第七章 死闘
第28話 死闘①
車両のシートに座り、雪姫は一人悩んでいた。
思い浮かべるのは、勿論あの少年のことである。
(……ふゆ君……。急用って何なの……? 一体何があったの……?)
突然の冬馬の離脱。あの少年に限って敵前逃亡などあり得ない。
ならば、何かしらの緊急事態が起きた、と考えるのが自然だった。
一体何があったのか。言い知れぬ不安だけが募る。何度息を吐いても心が一向に落ち着かない。出来ることなら、今すぐ車を降りて冬馬の後を追いたかった。
――ただ、彼の顔が見たかった。
(……大丈夫だよね、ふゆ君。また会えるよね……)
と、そんな風に、雪姫が不安に胸を痛めていたら、
「……大丈夫っすか。顔色悪いっすけど」
「えっ」
不意に声をかけられ、雪姫は瞳をぱちくりと瞬いた。
「体調が悪いなら無理はしない方がいいっすよ。なんなら、どこかで降りても……」
「あっ、い、いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
雪姫に声をかけてきたのは、彼女の向かい側に座るプロレスラーのような巨漢の青年だった。純朴そうな顔立ちの青年は恥ずかし気に頭をかき、
「いや、大丈夫ならいいっす。あ、自分、山崎と言うんっす」
と、挨拶してきた。
年長者に先に自己紹介され、慌てて雪姫が何か言おうとすると、
「――おっ、何だ山崎。もう自己紹介が済んだのか?」
青年の隣に座る口髭を生やした三十代の男性まで会話に入ってきた。
その男性は、困惑する雪姫の方へと目をやると、
「これは初めまして。お嬢さん。私は第十三班隊長・岡倉と申します」
そう告げて、実に礼儀正しく頭を下げてきた。
生真面目な雪姫は動揺した。
――これはいけない。ちゃんとした挨拶を返さねば。
「いえ、こちらこそ初めまして。申し遅れました。私は柄森雪姫と――」
と、言いかけたその時、
「隊長オオォ! それに山崎ィィ! お前なに抜け駆けしてんだよ!」
「そうだぞ! ちくしょうめ! 俺が真っ先に声をかけようと思ってたのに!」
「山崎! てめえ、人畜無害っぽい顔して、なんて手が早いんだ!」
と、いきなり騒がしくなる車内。思わず雪姫が目を丸くしていると、
「あ~~やかましいわッ! 黙れアホども!」
サチエの呆れ果てた感のする怒号が場を静めた。
それから車内の男衆を順に見やり、
「けどまあ、丁度ええか。お嬢に紹介しとくわ。ここにおんのは十三班所属の連中。右側から山崎、岡倉、斉藤、阿部、前田や。岡倉が隊長なんは今聞いたよな」
サチエの紹介に、各団員達がはにかみながら頭を下げていく。
「で、左側におんのが大河内、吉永、加賀、堀部。運転席におんのは杉原と中川や。岡倉と山崎は三級迎撃士で、一番若い堀部は六級。他は全員、四級迎撃士や」
一人ずつ順番に指差しながら、サチエは紹介を終えた。
雪姫は頭を下げ、改めて彼らに挨拶をする。
「皆さん初めまして。私は第三PGC訓練校2年生、柄森雪姫と申します」
「「「おおー……」」」
何故か感嘆の声が響く車内。続いて、ひそひそと小声が飛び交った。
「(うおお、マジで可愛いな。今の白服女子って、こんなにレベル高けえの?)」
「(いいなぁ、俺らの訓練校時代の女子なんて筋肉の鎧を着てたもんな)」
「(お近付きになりてえ!)」
「(自分は服部総隊長一筋っす)」
「(え? 山崎さんも総隊長狙いだったんですか! それは困りますよ!)」
「(へえ、山崎も堀部もサっちゃん派か。まあ、サっちゃん、胸は無いけど美人だし、時々高崎支部長相手に見せる乙女チックな反応は結構グッとくるからなぁ)」
「(オイオイ、お前らアホか。そこはフィオちゃん一択だろ。あの子、間違いなくアイリーンさん級に化けるぞ。今から仲良くなっとけば、いずれは光源氏に!)」
「(否! 断じて否! フィオたんは今こそがピークッ!)」
「(……お前らな、支部長に殺されるぞ。ちなみに私の好みは総隊長だ)」
「「「(マジッすか! 岡倉隊長!)」」」
などと話が『雪姫、フィオナ、サチエで誰が好み?』という内容に移行し始めた時、
「……お前ら、一体、何の話をしとるんや?」
サチエの一言で静寂が訪れた。各団員は忙しく目を泳がせている。
サチエはふうと小さく嘆息した後、
「ったく。まあ、ええか。それよりもお嬢。冬馬君のこと心配しとるみたいやけど、きっと大丈夫やって」
と、雪姫を気遣って声をかける。
「そう、ですよ。雪ちゃん。クロさんはすぐ追いつくって言ってました」
雪姫の隣に座るフィオナもそれに続く。さらにサチエが、
「あのボンは高崎隊長によう似とるからな。自分の女を見捨てる男やあらへんよ」
「じ、自分の女って……」
思わず雪姫は顔を赤くして、そのまま俯いてしまう。
そして膝の上でもじもじと指を組み、少しだけ嬉しそうに微笑んでいた。
そんな少女の様子に男衆は――。
(((ちッくしょおおおおおおおおおッ! この子、彼氏持ちか!)))
と、嘆いていた。
が、そんな事には構わず、サチエはにやにやと笑みを浮かべ、
「まあ、きっと冬馬君は、お嬢のピンチの時に颯爽と現れるつもりなんやよ」
と、からかい口調で告げた――その時だった。
――ドンッ!
「「「ッ!」」」
突然車内が大きく揺れた。続けて激しくドリフトし始める。強力な慣性に振り回されるサチエ達。そして横倒しの強烈な衝撃と共に、車体はようやく停止した。
「ぐうぅッ、杉原ぁ! 何しとんねん!」
サチエが無線機を取り、運転手である杉原団員に抗議する――と、
『――ぐッ、す、すみません! けど人が!』
「人? お前、まさか、逃げ遅れた人間をはねたんかい!」
『ち、違います! 飛び出してきた人間に、こっちがはねられたんです!』
「……はあ? どういう意味や?」
『で、ですから、突然、人が車道に飛び出したと思ったら、いきなり発光して……』
「……人が、発光した、やと」
サチエの眼差しが一気に鋭くなった。バッと振り向き全員に告げる。
「総員戦闘準備! 敵は恐らくワーウルフや! 人に化けて待ち伏せしおった!」
「「「ッ!」」」
一瞬、目を見開く団員達。
――が、流石は歴戦の猛者達だけあって、団員達はすぐさま動揺から立ち直ると、ドアに最も近い堀部団員が取っ手を取り力任せにこじ開ける。
そして目にした車道の光景に、サチエが思わず舌打ちした。
「――ッ! チイ! なんちゅう数や!」
他の団員も全員、表情を険しくしている。
雪姫とフィオナに至っては顔色が真っ青だ。
眼前に映るのは、装甲車を囲って陣取るワーウルフの群れ。
その数、およそ百五十体――。それはあまりにも絶望的な数だった。
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