第20話 解き放たれし黒の門③

 時は過ぎて、四十三日後。

 トイレでひとしきり胃の中のものを吐いた後、


「……け、結局、《L》って、ラノベの《L》だったんだな……」


 目元に濃い隈をこさえた冬馬は、よろめきつつも《Cの間》の前に立っていた。

 あの無間地獄のような《Lの間》を。

 最難関と恐れられる悪夢の部屋を、彼は遂に突破したのである。

 そして今、次なる地獄門を開こうとしていた。


「……《Cの間》。多分この頭文字イニシャルは……」


 ――カチャリ。

 冬馬は、恐る恐るドアを開けた。


「うわあ……やっぱりまた本かよ……」


 その部屋の構造は《Lの間》と全く同じものだった。

 壁三面にスライド式の書棚があるのも同じだ。本自体はかなり薄そうだが、書棚を埋め尽くしている事には変わりない。

 冬馬は書棚から一冊の本をおもむろに手に取り、


「ッ! 予想通り、コミック……漫画だったのか……」


 第二の門――《Cの間》。

 そこは、おぞましき漫画地獄であった――。



 

 さて。ここで一度 《だんまく無双フィオナちゃん》の概要を説明しよう。


 この作品は一言でいえば、勧善懲悪を主題にした王道作品である。

《銃神》から授かった回転式機関銃 《りんぐ》を手に、ヒロイン 《フィオナ=ブロッサム》が世界の敵 《幻霊種ファントム》を、ズガガッと蹴散らす痛快無双の娯楽作品。

 相棒であり恋人の《ライオット=オーガス》との悲恋も本作品の見どころだ。


 ……ある意味、作者の潔さが際立つ作品とも言える。

 ともあれ、ここで着目したいのは《ライオット=オーガス》のことだ。

 恐らく《はやて》における《鬼童院コウハ》をベースにしているであろうこのキャラは、黒い拘束衣のようなコートを身に纏う、神速の抜き打ちを得意とするガンマンである。


 先の《Lの間》は、主に《フィオナ》の物語だった。

 だが、この《Cの間》は、どうやら《ライオット》を主人公とした外伝らしい。




「とりあえず、これが外伝っぽいのは分かったが……」


 表紙に《Cの①》と記入された本を開き、冬馬は眉をしかめていた。


「……一体、どいつが《ライオット》なんだ?」


 冬馬が開いた最初のページ。そこには非常によく似た六人のキャラがいた。

 全員が黒ずくめな上、目が異様にデカく、その瞳の中には何やら星が入っている。

 よく見れば微細な差もあるが、冬馬にはまるで区別がつかなかった。


「……アイリーンさん……。これは多分、ベタ以外の技法を知らないな……」


 何にせよこのままでは進まない。冬馬はとりあえず一番人間っぽいキャラを《ライオット》に見立てて、ページを進めることにした。

 まあ、漫画はどんなに酷い画でも、難解かつ膨大な文字の羅列ラノベよりはマシだろう。


 冬馬はそう楽観していた。

 ――次のページで何の脈絡なく《ライオット》が殺されるまでは。


「なんで!? こいつ主人公じゃなかったのか!?」


 冬馬は《ライオット》を殺したキャラを凝視する。

 こいつが本物ライオットなのだろうか? 

 どう見ても腕が四本あるのだが……。


「ッ! そうか! 《ライオット》は神速のガンマン! 残りの腕は残像か!」


 一応納得する冬馬。それに、幸運なことに突破口も見つけた。


「台詞の吹き出しだ! キャラが同じに見えても、吹き出しを見れば誰だか分かる!」


 キャラさえ判別できればこちらのものだ!

 ――が、それも甘い考えだった。どうもアイリーンは、無言の戦闘にこだわりでも持っているのか、戦闘シーンでは、どのキャラも滅多にしゃべらないのだ。

 結果、冬馬は読んでいる最中に、いるはずの主人公を見失うという稀有な経験をした。

 そしてそれ以降、戦闘の度に主人公は行方不明となり――……。


「やめてくれ、もうやめてくれよぉ。何回 《ライオット》が死ぬんだよぉ」


 またしても、《ライオット》だと思っていたキャラが死んだ……。

 話は少し変わるが、漫画とはそれなりに感情移入するものである。

 その上、冬馬は非常に感情移入しやすいタイプの人間だった。

 実は冬馬は「フランダースの犬」を読んで、ネロの死に絶叫したことがある。

 だからこそ、主人公だと思っていたキャラが、ぽんぽん死ぬのは結構辛いのだ。

 しかし、それでもめげずに頑張って読み進めていると、


「……? 何だ? なんか絵柄が変になってきている……?」


 上手くなるのならともかく、アイリーンの絵は何故か少しずつ歪になってきていた。特に目の描写が酷い。徐々に全員の瞳が拡張され、中の星がどんどん増量されているのだ。

 今ではまるで銀河ようだった。

 もはや、何かしらの瞳力を発揮しそうである。

 しかも、この歪な変化がさらにキャラを判別しにくくさせ……。


「うわああああ! また《ライオット》が死んだああああああッ!」


 冬馬の絶叫が、虚しく響く――……。

 余談ではあるが、この章に出てきたラスボスは「銀河眼だってばよ!」と叫んで目からビームを出した。

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