第10話 悪鬼の血族③

「PGCの団員……?」


「ああ、そうだよ。それも一級迎撃士だ」


 応接室に向かう途中で、冬馬は三日前の出来事と、これから会う人間について雪姫にレクチャーしていた。前情報もなしにいきなり会わせるのはどうかと思ったからだ。

 サチエとの約束を破ることになるので、正直怖くて怖くて仕方がないのだが、まあ、軽いフライングということで勘弁してもらいたいものだ。


「……本当に銃が幻想種に効いたの……?」


「……ああ、それに関してはこの目で見たよ」


 流石に動揺を隠せない雪姫。その瞳は完全に半信半疑だ。


「とにかく訊けば分かるよ……。さあ、着いたぞ」


 二人は重厚な雰囲気を放つ扉の前に立っていた。ルームプレートには「第一応接室」と刻まれている。ここがVIP用の応接室だった。

 代表して冬馬がコンコンとノックする。

 と、中から「どうぞ」と返事が聞こえてきた。

 冬馬は一度雪姫に目配せしてから、「失礼します」と入室する。


 ――初めて入る応接室は、想像以上に豪華だった。

 大理石の大きな机を挟んで、二つある四人用の茶色い革張りソファー。その下に敷かれた虎の絨毯など、ドラマ以外では初めて見る代物だ。いかにもお偉いさん用だな、と間の抜けた感想を抱きながら、冬馬は客人に視線を向け――わずかに驚いた。


 一人だと思っていた客人が二人いたのだ。

 一人は予想通り服部サチエ女史。スレンダーな身体に黒い団服をビシッと着込なした女傑だ。そして、もう一人は――。


「ああ、よく来てくれたね。八剣冬馬君。……おや、そちらのお嬢さんは?」


 それは、威厳漂う重低音の声――。

 冬馬は眼差しを鋭くして、眼前に立つ男を警戒する。

 熊を彷彿させる髭と、百九十センチに届く上背を持つ三十代後半の男。

 団服の上からでも盛り上がった筋肉がはっきりと分かる体格をしている。

 恐らくは、凄まじい数の修羅場を越えてきた武人。


(……とんでもなく強いな……)


 それがこの男に対する冬馬の評価。我知らず雪姫を庇うように立ってしまう。

 すると、眼前の男は困ったような顔で苦笑して、


「いや、八剣君。私は一応敵ではないぞ。流石にその対応はショックだ」


「――え、あ、す、すみません。つい」


「ついって何やねん。ついって」


 男の隣に立っていたサチエが、ぷくくと笑っている。冬馬としては赤面するだけだ。

 その時、置いてけぼりをくらっていた雪姫が、


「……唐突な訪問、申し訳ありません。私は《2のA》に所属する柄森雪姫と申します」


「ふむ。柄森君かね。……まあ、立ち話もなんだ。二人とも座ろうじゃないか」


 着席を促され、冬馬達はソファーに身を預ける。見た目に反して意外と柔らかい。

 二人が座るのを見届けてから、男も向かいのソファーに身を沈めた。

 最後にサチエが、男の背後に直立不動で待機する。

 全員がそれぞれの位置に着いたところで、男がにこやかに話を切り出した。


「さて、まずは自己紹介といきたいところなのだが、その前に柄森君。見たところ白服生のようだが、何故、君がここに?」


 それは当然の質問だった。

 本来呼ばれたのは冬馬だけ。雪姫は完全な部外者だ。


(……う~ん。さて、どんな言い訳をしようかな)


 と、冬馬が内心で唸っていたら、


「――重ねてもう一度。唐突な訪問、申し訳ありません。ですが、私が今日ここに参じたのには理由があります」


 涼やかな声で雪姫が告げる。男は興味深そうに少女を見つめた。


「……ほう、理由か。教えてもらえるかね」


 雪姫はこくんと頷き、


「はい。まず、私はここにいる八剣訓練生とチームを組んでいます。そして、その関係で彼が三日前、ある事件に巻き込まれたのも知っています」


(ゆ、雪姫! なんてストレートに言うんだよ!)


 雪姫の話す内容に冬馬は激しく動揺する。

 そして、恐る恐るサチエの方に視線を向けると、


 ――何しゃべっとんねん、ワレ。


 地獄の鬼が、再びこの世に顕現していた。


(お、鬼がいるううゥ! ゆ、雪姫、どうか、どうかフォローを――ッ)


 心の中で少女に懇願する冬馬。すると、その願いが届いたのか、


「C級幻想種との戦闘。彼が機密と言うため、それ以上は聞いておりません」


(ナ、ナイスフォローだ! 雪姫、愛しているぞ!)


 少女が聞けば大喜びしそうなことを、冬馬は心の中で絶叫する。

 サチエの表情から少しだけ険がとれていた。雪姫の「理由」はさらに続く。


「――機密。確かにそれは重要でしょう。ですが、今回はC級が複数相手という、学生レベルには荷が勝ちすぎる状況です」


「……ふむ。確かに、その通りだな」


「はい。それに私はチームリーダーでもあります。八剣訓練生は私の学友であり部下なのです。ゆえに、私には彼が命の危機に晒された状況を詳細に知る義務があります」


 そして、男の瞳を真直ぐ見据えて彼女は請う。


「どうか、私がこの場に参加することをお許し頂けませんか?」


 最後まで凛とした雰囲気を崩さない少女に、男は素直に感嘆した。


(……なるほど。自分の部下を危険に晒したのだから、自分に筋を通せということか。ふふっ、まあ、どうも理由はそれだけではなさそうだが……)


