第27話 幻想の襲来⑤
「急ぎいフィー坊! お嬢に冬馬君も!」
そこはPGC神奈川支部の駐車場。
すでに一台残し、すべての装甲車は出動していた。
(あうぅ。サチエさん、凄く怒ってます……)
駆け足で急ぎながら、フィオナがサチエの叱責にしゅんと肩を落とす。
彼女達だけが遅れているのには理由がある。
フィオナが巫女服に着替えていたためだ。
戦闘には必ず巫女服で挑む。
それが、フィオナの信念の一つだった。
流石に重悟だけは待っている訳にもいかず一人先行したが、冬馬と雪姫は彼女の着替えに付き合い、結果、ここまで遅れてしまったのだ。
「はよ来い! この車以外の十三班の連中は、もう先に出たで!」
さらにせき立てるサチエ。それだけ緊急事態なのだろう。
三人は表情を引き締め、装甲車に向かう。
その装甲車は、どちらかと言うと警察の護送車に酷似した車体だった。
戦闘用というよりも大人数の移動用車両。ルーフの上には柵のような手すりと、銃のない砲座が設置されている。
恐らくこれが、重悟の言っていた《スプラッシュ》の固定器具なのだろう。
(なるほど。あれに《スプラッシュ》を固定して、フィオが撃つってことか)
あの子の体格を考えれば当然の装置か、と冬馬は納得した。
そして、ようやく装甲車に辿り着く三人。
両開きのバックドアからは、十人ほどの団員達が壁際に並ぶシートに座っているのが見える。全員が緊張した面持ちだった。
「これから第二区に向かう! 三人とも、はよ乗りい!」
三度目のサチエの催促。その表情は真剣そのものだ。
――これ以上、待たせる訳にはいかない。
そう肌で感じた少女達が慌てて乗り込み、冬馬が続こうとした――その時だった。
【おっと、少し待って頂けませんか。少年】
不意に、聞き覚えのある男の声が脳裏に響いた。
呼吸も忘れて冬馬は背後に振り返る。この声はまさか――。
【ああ、良かった。どうやら人間相手でも念話は通じるようですね】
(――ッ!)
再度聞こえてくる声。忘れもしない。この声はッ!
(ガラン=アンドルーズ! お前か!)
心の中で問う冬馬。それに対し、ガランは念話で答えた。
【はい。私ですよ。いやあ、お久しぶりですねぇ】
(どうしてお前がここいるんだ! いや、今回の襲撃――お前の仕業か!)
【ええ、そうですよ。まあ、詳細をお話してもいいのですが……念話というのも味気ないですし、場所を変えませんか?】
二人っきりでお話がしたいのですよ、とガランは付け加える。
(…………)
冬馬は一瞬沈黙した。そして、すぐさま現状を分析する。
A級幻想種、ガラン=アンドルーズ。
怨敵が自分と話をしたいという。当然、罠と考えるべきだろう。
(……断れば、どうする気だ)
【その時は、私の方からそこに出向こうと思います】
(…………)
再び、冬馬は沈黙した。
ガランがここに来る――。考えてみればそれは好都合だった。
今この場にはサチエを筆頭に一流の迎撃士達が十数人もいる。
そして何よりもフィオナがいるのだ。
これだけの戦力に自分も加われば、たとえA級相手でも勝てるかもしれない。
と、そこまで分析した冬馬だったが、
(いや、ダメだ。ここには雪姫がいる……)
すぐに思い直した。
勝算があるといってもA級相手に無傷で済むとは思えない。必ず犠牲者は出るだろう。そして、その可能性が一番高いのは力量的に見て――雪姫である。
もはや、冬馬に選択肢などなかった。
(……いいだろう。俺から出向く。場所はどこだ?)
