第11話 悪鬼の血族④
……あの日のことは、今もよく憶えている。
あれはとてもよく晴れた日。冬馬が父親と会話した最後の日だ。
『んじゃあ、行ってくるわ。あばよ、冬馬』
ぼさぼさの髪に一振りの刀。ボロい布切れのような服を纏った父がそう告げる。
『これが今生の別れなのに随分と軽いな。親父』
と、呆れ果てた口調で呟く冬馬。
『そんなの今更だろ? しかし、お前とは最後までウマが合わなかったよな』
『当然だ。あんたはイカレてるよ。俺はあんたと同じ生き方はしない。とっとと逝け』
病人のように顔色の悪い父に対し、冬馬は容赦ない言葉を浴びせる。
しかし、すでに死期を悟っている父にとってはどうでもよかったらしく。
『そこそこ満足したら逝くよ。ああ、それと冬馬。最後に義務として言っとくぞ』
『……何だよ?』
顔をしかめる冬馬に父は告げる。
『別に嫁を取れとは言わねえが、
『……あんた、本当にクズ人間だな』
『ふん。それも今更じゃねえか。さて、と』
父は刀を肩に担いで歩き出した。目指す場所は《神域》だ。
冬馬はただ黙ってその姿を見送った。
そして、父の姿が見えなくなってから、ぼそりと呟く。
『……じゃあな、親父』
もう二度と会うことはない。事実、父は二度と帰ってこなかった。
それが、冬馬と父親の決別の日だった。
◆
(……なんか、もうすっげえ昔のことにみたいに感じるな)
第三PGC訓練校一階。第一応接室にて。
亡き父のことを思い出し、思わず冬馬は苦笑を浮かべていた。
「……やっぱり《刀神》って、うちの親父なんですか?」
重悟にそう問うと、黒服の偉丈夫は笑みを浮かべて返してくる。
「ああ、一目見て分かったよ。背こそ高いが、若い頃の八剣さんそっくりだ」
が、それに対し、微妙な顔をする冬馬。
あまり嬉しくない。はっきり言ってしまえば不愉快だ。
「……そんなに意識したことはないんですが、やっぱ似てます?」
「ああ、よく似ている。正直、君の資料を見た時は驚いたよ」
言われ、ますます眉をしかめる。と、
「ちょ、ちょっと待って!?」
隣に座る雪姫がいきなり声を張り上げた。
そして冬馬の肩を掴み、揺さぶり始める。
「ねぇ冬馬! どういうこと! あなたのお父さんって《刀神》なの!?」
「ちょ、ま、待て! 雪姫! 揺らしすぎだ!」
頭をガクガクと揺らされ、冬馬は霹靂していると、
「へえ~。じゃあ隊長。要するにこのボンは《刀神》の子ってことなんですか?」
そんなことを部下に問われ、重悟が苦笑を浮かべていた。
そして偉丈夫は一度頬をかいてから、雪姫の方を見やり、
「まぁ落ちつきたまえ、柄森君。それに服部君も。今から説明するよ」
そう会話を切り出され、女性陣の視線が重悟に集中する。
「……う~む。まず《刀神》の名前だが、さっきも言った通り『八剣右京』と言う。そこにいる八剣冬馬君の親御さんに当たる人だ」
「はあ、いかにも親父が好みそうな二つ名っすね。いや、むしろ、あのおっさんなら自称していてもおかしくないか……」
「そ、そうなの?」
雪姫は三年間一緒にいながら、初めて聞いた話にポカンとしていた。
一方、サチエは腕を組み、「へえ~」と感嘆の声をもらしている。
「そもそも八剣一族というのは――っと、これは話しても構わないものかね? 八剣君」
「ええ、全然構わないと思いますよ。ただのお伽話みたいなもんですし。それと親父と混在しそうですから、俺のことは冬馬でいいっす」
「……ふむ。そうか。では、冬馬君の代わりに私が教えよう。……これは昔、右京さんから聞いた話なんだが、八剣一族というのは千年以上の歴史を持つ武人の家系だそうだ」
遠い日を懐かしむように、重悟は語り出す。
「普段は山奥でひたすら修練を積んでいる彼らが、表舞台に出て来たのは平安時代。世に鬼と呼ばれる怪物が跋扈していた時代だ」
「――は? 『鬼』ですか? なんか、いきなりうさんくさい話やね」
正直すぎる感想を述べる部下に、重悟は苦笑する。
「ゴブリンやドラゴンと戦う我々が言っていい台詞ではないぞ」
「あはは、確かに」
「まあ、とりあえず鬼がいたことを前提で話すぞ。さて、それで表舞台に出てきた八剣一族なんだが、彼らが行ったのは鬼の討伐……と言うより、狩りだったらしい」
「……狩り、ですか?」
不安げに尋ねる雪姫。重悟はうむと頷き、
「そう、狩りだな。彼らの目的は鬼を狩って食べることだった。喰えば鬼の強さが手に入ると信じてな。だから彼らは、鬼よりも恐ろしい悪鬼と呼ばれていたそうだ」
「た、食べッ!?」
青ざめた顔で、雪姫は動揺の声を上げた。
柄森家も源流は八剣家になる。己が先祖の馬鹿げた所業に言葉も出ない。
流石に強い嫌悪感と、微かな恐怖を覚えずにはいられなかった。
と、そんな時――。
「……心配いらないよ、雪姫。うちの伝承によると、鬼を喰ったのは八剣の名を継ぐ直系だけだから柄森家には何の関係もない話だよ」
そう告げて、隣に座る冬馬が彼女の手をギュッと握りしめてくれた。
雪姫はじいっと冬馬の顔を見つめた。
(……ふゆ君……)
自分の心情をすぐさま察してくれた少年に、深い安堵の気持ちを抱く。
少年の手のひらがとても温かかった。
「……ありがとう。ふゆ君」
そして自然とこぼれ落ちる感謝の言葉。
すると、そんな二人を見ていたサチエが、にやにやといった感じで笑って。
「んん? 何や、自分らもしかして付き合っとるん? 随分とええ雰囲気やけど」
と、茶化してきた。みるみる顔を赤くする二人。慌てて繋いでいた手を引き離すと、お互いに視線を逸らして、真っ赤になった顔のままそっぽを向いた。
その様子を見て、ますます笑みを深めるサチエに対し、冬馬はやれやれと嘆息し、
「……別に付き合ってなんかいませんよ。それより八剣の説明は終わったみたいですし、あとは親父のことっすよね」
と、無理やりに話題を変えた。
その台詞に雪姫が、ず~んと落ち込んでいるのにも気付かず、冬馬は話を続ける。
「親父の性格ですが、一言でいうと人でなしのクズっすね」
いきなりの実父に対する辛辣な言葉。雪姫とサチエは、ギョッとして目を丸くし、重悟は思い当たることがあるのか、神妙な顔で腕を組んでいる。
「とにかく戦うことだけが生きがいで、それ以外はとことんダメなおっさんでした。ガチで戦闘一色です。そういや昔、親父がこんなことを言ってました」
冬馬は何とも微妙な表情で言う。
「『冬馬、俺らってマジで幸せもんだよな。なんせ鬼が喰える時代に生まれたんだぜ』」
刹那に凍りつく空気――。
女性二人は勿論、重悟でさえも驚愕で目を見開いている。
「……ま、まさか、右京さんは――」
「ええ、がっつり喰っていましたよ。死んで灰になる前の幻想種の肉を。うちの実家は広島の《神域》に近かったんで、しょっちゅう入り浸っていましたし」
「……何やねん、それ……」
血の気の引いた顔でサチエが呟く。それに対し、冬馬は皮肉気に笑った。
「まあ、喰った時は肉でもいずれは灰になりますから、体にいいはずがありません。だから親父は日に日に衰弱していきました」
「なッ! では、右京さんは今……ッ!」
「もういません。《神域》を墓場にすると言ってそれっきりです」
実父の最後を淡々と告げる冬馬に対し、重悟は額に右手を当てて呻いた。
「……なんという……。なら、君は……」
「親父も死んだし、実家にこだわる理由もなかったので上京してきたんすよ」
どこか冷めた口調でそう語る冬馬。
言葉もない重悟に代わり、サチエが冬馬に一言声をかける。
「……そっかあ、親父さんのことは残念やったな」
と、そこで彼女はあごに手を当てて呟いた。
「けど、ほなら、ボンは刀を使うんやな。二代目 《刀神》っちゅうことやね」
「……へ? いやそれは………うええェ~」
すると、冬馬は露骨なまでに眉をしかめて不機嫌な声を上げた。
「流石に嫌っすよ。そんなこっ恥ずかしい二つ名。それに今はもう刀を使ってませんし」
と、刀そのものも含めて、はっきりと拒絶する。
重悟とサチエは少し驚き、雪姫は哀しげに視線を落とした。
「へ? 何でなん? あんた《刀神》の子なんやろ、何で刀使わへんの?」
当然の疑問をぶつけてくるサチエ。重悟もその問いに続いた。
「……『今は』と言うことは、剣術の心得はあるのだろう? 右京さんの息子さんなら相当な腕前のはず。どうして刀を使わなくなったのか訊いてもいいかな」
雪姫はハッと顔を上げた。
その質問は彼女がずっと訊けなかったことそのものだ。ついつい期待して冬馬へ視線を向けてしまう。重悟も含めた三人が冬馬に注目した。
すると、少年は感情の見えない平坦な表情をして――。
「はっきり言えば、俺は刀を見限ったんですよ」
「……見限った? どういう意味かね」
重悟の質問に、冬馬は淡々とした声で答える。
「そのままの意味です。刀の底が見えたんですよ。いや、それだけじゃない。剣も槍も鎚も棍も斧も俺にとってはもう意味がない……」
「……それは、もう戦うつもりはないということかね」
神妙な声で重悟は尋ねる。
資料によると、彼は《首都血戦》の生存者。戦場を経験して戦意を失う者は多い。もしかしたら、この少年もそうなのかと思ったのだが……。
――ドンッ!
大理石の机に、冬馬は右の拳を叩きつけた!
「――違うッ! 俺は今、かつてないほど戦う力を求めている! 誰よりも強くなりたいと願っている! だからこそ、もう刀じゃダメなんだ!」
まるで咆哮のような怒号。
少年の怒気に重悟とサチエは息を呑み、雪姫はビクリッと身体をすくませる。興奮した冬馬は、愛しい少女の怯えた様子にも気付かない。
今はただ獣のように歯を剥き出し、重悟を睨みつけていた。
そんな少年の視線を、重悟は正面から受け止め、
「……何故、刀ではダメなのかね」
再度、根本を問う。しかし、冬馬の回答はそっけない。
「……言ったはずです。底が見えたと」
そこで冬馬は懐に手を入れ、
「今や刀は俺の《武器》足りえません。今の俺にとって《武器》とはこれのことです」
彼の言う《武器》を取り出し、ゴトンと机の上に置いた。
重悟、そしてサチエが目を剥いて机の上の《武器》を凝視する。
「ちょ、ちょい、あんた、銃って……」
「……どういうつもりかね冬馬君。幻想種に銃は通じない。それは常識のはずだが」
「その常識は三日前に崩れました。だから、あなた方はここにいるんでしょう」
重悟達の表情に険しさが宿る。
それを見て、冬馬はニヤリと笑い、
「――雑談はここまででいいでしょう。今度こそ本題に入りませんか」
そして、有無を言わせぬ圧を以て重悟に言い放つ。
「教えて頂けますよね。フィオナ=メルザリオ。そして彼女の持つ《武器》の事を」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます