第30話 死闘③

 その大通りでは、横倒しになった装甲車を中心に、大乱戦が行われていた。


「――はあッ!」


 振り下ろされた爪を寸前で避け、雪姫は愛刀 《十握》でワーウルフの胴を薙ぐ!

 上下に分断された怪物は絶命し、瞬く間に灰と化した。


(こ、これでやっと三体目ッ! 一つ階級が上がっただけでこんなに辛いなんて)


 極度の緊張と疲労から、雪姫が大きく息を吐いたその時、


「――お嬢! 屈め!」


 その声に、雪姫は反射的に膝を屈めた。

 ブォンと風を切る音が頭上から聞こえてくる。驚き振り向くと一体のワーウルフがすぐ傍に立っていた。迂闊にも忍び寄られたのだ。


「お嬢! そのまましゃがんどれ!」


 二本の大型ダガーを両手に構えた赤毛の女傑が、ワーウルフの横を走り抜ける。

 途端――眼前のワーウルフの首が、ズパンッとはね飛んだ。


「サチエさん! ありがとうございます!」


「礼はええ! それよりフィー坊の用意が出来た! 射線上から離れるんや!」


「はい!」


 返事と同時に雪姫は駆け出した。その隣にサチエも並んで走る――と、


「いきます!」


 ――ガガガガガガガガガッッ!

 その直後、フィオナの構えた回転式機関銃――《スプラッシュ》が火を噴いた!

 少女は振動を必死に抑えながら、ゆっくりと右回りに掃射する。

 悲鳴を上げて次々と倒れていくワーウルフの群れ。

 そして、きっかり十秒後、フィオナの掃射は終わった。


「よし! 総員! 次の掃射までの三分! フィー坊を守り抜け!」


 サチエの号令が大通りに轟く。


「「「了解!」」」


 雪姫も含めた全団員は、雄々しく応えた。

 この一連の工程が、彼らの基本戦術だった――。

 本来ならば、《スプラッシュ》を装甲車に固定して掃射するのがベストだったのだが、開戦早々に装甲車を横転させられたため、サチエ達は戦術を切り替えた。

 フィオナの最大掃射時間は十秒。その後、三分間のインターバルが必要となる。

 それを踏まえた上で、フィオナを主力にした作戦だ。


 三分間の防衛と、十秒間の掃射。それの繰り返しである。

 一度の掃射で倒せるのは十数体だが、それでもどうにか半数近くまで数は減らせた。


 しかし、未だ不利な状況であることに変わりはない。

 一人でも団員が倒れれば、一気に押し潰されかねない戦況だ。


「――総員! ええか、離れ過ぎんな! 最低二名で連携を組むんや!」


 再度響くサチエの号令。

 横転した装甲車を背にしたフィオナを、円陣を組んで防衛する団員達は、それぞれのかけ声で応える。その打てば響く声にサチエは口元を綻ばせた。


(よっしゃあ、士気は高い。お嬢も中々の腕前や。これなら残り半数も何とか……)


