第四章 其は神威を略奪せしモノ

第12話 其は神威を略奪せしモノ①

 PGC神奈川支部。

 神奈川県・逆薙市第一区にあるその施設は、約四千人にのぼる団員で構成された、西日本の大阪新本部と並ぶ国内最大の防衛拠点である。

 そんな重要施設の支部長室で、彼女は一人暇を持て余していた。


 冬馬が求めてやまない少女――フィオナ=メルザリオ、その人である。


 彼女はお気に入りの白いプリッツスカートと、もこもこのセーターで身を包み、支部長室の客人用ソファーに身を沈めて、足をパタパタとさせていた。


(……義兄さんと、サチエさん、遅い、です)


 支部長である義兄と、姉の親友は未だ帰ってこない。

 こんなことならやっぱりついていけば良かった、と少しだけ後悔する。


(クロさんまだかな。クロさんまだかな。クロさんまだかな……)


 さっきから頭の中は、ずっとそればかりだった。

 ――クロさん。三日前に出会った少年に、フィオナが勝手に付けた愛称である。

 自分を助けてくれた、すっごく強くてカッコいい人。


(まるで《ライオット=オーガス》みたいだった、です……)


 えへへっと笑い、彼女の知る英雄と、あの少年の姿をつい重ね合わせてしまう。

 そして同時に、あの時の状況も思い出し、わずかに頬を染める。


(あうぅ……お姉ちゃんとサチエさん以外の人に、初めてギュッとされました)


 柔らかいソファーに顔を深く埋めて、バタバタと足を激しく動かす。

 あの少年の横顔を思い出すと、何故か落ち着かなかった。

 そわそわしてじっとしていられない。


(……この気持ちは、あの時、すぐに助けに入らなかったせい、ですか?)


 よく分からない感情から、何となくそんな風に考える。

 実はあの日、冬馬の戦う姿を、フィオナはほとんど最初から見ていた。

 義兄にも匹敵しそうな見事な技量。

 彼の雄姿に見惚れ、助けに入るのを忘れてしまったほどだ。

 その時、彼女は少年の姿に、自分が憧れてやまないヒーローの面影を見た気がした。

 だからこそ、あの少年を連れて来て欲しいと、義兄に頼み込んだのである。

 彼女の願いを、義兄――と姉の親友は、渋々ながらも了承してくれた。

 丁度今、二人が少年を迎えに行ってくれているはず。


 この三日間、彼に再会できることを本当に楽しみにしていた。

 自分と友達になってくれたらいいな、と思っていた。

 そして、出来ることなら――。


(……一緒に戦って欲しいの、です)


 そう願いながら、フィオナは《PKT》から白銀の回転式機関銃を取り出す。

 少女はその六銃身を、両手でギュウッと抱きしめた。


 ――この銃、《スプラッシュ》は特別製だった。

 本来、回転式機関銃の携帯化は無茶以外なんでもない。

 重量・反動から本来は固定されて使われる銃器だ。しかし、この《スプラッシュ》は、姉の「カッコいいから」の一言で開発され、総重量は九キロまでに軽量化し、反動も限界まで落とした代物らしい。


 が、それでも少女が使うには辛く、最初の頃は撃つ度に反動で吹き飛ばされていた。

 今でこそどうにか十秒までなら反動にも耐えられるようになったが、そこまでなるのには半年近くもかかり、その期間、少女の体は生傷だらけになっていた。


(……とても辛かった、です。……だけど、お姉ちゃん。私、頑張りました)


 そこまでしてフィオナが、この銃にこだわるのには理由がある。

 この銃は、言わば姉の《形見》の一つなのだ。

 フィオナの姉は《首都血戦》で死んだ。事実上、死と同じ結末を迎えた。

 その事実を聞いた時、フィオナは泣きながら義兄を責めた。

 大きな体を屈めて、フィオナに姉の最期を語る義兄の頬を何度も何度も叩いた。

 泣き疲れて意識を失うまで叩き続けた。


 そして、目を覚ました時――ひどく後悔した。


 義兄は心から姉を愛していた。姉を失って彼が辛くないはずなどないのに。

 そのことを恐る恐る謝ったら、義兄は笑って許してくれた。


『フィオ。俺はあいつを守れなかった。責められて当然だ。お前が気にしなくていい』


 義兄はフィオナの髪をくしゃくしゃと撫でると、


『いいか、フィオ。俺は数日以内にイタリアへ跳ぶ。もし、あいつが成功していれば、フィオの生家にはきっと何かしらの石碑か、資料が存在しているはずだ』


 そう告げて、義兄はイタリアに跳んだ。そして数日後――。


『……見つかった。見つかったよフィオ。あいつは、アイリーンは成功したんだ……』


 義兄は大粒の涙を流しながら、何度も姉の名を呼んでいた。

 その姿を見て、フィオナは改めて義兄が姉を愛していたことを知った。

 そして、その時から義兄は、姉の残した軌跡を現実のものにするために奔走し、フィオナ自身の努力もあり、ようやく第一歩まで辿り着けたのだ。


(……けど、本当にまだ第一歩なの、です。今はまだ、私一人しかいないの、です)


 状況は非常に厳しい。未だ銃を使える成功例は――フィオナただ一人。

 超一級の技量を持つ義兄や、姉の親友でさえ無理だったのだ。


 だが、それでも思う。

《ライオット》の面影を持つあの少年ならば、もしくは――。


 そんな淡い期待を抱きながら、フィオナは強く《スプラッシュ》を抱きしめた。


(クロさんまだかな。クロさんまだかな。クロさんまだかな……)


 そして、少女は、少年の来訪を待ち望む――……。

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