第13話 其は神威を略奪せしモノ②

「アイリーン=メルザリオ……?」


 首を傾げる冬馬に、重悟は厳かに頷き、


「……そうだ。フィオの実姉であり、《PKT》を開発した天才科学者。そして――」


 哀しみを宿した瞳で、彼は言う。


「《首都血戦》で行方不明となった――私の、婚約者だ」


 男の放つ雰囲気に冬馬と雪姫は何も言えず、サチエは辛そうに目を伏せた。

 すると、重悟は申し訳なさそうに笑みを浮かべ、


「……すまない、暗くなったか。とりあえず話を進めよう」


 と言って、本題に入った。


「事の始まりは七年前――。PGC東京本部が、ある計画のためにアイリーンを招き入れたことからすべては始まった」


「……ある計画、ですか?」


 雪姫の問いに、重悟はうむと頷く。


「それは――幻想種の正体を探り、奴らへの対抗手段を編み出すというものだった」


「……それって、世界各国で競ってやってることじゃないんですか?」


 今度は冬馬の質問。それにはサチエが答えた。


「うん。その通りや。けど、正直どの国も行き詰まっとる。だからこそのアイリーンやったんや。あいつ、頭は無茶苦茶ええくせに、えらい変人やったからな」


「へ、変人っすか……?」


 と、頬を引きつらせる冬馬。

 口には出さないが、雪姫も同様の表情を浮かべていた。

 すると、重悟がやや弱々しい笑みを浮かべ、


「……まあ、アイリーンが変人だったかどうかは置いとくとして。ともあれ、本部はアイリーンの一風変わった着眼点に期待したのだよ」


 大理石の机に両肘をついて手を組み、重悟は言葉を続ける。


「彼女の着目したこと。それは、幻想種が神話上の怪物であるということだった」


 首を傾げた雪姫が、おずおずと手を挙げた。


「あの……、それは今や常識なのでは? 着眼点としては新しくないような……」


「ああ、当然この話には続きある。……ふむ。そうだな、柄森君。君はゲームに詳しいかね?」


 突然脈略のない質問をしてくる重悟に、雪姫は目をぱちぱちとさせて、


「……え? ゲームですか? 少しは知っていますが……」


「……うむ。では、GJスタジオ社が手がけたRPGをやったことはあるかね?」


 戦国武将のような風貌の重悟の口から、まるで似合わない単語が出てきた。


「え、え? GJスタジオ社のRPGですか? 一応やったことはありますけど……」


 困惑しながらも、雪姫は正直に答える。――と、冬馬が小声で耳打ちしてきた。


(なあ、GJスタジオ社って何だ?)


 雪姫も小声で返す。


(アニメやゲームの製作会社のこと。《はやて》を製作したのもそこなの)


(へえ、そうなんだ。けど、なんで高崎支部長が、そんなこと今話すんだ?)


(分からないわ。本社が東京にあったせいで、もう潰れている会社だし)


 ほとんど読唇術に近いレベルで会話をする冬馬と雪姫。

 しかし、そんな彼らの困惑をよそに、重悟はそのまま話を続ける。


「ふむ。知っているのなら話が早い。あの会社の作品は神話をモチーフにしたものが多いからな。だから、登場する武器も神話からとってきたものが多いんだ」


 そして、冬馬と雪姫を交互に見つめ、


「どうやら冬馬君よりも、柄森君の方が詳しそうだな。柄森君。君の方に質問させてもらおうと思うが、いいかね?」


「え、ええ、構いませんが……」


 雪姫の返事に重悟は頷き、質問を開始する。


「では、柄森君。すぐに思いつく伝説の剣を言ってみてくれ」


「は?」


 重悟の質問に雪姫は勿論、冬馬も困惑した。

 重悟の後ろに立つサチエは「ああ、そう入るんか」と呟いている。


(……もしかして、心理テストなのかな?)


