幕間一 戦士達の日常
第17話 戦士達の日常
時刻は昼過ぎ。場所はPGC神奈川支部の五階にある通路にて。
戦闘班第十三班に所属する岡倉団員は、錬技場へ向かう途中で見かけたその光景に首を傾げていた。
(……あれは山崎か? 一体何をしているんだ?)
PGC神奈川支部には、大きく分けて四つの班が存在している。
救護や事務全般、車両の整備・開発までと、多種多様な支援を行う《支援班》。
《神域》を監視するため、境界区域に設置された各監視棟に常駐する《監視班》。
各区に設けられた出張所を職場とし、主にパトロールなどを行う《駐在班》。
そして日々身体を鍛え抜き、いざという時に最前線に立つ《戦闘班》だ。
岡倉は、その戦闘班で十三人しかいない隊長の一人。三十代の若さで、五十人以上の猛者達を束ねる実力者だった。
そんな岡倉が、今は不思議そうに眉根を寄せていた。
眼前にいるのは通路のど真ん中で何故か背を向け立ち往生している巨漢の青年。
「……? おい山崎。どうしたんだ? 錬技場に行かないのか?」
とりあえず声を掛けてみると、山崎と呼ばれた青年はこちらへと振り向き、
「あ、岡倉隊長。どうもっす」
と、挨拶してくる。彼は岡倉の部下。
温和かつ誠実な人柄で知られる好青年だ。まだ二十六歳でありながら、すでに岡倉と同じ三級迎撃士の資格を持っている逸材でもある。
「いや挨拶はいいが一体どうしたんだ? こんな場所で立ち尽くして。何かあったのか――って、ん? フィオナ嬢?」
不意に岡倉は気付いた。
山崎の大きな体の後ろに隠れるように、支部長の義妹であるフィオナ=メルザリオ嬢がいたのだ。
「ちょっと、尋ねられてたんっす。支部長と総隊長は、まだ戻ってこないのかって」
「……支部長? ああ、そう言えば、今日は訓練校に用があると仰っていたな」
あごに手を当てて、そう呟く岡倉。
すると、それに反応したフィオナがトコトコと岡倉の前に進み出て、
「あ、あの、岡倉さん。義兄さんと、サチエさんと、クロさんはまだ、でしょうか?」
と、尋ねる相手を切り替えてきた。
何やら聞き慣れない名称も入っていたが、ともあれ岡倉は少女に答える。
「いや。残念だが、まだ帰ってこられたとは聞いていないよ」
その言葉に、みるみる少女は元気を失くしていった。
流石に気の毒になった岡倉は、ごそごそとズボンのポケットを探り、
(お、良かった。まだ残っていたか)
二つのキャンディーを取り出した。
支援班が開発した栄養価の高い非常食である。
岡倉は、そのキャンディーをフィオナに握らせて告げる。
「これでも食べて元気を出しなさい。きっと、もうじき支部長達も戻ってくるさ。支部長室で待っていた方がいいだろう」
……少々子供扱いすぎたかな、と思ったが、フィオナは瞳をキラキラ輝かせて、
「えっ、いいん、ですか! あ、ありがとう、です! 岡倉さん!」
と、嬉しそうに礼を言った。さらに続けて、フィオナは山崎の方を見つめると、
「あの、山崎さん……。引き止めて、ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げる。
山崎は照れくさように頭をかき、優しい笑みを浮かべた。
そしてフィオナは、もう一度岡倉と山崎に礼を述べてパタパタと走り去っていった。
そんな少女の後ろ姿を、岡倉が優しげな表情で見つめていると、
「……いい子っすね。フィオちゃん」
山崎が声を掛けてきた。岡倉はふっと笑い、
「ああ、そうだな。いい子だ。……だが」
「……隊長?」
威厳を出すため、最近蓄えた口髭を触りながら、岡倉は呟く。
「いくらアレが使えるとはいえ、あんな幼い少女を戦場に立たせねばならんとはな」
「…………そうっすね」
「せめて、我々が守ってやらんとな」
「勿論っすよ」
即答してくる頼もしき部下に、岡倉は笑みを浮かべた。
そうやって男二人が、まるで父親のような顔でしみじみとしていたら、
「やーまーざーきーさぁ―――ん!」
少しばかり怒りが混じった声が通路に響き渡った。
振り向くと、そこには同じ十三班所属の堀部団員がいた。
今年、訓練校を卒業したばかりの期待のルーキーだ。
「ん? 堀部っすか? どうかしたっすか?」
「どうかしたじゃないですよ! いつまでたっても錬技場にこないし! 今日は俺の訓練見てくれるって約束してたじゃないですか!」
「あ、すまんっす。ちょっと野暮用があったんすよ」
言って、後輩に頭を下げる山崎。
「え、あ、いや、別に怒ってる訳じゃないんですよ。こちらこそすいません。いつも面倒見てもらってるから、つい調子に乗ってしまって……」
と、いきなり委縮し始める堀部。彼は山崎を兄のように慕っていた。
内心では尊敬さえしている人物に頭を下げられると、どうにも困るのだ。
ぺこぺことおじぎ合戦を始める二人の様子に、岡倉はくつくつと笑って、
「オイオイ何だ。随分とやる気じゃないか堀部」
「当ったり前ですよ岡倉隊長! 俺、次の昇級試験で今度こそ五級になるんですから!」
言って、堀部は槍を突き出すような仕草をした。
血気盛んな若い部下の様子に、岡倉は嬉しそうに目を細めると、
「ふふっ、だったら、私も少しもんでやろうじゃないか」
不敵な顔でニカッと笑うのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます