。
静寂に包まれた廃墟のようなその場所で、少年は息を切らせて佇んでいた。
彼の手には一振りの直刀が握られている。
刃零れだらけでありながら、血のりは一滴も付いていない奇妙な刀だ。
それを杖代わりにして少年は息を継いでいた。
「はぁはぁ……、一体何体斬り捨てたんだ? みんなは無事逃げられたのか……」
粗い呼吸と共にこぼれる呟き。すると、
「ええ、残念ですが逃げられました。ここに残っているのは、もうあなただけですよ」
不意に返ってきたその声に、少年は冷水をかけられたような悪寒を感じた。
反射的に刀を構え、声の主に対し間合いを取る。
「ふふ、そんなに警戒しないで下さい。まずはお話をしたいだけですから」
親し気な声でそう話しかけるのは、二十代後半の白すぎる肌を持つ白人。
黒一色で統一したシルクハットとタキシードを着込み、肩まであるウェーブのかかった金髪と、温和に見える金色の瞳が特徴的な男だ。
一見すると、まるで英国紳士のようなのだが……。
「……何なんだお前は……。人間に見えるがそうじゃないな……」
その問いに、金眼の紳士が目を瞠った。
「……ほう。これは驚きましたね。まさか初見で見抜きますか。見事なものです。――ふむ。では、敬意の証として名乗っておきましょうか」
そう言うと、男は大仰な会釈をし、
「お初にお目にかかります。我が名はガラン=アンドルーズ。以後お見知りおきを」
友好の笑みを浮かべた自己紹介。しかし、少年はより警戒を強くする。
「……名前なんてどうでもいい。それよりお前はやはり幻想種なのか? ワーウルフなんかじゃないよな。奴らは人に化けられても人語までは話せない」
独白のようにそう呟きながら、少年は改めて直刀の柄をグッと握り直した。
数多の幻想種を斬り伏せてきた少年だったが、ここまで異質な存在とは初めて出会う。
全身が泡立つような感覚。流石に動揺を隠しきれない。
しかし、そんなことはお構いなしに、金眼の紳士は親しげな口調で、
「ええ、確かに私はワーウルフではありませんが………ふむ。人語ですか。実はそんな大層なことでもないんですよ。B級以上ならば普通に使えますし。ああ、ちなみに私の人化は魔術で見た目だけを変えているんですよ。まあ、趣味みたいなものですかねぇ」
と、先程の問いに対し、どうでもいい補足まで入れて答えてきた。
少年の表情がさらに険しくなる。
今の台詞に聞き捨てならない情報もあったからだ。
幻想種はその強さによってD~S級に分類される。
少年が今まで倒した幻想種の中で言葉を話す者は一体もいなかった。要するにそれらはすべてC級以下だったということ。
だが、この男の言葉通りならば――。
「……お前は、B級ということなのか……」
警戒を込めた眼差しで、少年は男を睨みつける。
そんな少年に、にこやかな笑みを浮かべて紳士は答えた。
「いえ、違いますよ」
「……なに?」
「私は、もう一つ上になります」
「――――ッ!」
思わず言葉を失う少年。その台詞はあまりにも想定外すぎた。
B級以上――すなわちA級とは、S級幻想種である七王の側近ともいうべき存在だ。
こんな極東の島国に現れていい化け物ではない。
「……どういうことだ。どうしてA級なんかがこの国にいるんだよ?」
「いえ、実は私、この東京制圧の指揮を受け持っているんです」
少年の背筋に緊張が走る。
「まあ、それでですね、私こう見えても結構戦闘狂でして、特に強者と戦うのが大好きなんですよ。ですから、この戦場全体を、隅から隅まで拝見させてもらいましたよ」
そこでニヤリと笑い、
「そしたら凄く活きのいいのが三人もいるじゃないですか! 年甲斐もなくわくわくしてたんですけど、目移りしてたら、いつの間にか他の二人を逃がしちゃいまして……」
「……なるほど。それで俺の所に来たのか」
切っ先を男の喉元に向け、少年は直刀を水平に構える。
「――むしろ好都合だ。ここでお前を斬れば、まだ東京を救えるってことだよな」
少年の殺意に、金眼の紳士は笑みを浮かべて答えた。
「ええ、我々幻想種は精神感応で統制を取っています。私が死ねば、他の者達は動揺して多分逃げ出しますよ。……どうです、チャレンジしてみますか?」
「是非もないさ」
少年は鋭く目を細める。彼我の戦力差を測れない少年ではなかった。
間違いなくこの男は、自分よりも遥かに強い。
だからこそ、今この怪物は油断している。これは絶好の好機なのだ。
(恐らく小手先の技は通じない……。賭けるのなら――捨て身の奥義のみ!)
覚悟を決める少年。そして、深く、静かに前傾へと身構え――。
「いくぞッ!」
生涯最高の突きを繰り出す!
そして――……。
「ふ、はは、くはははははははッ! 素晴らしい! 何という速度! 何という刺突!」
哄笑を上げるのは金眼の紳士。
その喉元には折れた直刀の切っ先が突き刺さっていた。
「……つら、ぬかれた、喉で、よく、しゃべ、れるな」
声を絞り出して語るのは、倒れ伏した少年。
金眼の紳士は、横たわる少年に視線を向け、にこにこと笑みを浮かべる。
「ふふっ、言ったでしょう。見かけは人に見えても私は根本的に違うのですよ。声帯が壊れても特に問題はありません」
それよりも、と一言入れ、
「実に素晴らしい突きでしたが、一つ分からないことがあります。あなたの姿が一瞬消えたように見えたのです。一体何があったのでしょうか?」
「……化け、物が、術理を、聞いて、どう、すんだよ?」
「まあ、いいじゃないですか。そう、冥土の土産ということで」
……殺す側が冥土の土産を欲しがってどうすると思ったが黙っている事にした。
それに、別に奥義の術理を教えたところで何の問題はない。
あれは血が滲む努力の果てに得られる技術だ。化け物などに使える訳がない。
「いい、さ……。冥土の、土産、だ。受け取れ、よ」
そして少年は、ぽつりぽつりと語る。
まだ十四年程度とはいえ、自分の人生のほとんどを費やして得た術理のすべてを。
金眼の紳士は、最初の頃は興味深げに聞いていたが、しばらく経つと、訝しげに眉をひそめ始める。少年が語り終える頃には、完全に首を傾げていた。
……何か疑問があるのだろうか?
怪物の人間くさい態度に不快感を覚えながらも、少年は尋ねることにした。
「……なん、だ。何が、おかしい?」
「あ、いえ、実はとても不思議に思うことがあるのですよ」
「不、思議、だと……?」
自分の語った話は、何の面白みもない地獄のような修業の話だ。
不思議に思う点など一つもないはずなのだが……。
「――ふむ。ではもう一つ訊いてもよろしいでしょうか?」
「……なん、だ」
すでに捨て鉢になっていた少年は、どうでもいいとばかりに返答する。
この時、少年は気付いていなかった。
今まさに自分が運命の岐路に立っていたことに。
その言葉が今後の彼の人生を大きく変える事になるとは思いもよらなかったのだ。
だが、そんな少年に、運命の時は容赦なく訪れる――。
「では、訊きますよ。どうしてあなたは――」
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