【ふふ、ありがとうございます。ええっと場所ですよね。今、私がいる場所は――】
「ちょい冬馬君! 何ボケっとしとんねん! はよ乗りい!」
その時、サチエの怒号で念話が遮られた。
一瞬だけ瞳を閉じて黙考した冬馬は、サチエにぼそりと告げる。
「すみません、服部総隊長。急用が出来ました。俺は別口で訓練校に向かいます」
「え? と、冬馬? 急用って」
と、声を上げたのは雪姫だ。しかし冬馬はそれには答えず、
「俺に構わず先に行って下さい。……雪姫。心配すんな、すぐに追いつくよ」
そう言って返答もまたず、バタンッと左右のバックドアを閉めた。
そして、姿の見えなくなった少女に向けて、
「……大丈夫だ、雪姫。無為に死ぬつもりなんかない」
と、小さく呟き、少年は一人走り出した――。
【今 《魔女》の出撃を確認しました。どうやら上手くいったようです。オーロ殿】
【ああ、こちらも現在 《鬼》と交戦中だ。まったくお前の策略も大したものだな】
【ふふ、お誉めに預かり光栄です】
【……ふん。それより《魔女》狩りにはお前も参戦するのだろう?】
【はい。用を済ませたら、私もすぐに参戦する予定です】
【その用とやらが何なのかはもう訊かんが、ともあれ……武運を祈るぞ同胞よ】
【ええ。あなたも、どうかご武運を】
そしてガランは念話を終えた。彼はくるりと後ろへ振り向き、
「少しお待たせしましたかね? 少年」
「……いや、俺もいま着いたところさ。ガラン=アンドルーズ」
PGC神奈川支部の駐車場が一望出来るビルの屋上――。
そこで、冬馬とガランは二度目の邂逅を果たした。
「ふふ、全くもってお久しぶりですね」
「俺としては、もう二度と会いたくなかったんだがな」
そう告げて、冬馬は右手に持つ銀色のメイスをガランへ向ける。
しかし、対するガランは一切恐れるそぶりも見せず「ああ、そう言えば武器を変えたのですか?」などと親しげに訊いてくる。
相も変わらない怨敵の態度に、冬馬は眉をしかめながら、
「……どうでもいいだろ。それより話とは何だ。お前は何を企んでいる」
と、早々と本題に入る。ガランはやれやれと肩をすくめた。
「ふふ、せっかちですねえ。まあ、いいですよ。今回の計画をお話しましょう」
そして、ガランは今回の計画の全容を語り始めた。
話が進むにつれ、冬馬の表情はどんどん険しくなっていき――。
「――……というのが、今回の《銀の魔女》抹殺計画の概要なのですよ」
ガランが語り終える頃には、憤怒の形相になっていた。
「……お前はフィオを、あんなか弱い女の子一人を殺すためにここまでしたのかよ」
「か弱い? あれがですか? あれの凄まじさはあなたも知っているでしょうに」
ガランは鋭い眼差しで語る。
「あれは聖戦を穢す許しがたい存在。全力を尽くし排除するのは当然のことです」
「……聖戦か。やっぱりお前らは、神話を元に生み出された神の使徒なのか……」
冬馬の独白に、ガランは軽く目を瞠り、
「……よくご存じですね。まさにその通りですよ」
と、アイリーンの推測を全肯定した。
(アイリーンさん。あんたはどうやら本物の天才みたいだな……)
複雑な思いを抱きながら、冬馬は眼前の敵を睨みつける。
「ともあれ、俺をここに呼び出した魂胆は何なんだよ。ここで再戦でもする気か」
十中八九そうだろう、と思い訊いたのだが、
「いえ、違いますよ」
意外な回答が返ってきた。
「……? どういうことだ? だったら、なんでここに俺を呼んだ――」
と、そこまで言って、冬馬の脳裏にあることが閃いた。
「――ッ! そうかッ! 狙いは、俺とフィオの分断か!」
パチパチパチ、とガランが拍手を贈る。
「ご名答です。《鬼》同様、あなたもなかなか手強い人ですから誘い出させてもらいました」
冬馬はギリと歯を軋ませる。
「全部、お前の手のひらの上かよ……」
「ふふ、それだけあなたを高く評価しているんですよ」
そして、ガランはパチンと指を鳴らした。
すると屋上の出入口からぞろぞろとスーツ姿の人間が入ってくる。恐らく五十人はいるだろう。何故か全員虚ろな瞳をしていた。
「……人間? いや、こいつらは……」
冬馬の推測に、スーツ姿の人間達は変貌することで答えた。
ミチミチミチッとスーツが裂け、中から黒い体毛で覆われた筋肉が浮き上がる。
「……やっぱりワーウルフ、か……」
そう呟く内にも、五十体のワーウルフは冬馬を円形に包囲した。
「――ふふ、あなたのために用意した精鋭五十体です。あなたはしばらく彼らと遊んでいて下さい。私は先に《魔女》を始末しないといけませんし」
「ッ! なんだと!」冬馬は息を呑んだ。
――戦うつもりがないというのは、そういうことか!
「行かせはしないぞ! ガラン=アンドルーズ!」
と叫び、ガランの元へ駆け出す――が、
『『『グルルルルルウ!』』』
突如立ち塞がった三体のワーウルフに邪魔されてしまった。
「――どけ! ワーウルフ!」
メイスを突き出し威嚇するが、ワーウルフ達に退く様子はない。
ならば押し通るまで、とメイスを振るおうとしたその時、
「それでは少年。《魔女》を始末したら、またお会いしましょう」
一方的にそう告げて、ガランはビルの屋上から飛び下りてしまった。
「待てガラン=アンドルーズ! くそッ! 俺もすぐに――」
と、急ぎ屋上の出入口へ向かう冬馬だったが、
「ワーウルフッ! 邪魔なんだよ! どけ!」
再び十数体のワーウルフに行く手を阻まれ、足を止めざる得なかった。
冬馬の心に、抑えがたい焦りが生まれる。
ガランが向かった先にいるのは、フィオナと、そして――。
(――雪姫! どうか、どうか無事でいてくれ!)
冬馬は悪鬼の形相で、手近にいた一体のワーウルフを打ち倒して宣告する。
「もう一度言う――どけッ! 邪魔する奴らは容赦しねえ!」
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