 と、一筋の光明が見えかけた――その時。



「……やれやれ、やはり手こずっているようですね」



 戦場に響く場違いなまでに明るい声。

 その場にいるすべての人間がギョッとした。


 さらに不可解な現象は続く。

 眼前のワーウルフ達が、左右に道を開けて一斉に跪いたのだ。

 不意に生まれた一本の道――。

 その道を悠々と進むのは、右手にステッキを持つ金髪金眼の一人の紳士だった。


「な、何やねんお前……。一体どこから湧いてきとんねん!」


 いきなり登場した不気味な男に、最大級の警戒をもって、サチエは問う。

 しかし、男は、楽しそうにくるくるとステッキを回すだけで何も答えない。

 そのふざけた態度に苛立ち、サチエは怒声を上げた。


「おのれは何者やと訊いとんのじゃ! さっさと名乗らんかい!」


 ワーウルフさえ怯むサチエの気迫の前に、金眼の男も流石に表情を改める。


「……これはまた、随分と怖いご婦人ですねえ。まあ、いいですよ。そこまで望むなら名乗っておきましょうか。ふふ、お初にお目にかかります。私の名は――」


 と、意気揚々に名乗りを上げようとした時、


「ウ、ウソ……、まさか、ガラン=アンドルーズ……?」


 消え入りそうなその呟きに、金眼の男はピタリと動きを止めた。

 訝しげな表情を浮かべ、声の主へと振り返る。


「……おや、どうして私の名をご存じなのです? お嬢さん」


 感情を宿さない金色の瞳に睨まれ、声の主――雪姫はビクッと身体を固くした。

 そんな少女の反応に、サチエは怪訝そうに眉を寄せる。


「お嬢? こいつを知っとんのか……?」


「は、はい。冬馬から聞いたんです。ガラン=アンドルーズ……。こ、こいつはッ!」


 正眼に構えた《十握》を微かに震わせて雪姫は叫ぶ。


「《首都血戦》の黒幕! 三年前、冬馬が戦った――A級幻想種なんです!」


「「「ッ!」」」


 サチエ、フィオナ、そして団員達。その全員が絶句した。

 A級幻想種――。それは七王の腹心。あのリンドブルムさえも超える怪物だ。


「ウ、ウソやろ……。なんでそんな化け物がこんなとこにおんねん」


 呆然としたサチエの呟きに、金眼の男――ガランは、にこやかな笑みを浮かべ、


「それは簡単な話ですよ。なにせ私がこの《銀の魔女》抹殺計画の指揮者なのですから」


 と言って、フィオナをステッキで指す。途端――サチエから動揺が消えた。


「……狙いはフィー坊かい」


「ええ、そうですよ。この戦は、その少女を殺すためだけに起こしたんです」


 と、ガランは平然と告げる。その内容に全員の顔が強張った。


「あ、あなた……、フィオちゃん一人を狙って、こんな戦力をつぎ込んだの!」


「……その少女の異能を考えれば、当然のことでしょう」


 雪姫の問いに、目だけは笑っていない笑顔で答えるガラン。

 サチエは、フンと鼻を鳴らした。


「出来るだけ隠しとったつもりやったけど、結局筒抜けやったってことか」


「ふふ、まあ、あれだけ派手では嫌でも気付きますよ」


 そこでニヤリとガランは笑うと、


「さて、私も人を待たせている身ですし、そろそろお仕事に入りましょうか」


 そう宣告し、フィオナへ向かってゆっくりと歩き始めた。


「ッ! させるかい!」


 その声に全団員が一斉に動き出した! 即座に円陣を解き、フィオナを守るためガランの前へと立ち塞がる。勿論先頭に立つのはサチエだ。


「――ふん。うちらの前でフィー坊を殺すなんてよう言いよったわ。のう山崎!」


「うっすッ!」


 サチエの号令を受け、山崎団員が巨漢とは思えない俊敏さで駆け出した!

 その手に持つのは愛用の片手斧。

 そして渾身の力を込め、ガランの右肩へと叩きつける――が、


 ――ガギンッッ!


 不可解な金属音が鳴り響くと同時に、くるくると上空を舞う斧。


「……グウッ! な、にィ……」


 しびれる右手首を左手で押さえ、呆然と山崎団員が呻く。いま一体何が……。

 困惑する山崎団員。すると、ガランは左手でポリポリと頬をかき、


「おやおや、ダメですよ。今あなたは九百キロもある鉄塊を殴りつけたようなもの。しっかりと柄は握っておかないと」


 どこまでも穏やかな声。それが逆に危機感を募らせた。

 山崎団員は即座に動揺から立ち直ると、現状を冷静に分析する。


 ――まるでエンジンでも殴ったかのような衝撃だった。

 斧を弾くなど生物とは思えない強度だ。

 恐らくこの男に生半可な打撃や斬撃は効かないだろう。


(――けど、まだ手はあるっす!)


 山崎団員は面持ちを鋭くした。

 そして未だしびれる右手は放置し、左手でガランの首を締め上げる。

 打撃が効かなくともまだ締め技があるのだ。巨漢の青年の左腕が膨れ上がった。

 ガランはしばしされるがままだったが、不意に笑みを浮かべて、


「ふふ、あなたの力量は大体分かりました。では、そろそろこちらもいきますよ」


 そう呟くなり、無造作にステッキを右薙ぎに振るった。

 その右腕は一瞬かき消えて――。


 ――ズドンッッ!


 山崎団員の体は横にへし折れ、冗談のような速度で吹き飛んだ。

 さらに彼は、五メートル先のアスファルトに叩きつけられ、大きくバウンドする。

 何度も体を転がしながらようやく停止した青年は、倒れたまま動かない……。

 ただ静かに、血溜まりだけが大きく広がっていく。


 疑いようもなく――絶命していた。


 サチエと各団員は息を呑み、フィオナは惨状を前にして言葉を失う。

 そして、雪姫は呆けた表情でその光景を目に焼き付けていた。


(……そ、んな、山崎さん……)


 自分を気遣ってくれた優しい青年の無残な姿に、茫然自失になりかけていると、


「あああ、うわあああァァッ! ちくしょうッ! よくも山崎さんをッ!!」


 槍を構えた一人の団員が吠えた。山崎を兄のように慕っていた堀部だ。


「――待ちい! 焦んな!」


 サチエがすぐさま制止をかけるが、彼は止まらない。


(ちくしょう! ちくしょうッ! この化け物がああ――ッ!!)


 憎悪を宿した瞳でガランを睨みつけ、怨敵の心臓めがけて槍を繰り出す!

 しかし。

 ――ギィンッ!

 と、金属塊を突いたような音が鳴り響く。堀部団員の目が大きく見開かれた。

 彼の槍もまた、ほとんど突き刺さらずにガランの胸板の前で止まっていたのだ。


「やれやれ、せっかちですね」


 困ったような笑みを浮かべ、ガランは左手で槍を掴む。

 続けて、ボキンと槍を片手でへし折ると、唖然とする堀部団員へ一歩近付き、


「そういう人は、早死にしてしまいますよ」


 まるで雑草を刈り取るような動きで、ステッキを左薙ぎに振るった。

 ……堀部団員は、方向こそ逆だったが、山崎団員と同じ結末を迎えた。

 続けざまの犠牲者に、雪姫とフィオナの顔色が蒼白になる。

 各団員、サチエさえも動揺は隠せなかった。

 対し、ガランはステッキをくるくると回してにこやかに微笑んだ。


「さて。次はどなたですか?」

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