第5話 銃の少女②
神奈川県の新都市――逆薙市は、防衛都市と呼ばれる特殊な都市である。
今から三十年前のこと。
日本の熊本県は、幻想種の手に落ち《神域帰化》された。
その際、政府は《神域》との境界に幾重もの鉄条網や多数の監視棟を設置し、隣接する地域を隔離。防衛区と呼称して幻想種を迎撃する対策を行った。
さらに、防衛区は管理しやすいように十八区に分けられ、その数年後には一都市として再編されることになった。以降それは慣例となる。
すなわち《神域》が生まれる度に隣接する地域を十八区に分割し、防衛目的の都市として再編・運用するのが、この国の政策なのである。
とは言え、防衛都市はあくまで市境や区境を再編しただけで、構造自体は一般都市と変わらない。大きな違いがあるとすれば、《神域》を囲む鉄条網と監視棟の設置。住民にPGC関係者が多いこと。一ヶ月に一度、全住民に避難訓練が義務化されていること。
そして、何より各種税率が異常に安いことだろうか。狭い日本では土地を遊ばせる余裕がない。これはゴーストタウン化を防ぐための苦肉の政策だった。
が、その政策は意外と上手く作用し、さらに幻想種が現れない限り治安も良好なため、防衛都市・逆薙市は、思いのほか住みやすい街として発展していくのであった。
そして、そんな逆薙市の第三区にあるショッピングモールにて――。
「う~ん、今日も平和だなあ~」
簡易戦闘服でもあるいつもの制服を着た八剣冬馬は、一人呑気にそう呟いていた。
時刻は午後四時過ぎ。十一月初旬の晴天。少しばかり肌寒い気がする日。
寒さを堪えて、ちらりと周りを見渡せば、ショッピングを楽しむ女子高生達や、親子連れらしい主婦と子供の姿が見えた。全くもって穏やかな光景だ。
(まあ、それも当然かな。なにせ今は《
平和な光景に、冬馬は柔らかな眼差しを向けた。
四十年に渡る幻想種と戦い――。その中でいくつか判明した事実がある。
その一つが《緩戦期》だった。
幻想種との原始的な戦いにおいて、数の力の影響は大きい。当然の如く幻想種の総数には誰もが着目した。要はいかにして幻想種が繁殖しているのか、だ。
幾度もの調査の結果、分かったのは、幻想種には生殖機能はなく、すべての幻想種は《森神の苗》が成長した大樹より《果実》として産み落とされていることだった。
大樹の《果実》が熟すまでの期間は約五年。
その期間を《緩戦期》と呼ぶのだ。
幻想種も馬鹿ではない。
特に上位種は高い知能を持つため、数の力は幻想種も重要視していた。だからこそ、戦力が充実するまでは大がかりな侵攻は控える傾向にあった。
戦闘が緩やかになる期間。ゆえに《緩戦期》だ。
そして、それは人類にとって安らぎの期間でもあった。
この期間があればこそ、本来殺伐となるはずの防衛都市にも、活気と安寧を呼びこむことになったのである。
(あの忌まわしい《首都血戦》から三年……。次の《血戦》までまだ二年はあるしな。しばらくは小競り合い程度だし、防衛都市といっても平和になるか)
出来ればこの平和は長く続いて欲しいと、あの地獄を知る冬馬は切に願う。
――そう。彼は《首都血戦》の生存者。
一般的に東京難民と呼ばれる人間だった。
三年前。すでに《神域帰化》された、かつての国土である熊本、鹿児島、山口、広島、沖縄の五県から、突如奇襲を仕掛けてきた幻想種――。
まさか海中深くを経由して、遠く離れた首都を、総力を以て襲撃してくるとは夢にも思わず、瞬く間に首都は蹂躙され陥落した。それが通称 《首都血戦》である。
大混乱の中、幻想種の大軍は人間には目もくれず、まずは東京全域を囲うように陣取った。交通機関などの逃走ルートを潰すのも抜かりない。完全に殲滅目的の布陣だった。
そして、大虐殺が始まった。
東京という檻に閉じこめられた人々は、大地を覆う数百万の怪物の群れと、天空に君臨する数百体の巨大なB級幻想種・リンドブルムの火球から逃れることが出来ず、次々と命を散らしていった。無論、人類も必死に抵抗したが、戦力があまりにも不足していた。当時、主力級の迎撃士のほとんどは、次の主戦場になると予測されていた《神域》付近の各都市に配備されており、東京には不在だったのだ。
あの戦いで生き残った人間は約二百五十万人。
千三百万人の内、たったそれだけだ。
そうして命からがら逃げのびた生存者は、各都道府県に保護されることになった。
その時、失意のどん底にいた冬馬もまた同じく保護されることになり――。
そこで彼は運命の出会いをする。
――柄森一家。
冬馬の視点からすれば、彼らは突然現れた親類だった。自分の血族の異常さを考えれば怪訝な事この上ない連中だ。しかし、他に行くあてもなく、生きる気力もすでに失っていた冬馬は、正直どうでもいいと考え、柄森家に引き取られることにした。
かくして、彼の生活は激変する。
柄森徹矢は厳しくも優しい父。柄森桜子は陽気でお茶目な母。
本当に自分の血族なのか、疑わしくなるほどの穏やか人達。
悪鬼のような実父しか知らない冬馬は、生まれて初めて家族の暖かさを知った。
そして、柄森雪姫。
彼女に関しては、すでに家族以上の感情を抱いている。
はっきり言えば惚れていた。
努力家で、実直さと優しさを兼ね揃えた性格も。
獣のように生きてきた冬馬に向けられた暖かな笑顔も。
少し意地悪をしただけで、頬を膨らます愛らしい仕種も。
生まれて初めて心から守りたいと、失いたくないと思った少女。
だから雪姫がPGC訓練校に進学すると言った時、迷わずついていく事にした。
彼女の傍に立ち、彼女を守るために。
しかし、同時に思った。今のままではダメだ、と。
このまま戦場に立てば、近い将来必ずあの怪物が現れる。
にこやかな笑みを浮かべ、気まぐれで自分を見逃したあの男と相まみえることになる。
――何としても、強い力が必要だった。
(そうだ。俺はもう一度、奴と戦わなければならない。雪姫を守るために。けど、それなのに未だ何の活路も見えないなんて……)
ブレザーの裏に仕込んだ固い膨らみに手を触れ、冬馬は深い溜息をつく。
雪姫に何と言われようとも、これを捨てるつもりはなかった。
これは、悩み抜いた上で選んだ自分の《武器》なのだ。
まあ、正直彼女の峰打ちはとても痛いので、心が折れそうな時もあるが……。
「それでも、やめる訳にはいかないんだよ……」
そんな彼の呟きは、風の中に消えていくのだった――……。
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