 彼は瞳を閉じて少女の嘆願を検討する。そして、


「……いいだろう。秘密厳守を条件に、君の参加を認めよう」


「ありがとうございます」


 雪姫は深々と頭を下げた。すると、サチエがにんまりと笑い、


「う~ん。これは、中々将来有望そうな人材やないですか。ねえ、高崎隊長」


「――ふふ、そうだな。今2年生ということは、神奈川支部うちにくるとしても、あと四年は先か。これは待ち遠しいな」


 男も笑みを浮かべて答える。年長者二人に賞賛され、雪姫は頬を赤く染めた。


「ふふ、まあ、それは楽しみに待つとして、と。それではそろそろ本題に入ろうか」


 表情を引き締め、男は開始を告げる。


「では、私達の自己紹介からしておこう。まず後ろにいる女性。彼女の名は服部君といって神奈川支部の戦闘班総隊長を務める者だ。私の十年来の友人でもある」


「服部サチエ。PGC神奈川支部所属の一級迎撃士や。よろしゅうな。お嬢に冬馬君」


 バッと敬礼し、猫のような笑みを浮かべるサチエ。

 つられて冬馬達も笑みで返した。


「さて、次に私だが……。私の名は高崎重悟。PGC神奈川支部の支部長を務める者だ」


「し、支部長!?」


 冬馬は目を見開く。まさか、そこまで大物だったとは……。

 すると、その時、雪姫が驚愕の声を上げた。


「た、高崎重悟って……。も、もしかして、あの《豪槍鬼》の!?」


「……はは、一応そうなんだが、どうも私はその二つ名というのが照れ臭くてね」


 と、重悟が頬をかいて苦笑する。その様子に、冬馬は眉をひそめた。


「……? なあ、雪姫。その《豪槍鬼》って何なんだ?」


「えっ」


 冬馬の問いに、一瞬、雪姫が唖然とした呟きをもらす。

 ――が、すぐに目を見開いて、


「ちょ、と、冬馬! あなた、《豪槍鬼》知らないの! 当代三強の一人じゃない!」


「……東大の三強?」


「それすら知らないの!? いくら座学が最下位でもそれはないでしょう!」


 はあっと大きな溜息をつきつつ、雪姫が言う。


「あのね、当代三強ってのは、ここ二十年内における最強の三人のことをいうのよ」


 そして、重悟とサチエに「少しお時間よろしいですか」と断りを入れて、


「一人目は《鉄鎚王》上代洸氏。双鎚の使い手で、その一撃は大岩さえ砕くというわ」


「へえ~、すっげえ怪力なんだな」


「……まったくあなたは……。で、二人目はここにいらっしゃる《豪槍鬼》高崎重悟氏よ。剛槍の使い手で《首都血戦》ではその槍の投擲でリンドブルムさえ落としたそうよ」


 雪姫が語る内容に、初めて冬馬は動揺を見せた。


「へ? マ、マジで! バリスタとかじゃなくて? リンドブルムって全長八メートルぐらいあんだぞ! それを槍で落としたのか!」


 そして思わず重悟を凝視する冬馬。


「……まあ、大したことではないよ。実際は墜落させた後の死闘の方が辛かったしな」


 と、暗い瞳で重悟は語る。恐らく当時のことを思い出しているのだろう。

 そんな上司の心情を察したサチエは、


「ああッ、もう! 暗い話はあかんて! じゃあ、うちが三強最後の一人を教えたるわ」


 そう宣言してから、ううんと喉を鳴らし、


「最後の一人はな、実は名前が不明やねん。通り名は《刀神》。武器は刀で、小兵の男ってことしか分かってへん。ただ、その剣技は超絶的なもんやったらしい」


 と、しとやかな胸をドンと張ってそう告げる。

 すると、何故か冬馬が少し嫌悪感の混じった表情を浮かべた。

 刀を持った小兵の男という内容から、とある人物を連想してしまったからだ。

 不意によぎった可能性に、思わず冬馬がしかめっ面を浮かべていると、


「……いや、服部君。私は知っているよ。《刀神》の名前を」


 重悟がぼそりとそう告げた。他の三人の視線が自然と集まった。


「へっ? 高崎隊長って《刀神》と会うたことがあったんですか?」


 少し驚いた口調で尋ねるサチエ。それに雪姫も続く。


「一体どのような方だったんですか、《刀神》とは」


 雪姫自身も刀使いのため、かなり興味を引く内容だった。

 若干テンションの高い女性陣二人に、う~むと唸りつつ重悟は答える。


「……確かに私は戦場で何度か彼と出会い、一応知り合いではあるんだが、しかし、彼の人となりを語るには――」


 そこで、一人沈黙していた冬馬の方へと視線を向け、


「私よりも君の方がずっと詳しいだろう。違うかね、八剣君」


 唐突な重悟の指摘に、冬馬は苦虫を噛み潰したような顔をした。

 どうやら嫌な予感は見事に的中したらしい。

 そして、冬馬は深々と溜息をつき、


「はあ……やっぱ、そういうことなんですか……」


「まあ、多分君の想像通りだよ」


 何やら通じ合う男性陣二人。


「……冬馬? なんで冬馬が……?」


「どういうことなんですか? 高崎隊長」


 首を傾げる女性陣二人。

 すると冬馬は重悟に対し、右手で何かを押しつけるような仕草をした。

 ――ここはおまかせします。

 そんな逃げ腰な少年の態度に、重悟は苦笑しつつ、


「仕方がないな。では、私からネタばらしをしよう。《刀神》……彼の名前は八剣右京。かつて悪鬼と呼ばれた者達の末裔――八剣一族の第三十一代目宗主だ」


 そして肩をすくめながら、冬馬に確認する。


「これでいいかな? 八剣冬馬君」

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