第34話 かくして約束は交わされた③

 死闘はさらに苛烈さを増す。


『グオオオオオオオオオオオオオオッ!』


 ガランの左フックが空気を切り裂く――が、冬馬は間合いを外してこれを凌ぐ。


『――逃がさん!』


 ガランはそう叫ぶと、フックの勢いに乗せて回し蹴りを放つ。

 触れただけで肉片と化す黒い大旋風。対する冬馬は身を屈めて回避した。

 ――が、それだけでは終わらない。すかさず冬馬は、大技をかわされ体勢を崩したガランの懐に入ると、右の銃口をわき腹に突き付け、


「これは少し重いぞ! ガラン=アンドルーズ!」


 ――ドンッ!


 冬馬の叫びと共に《咬竜》が咆哮を上げる。


『……ぐうッ!』


 骨にまで響くゼロ距離の一撃に、傷口を手で押さえて、たたらを踏むガラン。蒼い血がわき腹から溢れ出す。ガランはこの想定外の状況に歯がみしていた。

 眼前の少年が銃を使えることを知った時から苦戦は覚悟していたが……。


(……ぬう、強い。まさかこれほどとは……)


 ガランの想像さえ超え、この少年は恐るべき敵だった。

 銃の攻撃力は言うまでもないが、少年の強さには特筆すべき点が二つあった。


 一つは未来予知の如き先読みの正確さ。

 それがガランの攻撃を悉く空振りさせる。


 そして、もう一つは、銃口の射線変更の速さだ。

 自らを剣士と称するだけあって、少年の薙ぎ払いの速さは尋常ではなかった。

 四方八方どこに移動しても、必ず銃口に捉えられるのである。

 常に弾幕の嵐にさらされ、今やガランの身体には無数の弾創が刻まれていた。

 無論、そう簡単に死ぬようなやわな体ではないが、確実にダメージは積み重なっている。


 繰り出す拳はかすりもせず、一方的に攻撃される状況――。


 ガランが歯がみするのも仕方がないことだ。

 しかし、ガランとてこの状況を良しとしている訳ではない。


 すでに逆転の目に狙いをつけていた。

 それは銃の最大の弱点――弾丸切れの瞬間だ。


 これまでの攻撃で、あの二丁は相当数の弾丸を消費している。そう遠くない内に弾切れの時は必ずくる。その時こそ逆転のチャンスなのだ。

 装填リロードの隙など与えない。一気に猛攻をかけ――押し潰す!


(今はその時を見極める!)


 ガランは眼光を鋭くすると、両腕を構え直し左拳の二連を繰り出した。




「――む!」


 冬馬は間合いを広げて二連撃から逃れた。

 しかし、ガランはさらに深く踏み込むと今度は右ストレートを放ってくる。冬馬は咄嗟に右前方へと加速。剛腕をやり過ごした。

 そして《崩竜》で牽制しつつ間合いを取り直す。


 乱れた息を整え、冬馬は考える。

 ……このままだとまずい。いずれ弾丸が切れる。


 弾丸切れを狙うガランの思惑を、実は冬馬も気付いていた。

 銃を扱う者が、弾丸切れを意識しないはずもない。

 だが、分かっていても、現状それはどうしようもないことだった。


 その理由は、ガランの戦い方にある。

 開戦からずっと、ガランは肉弾戦のみで挑んで来ているのだ。

 無尽蔵の体力にモノを言わせ、絶えず襲い来る乱撃に隙などない。

 冬馬は鋭い視線でガランを睨みつけた。


(……幻想種の中でも魔術を得意とするはずの悪魔族が、まさかの肉弾戦かよ)


 妖精族、魔神族、獣魔族、巨人族、幻獣族、天人族、悪魔族。

 多種多様の幻想種だが、それでも大別すると、この七種族のどれかになる。

 各種族にはそれぞれ特性があり、悪魔族は不可思議な魔術を特性にしていた。

 ある者は大地から巨大なゴーレムを生み出し、またある者は虚空から炎や氷、風を生み出す――。


 冬馬はかつて、C級の悪魔族・インプを斬り捨てたことがあるが、その時の敵は馬鹿の一つ覚えのように火球を撃ち出す魔術を使っていた。


 だからこそ、上位悪魔であるガランも魔術を使うとばかり思っていたのだが、未だ一向に使う気配がない。そのことに冬馬は――戦慄した。


『――ヌン!』


 ガランの左ブローが胴体めがけて襲い来る! 

 冬馬は身体を反転させながら横へ跳び、剛拳を回避した。代わりに背後にあった街灯がひしゃげ、土台ごと吹き飛んだ。

 ビルの壁に激突する街灯を横目に、冬馬は緊張の汗をつうっと流す。


(……本当に恐るべき化け物だな。どこまでも冷静な知性。だからこそのA級か)


 要するにガランは一目で看破したのだ。

 銃に対し、溜めが必要な魔術で挑んでも、隙にしかならないことに。

 それを悟ったからこそ、ガランは終始、肉弾戦に徹底しているのである。

 ジリジリと間合いを測りながら、内心で冬馬は舌打ちする。


(くそッ、まったく厄介な野郎だな……)


 だが、呑気に泣き言も言っていられない。

 弾丸切れのタイムリミットはもう目前だ。


 それまでに、何かしらの対策を練らなければならないのだが……。


 冬馬はグッと下唇をかむ。正直、これといった策が思いつかない。 

 そうして何の策もないまま、冬馬とガランの死闘は続くのだった――。

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