第29話 死闘②

「これで二十六!」


 そう叫んで、冬馬は横薙ぎにメイスを叩きつけた!

 側頭部を打ち砕かれたワーウルフは、脱力してドスンと横に倒れる。


「すでに半数だ! お前らにもう勝ち目はない! 退くなら退け!」


 言葉が通じないのを知りつつも、冬馬は告げる。

 C級の知能は獣ほど低くはない。言語こそ話せないが、むしろ獣よりも人間に近く、戦術を考えもすれば、連携を組むほどの知性を持っている。

 すでに勝機を失っていることは、充分理解しているはずだった。


(なのになんで退かねえんだよ! 死んでまであの男に尽くす気か!)


 苛立ちに唇をかむ。こんな所でぐずぐずしている暇などないというのに。


「くそッ! だったらもう構わねえよ! あと五、六体も消せば道も開ける!」


 と宣告し、前に踏み出そうとしたその時――。

 ガクンッと右手のメイスが何かに引っ張られた。

 ギョッとして足元を見てみると、


「――お前は! くそッ、まだ息があったのか!」


 頭部の半分を失ったワーウルフが、倒れ伏しながらもメイスの先端を掴んでいた。

 そして身動きが取れなくなった冬馬に、


『『『ウオオオオオ―――ン!』』』


 雄たけびを上げ、数体のワーウルフが襲い掛かる!

 冬馬は咄嗟にメイスを捨て後方に跳んだ――が、


(まずい! 追撃が速い! 《PKT》から新たな武器を取り出す間がない!)


 ワーウルフ達は、次から次へと襲い掛かってくる。

 それを紙一重でかわしつつ、冬馬は必死に対策を練った。


(くッ、すぐに取り出せるのは懐にある《咬竜》だけか。こいつらに銃は効かないが……)


 ホルスターから《咬竜》を引き抜き、銃口を一体のワーウルフの額に向ける。

 効かずとも顔面付近が発光すれば流石に怯むはず。

 その隙に新たな武器を――。

 そう算段して、冬馬は引き金トリガーを引いた。


 ――ドンッ!


 轟く発砲音。

 そして、弾丸は狙い違わずワーウルフの眉間へと突き進み――。



 



「…………は?」


 ポカンとした冬馬の声。彼は手に持つ《咬竜》をじいっと見つめ、


「―――え? はあ!?」 


 思わず驚愕の声を上げる冬馬。そして頭部を失い、灰に変わりつつあるワーウルフを再度凝視してようやく状況を理解し、彼は本気で困惑した。


(な、なんでだ!? なんでいきなり銃が効くんだ!? 一時間前はD級相手にも通じなかったんだぞ!? ま、まさか、C級以上には通じるってことなのか……?)


 一瞬そう思ったが、冬馬はかぶりを振った。

 逆ならいざ知らずそれは考えにくい。

 ならば、あの時とは何か相違点があるのだろうか……?

 あの時と、今との相違点――。


(幻想種の格を除けば、銃も弾丸も同じもの。他は服ぐらいで――)


 そこで冬馬はハッとする。

 そして身に付けた黒いコートを左手でガッと握りしめた。

 ――そうだ。このコートだ。これだけが違う。

 あの模擬戦の後、フィオナがプレゼントしてくれたコート。あの時はこのライオットコートを着ていなかった。


(このコートが原因? けどなんで……いや、そう言えばあの時フィオは……)



『はいっ! そうです! ライオットの、です!』



 フィオナの言葉を思い出しながら、冬馬は神妙な面持ちで状況を整理する。


(……ああ、そっか、そういうことかよ。大体読めてきたぞ)


 思えば、既存の神話に比べ、《メルザリオ神話》には腑に落ちない点があった。

 神話の三要素――《歴史》・《物語》・《信仰》は、既存の神話にも当てはまる。

 それを考慮した場合、剣や弓も三要素をクリアせねば使用できないはずなのだ。


(けど、そう考えると明らかにおかしんだよな)


 迎撃士の中には、神話をよく知らない者や無神論者だっている。

 にも拘わらず、彼らは問題なく剣や弓を使用していた。

 それは、恐らく全人類の中で一人だけでも三要素を満たした者がいれば、神話として成立するからだろう。

 ならば、《メルザリオ神話》もフィオナがいる時点で、全人類が銃を使えるようになっていてもおかしくないのだ。

 しかし、実際、銃を使えるのはフィオナただ一人。


 ――恐らく、これは《メルザリオ神話》の欠陥なのだろう。


 あんな反則じみた手段で導入した神話だ。弊害があっても不思議ではない。

 その欠陥のため、《歴史》・《物語》・《信仰》の三要素をクリアした者のみに加護を与えるという特殊な現象が起きているのだ。そしてフィオナと違い、冬馬には《信仰》がない。

 そのせいで冬馬には銃が使えないのだろう。それが一時間前までの実状だった。


 しかし、このコートを受け取った時点で状況は一変していたのである。


《メルザリオ神話》の唯一の信者であるフィオナは、あの時このコートを《神父服》だと明言した。冬馬はそれを知った上で受け取り、なおかつ身につけたのだ。

 簡潔に言えば本人達も気付かない内に、冬馬を信者にする《入教の儀式》を執り行っていたのだ。

 すなわちこのコートを着ている限り、冬馬は《神父》ということになる。


(いや、待て待て。そうなってくると……)


 と、そこで冬馬はあることに思い至り、はあっと深い溜息をついた。

 これはあまり考えたくないことなのだが、本当にこの推測通りだとしたら――。


「要するにフィオ……。これからずっと銃を使いたいのなら、俺に《ライオット》のコスプレをずっと続けろって言うのか……」


 全くもって、なんという無茶を言うのだろう――あの少女は。

 小首を傾げる少女の顔を思い浮かべると、戦闘中だというのに笑いがこみ上げてくる。

 今にも溢れ出そうな笑いを堪えるため、左手で口元を押さえるが、


「くくくっ、あはは、ははははははははははははッ!」


 結局、堪え切れず哄笑を上げてしまった。

 呆然とするワーウルフ達を無視して、冬馬はひたすら笑い続ける。


「ははははははははははッ! けど感謝する! 心から感謝するよ、フィオ!」


 あの少女は、心の底から渇望していた力を自分に与えてくれたのだ。

 叶うのならば、今すぐあの子を抱きしめてやりたい。

 だが、それをするためには、まず先にやらなければいけないことがある。

 ギロリとワーウルフ達を睨みつけ、冬馬は呟く。


「はは、さて。これでお前達と遊んでいる暇がますますなくなったな」


 少年の殺気に当てられ、ワーウルフ達が警戒し始める。

 それに対し、少年は不敵な笑みで告げた。


「とは言っても、お前らを《咬竜》で一体ずつ仕留めんのも面倒だしな。だから冥土の土産に見せてやるよ。俺の《三竜》の一つ――《崩竜》の姿をな」

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