 と、疑問に感じたが、雪姫は素直に答えることにした。


「えっと、エクスカリバーとか」


「はは、やはりそれが真っ先に挙がるか。……では、伝説の槍は?」


 またか、と思いながらも、


「ブリューナクとか、ゲイ・ボルグとかですか」


「うむ。では刀は?」


「祢々切丸」


「弓は?」


「アルテミスの弓」


「中々博識だな。……そうだな、ではいよいよ本題を出そうか」


 雪姫、そして冬馬の顔に少し緊張が走る。

 そんな二人の様子に、重悟も重々しく頷き、


「では訊こう。神話の中にある伝説の銃といえば、何が思い浮かぶ?」


「……銃、ですか?」


 雪姫はあごに人差し指を当て、


「狼男の銀の弾丸、とか」


 重悟がははっと笑う。


「それは映画の創作だよ。神話ではない」


 否定されてしまった。再度、雪姫は眉を寄せて考える。いくつか候補は思いつくが、どれも銃と呼ぶにはしっくりこない……。

 むむむ、と雪姫が頭を悩ませていると、


「ふむ。どうやら悩んでいるようだね。なら、もっと分かりやすい質問に変えよう」


 そして、重悟は改めて問う。


「――神話に名を残す、そんなロケットランチャーを君は知っているか?」


 一瞬の間が空いた。思わず雪姫と冬馬は目を丸くする。

 ――一体何なんだ、その馬鹿げた質問は……?


「ある訳ないでしょう、そんなもの。ふざけてるんすか」


 険悪な視線で冬馬は重悟を睨みつけた。こちらは真剣なのである。


「その質問に一体どんな意味があるんです?」


 思わず苛立ちから、ギリと歯を鳴らしてしまう――と、


「あの、何か意味があるんですよね。そろそろ教えて頂けませんか?」


 冬馬の不機嫌を察した雪姫が、重悟にそう懇願した。

 大切な少女の不安を宿した声に、冬馬は少しだけ冷静さを取り戻す。


(……ちょっと焦りすぎたか。ダメだな、少し力を抜かないと……)


 そして、一度大きく息を吐き、


「そうっすよ。もったいぶらずに教えて下さい。今の質問は、さっきの話に出てきたメルザリオ博士と、何か関係のあることなんですか?」


 落ちついた声で冬馬は尋ねる。すると重悟は目を細めて、


「ああ、勿論だ。アイリーンが着目したのは、要するに神話そのものなんだよ」


 と、意味深な言葉を告げる。冬馬は眉根を寄せて再度尋ねた。


「神話そのものですか?」


「――うむ。アイリーンは本部の開発室に着任して早々に、世界中の神話、伝承、伝説などをかき集めて調査をした。……そして、気付いたのだ」


「何にでしょうか?」


 と、今度は雪姫が問う。重悟は真剣な瞳で答えた。


「世界中の神話――そのどこにも、《近代兵器》に関する記載がないことに、だ」


「「……はあ?」」


 思わず間抜けな声を上げてしまう冬馬と雪姫。

 ……この人は真面目に話す気がないのだろうか?

 もはや不満を隠すことも出来ず、冬馬が文句を言おうとしたら、


「――えっ、う、うそ、まさかそういうことなの……? だとしたら――と、冬馬! 私分かったかも! アイリーンさんが一体何に気付いたのか!」


 やけに興奮した雪姫に肩を揺さぶられて、遮られてしまった。


「な、何が分かったんだよ、雪姫」


「要は神話なのよ! まさか幻想種に銃が効かない理由が、そんなことだったなんて!」


「ちょ、ちょっと落ちつけ雪姫! どう、どうどう」


「私は馬じゃない――って、もう聞いてよ! 簡単な話だったのよ。結局、幻想種は本当に神話の中の住人だったってことなの。えっと、要するに奴らは――」


 そして、少女は世界の真理を語る。


「神話の中の怪物だから、神話に記載されている武器しか効かないの! だから、銃を始めとする近代兵器が通じなかったのよ!」

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