第3話 銃と少年②

「いいわね、冬馬! この補習は真面目にしてよね!」


「え~、俺はいつも真面目にしてるだろ」


 二〇〇二年、日本に新しい職業が生まれた。

 ――《迎撃士》。幻想種から人々を守るため、剣や槍、そして銃器に至るまで、あらゆる武装が政府より許可された職業である。

 成立初期の頃は、政府の支援で生計を立てていた彼らだったが、いつしか仲間内で互助会を作るようになり、政府とは別の、独自の組織へと発展することになった。


 それが迎撃士の運営組織――PGC(ファントムジーン・カウンター)の起源だ。

 その後、PGCはさらに発展し、今では全国に支部を持つ大組織にまで至っていた。


 そして、二〇〇七年頃、日本の全国各地に、次々と新しい学校が創立された。

 幻想種との戦いに備え、迎撃士を育成するPGC所属の訓練校である。

 そんな訓練校の一つ。

 に隣接するため再編された新都市、逆薙市第二区にある第三PGC訓練校。

 その訓練校が所有するドーム型錬技場に彼ら二人はいた。



「どこが真面目なのよ! いつもいつも、あんなおもちゃを持ち出して!」


 一人は少女。年の頃は十六、七歳。百六十センチほどの小柄な日本人。

 キリッとした眉に、真直ぐ切り揃えた前髪。やや切れ長の瞳を持つ美しい少女だ。

 身に纏うのは白のブレザーと黒のスカート。

 特にブレザーは少女の長く艶やかな黒髪によく似合っている。年齢離れした見事なプロポーションも彼女の魅力の一つだろう。


「おもちゃって何だよ! あれは俺が改造した武器だぞ!」


 もう一人は少年。少女と同じ年頃の日本人。背は少女より十五センチほど高い。

 髪はぼさぼさしているが、顔立ちは整っているので、平均よりは上といった容姿だ。

 彼は痩身の体に、縁取りが白い、黒のブレザーとスラックスを着込んでいた。

 少女のブレザーを、色だけ反転させたデザインである。

 一見するとカップルにも見えるが、二人は険悪な様子で言い争っていた。


「何の役にも立たない以上、おもちゃ以下よ!」


 少女の強烈な皮肉に、少年の頬が引きつる。


「大体、あなたがあんなのにこだわるから、私達のチーム、補習ばかりなんでしょう!」


 今度は痛烈な事実。少年はふらふらと後ずさり、力なくうな垂れた。

 ググッと拳を握りしめ、耐えるように肩を震わせている。

 そんな少年の様子に「少し言い過ぎたかな」と、少女が心配げに近付くと、


 ――パァン!


「きゃあ!」


 いきなり、猫だましをくらった。

 目をぱちくりさせる少女に、少年は意地の悪い笑みを浮かべて、


「はっはー、ひっかかってやんの、雪姫のバーカ! その程度で俺がへこたれるか!」


「~~~ッ! 冬馬~、あなたねえ……」


 怒りで少女は眉を吊り上げる。と、その時、


「……はぁ、まったくお前らときたら……。錬技場はデートスポットじゃないんだぞ。いちゃつくのはそれぐらいにしておけ」


 不意に割り込んできた三人目の声。それは、彼らの担任教師の声だった。

 彼の名は、坂口エリソン。

 筋肉質な体に、グレーのスーツを着込んだ二十代後半の金髪の青年。彫りの深い顔のため、実年齢より老けて見られるのを密かに悩む蒼い瞳の日系アメリカ人だ。

 エリソンは、じゃれ合っているようにしか見えない少年少女に注意する。


「今から何を行うのか分かっているだろう。八剣冬馬やつるぎとうま訓練生、それに柄森雪姫つかもりゆきひめ訓練生」


 担任の厳しい声に、少年――冬馬は表情を引き締め、


「はい。分かっています。エリソン先生」


 続いて、少女――雪姫がこくりと頷き、


「勿論です。これから私達二人は、捕獲したD級幻想種との模擬戦を――いえ、実戦を行います。それは、よく分かっていますが……」


 何故か言葉を濁す雪姫。エリソンが、怪訝な顔で首を傾げていると、


「私と冬馬――八剣訓練生は、いちゃついてなんかいません!」


 頬を赤らめ、いかにも少女らしい反論をしてきた。

 その初々しさに苦笑しつつも、エリソンは少女の怒りを片手で制し、


「あ~、分かった分かった。それよりもよく聞け。今から行う補習だが……お前達にはD級幻想種――ゴブリン三体と戦ってもらう。ゴブリンは最下級の幻想種ではあるが、凶暴性だけは一流だ。心してかかれ!」


 と、厳しい口調で告げる。続けて、冬馬の顔を睨みつけるように凝視し、


「……とは言え、正直、柄森の方はたいして心配していない。恐らく一対三でも問題ないだろう。だが、八剣、お前の方は――」


「ご心配なく! 今日の俺は一味違います! とっておきをお見せしますよ!」


 自信満々に冬馬は言う。が、その態度にエリソンは返って不安を抱いた。

 本当に大丈夫なのか、と思わず眉根を寄せてしまう。


(まあ、柄森は2年白服生の序列三位だし、まず心配ないとは思うが……)


 エリソンは、ちらりと雪姫を一瞥した後、う~むと呻く。

 ちなみに彼の言う白服生とは、実技・座学の総合成績上位十人の生徒のことである。

 各学年に十名ずついる彼らは、その証として一般の黒い制服ではなく、白い制服を着用していた。雪姫と冬馬のブレザーの色が違うのはそのためだ。


 相棒の少女は校内トップクラス。

 少年自身も実技だけならば右に出る者はいない。

 本来ならば、何の心配もいらないコンビなのだが……。


「はあ、お前の場合はなぁ。頼むから、また悪い癖を出すのは勘弁してくれよ」


 冬馬の過去の悪行を思い出し、エリソンは深い溜息をついた。

 すると、雪姫が笑みを浮かべ、


「大丈夫ですよ、エリソン先生。八剣訓練生の《PKTポケット》の中身は、事前に私がサーチしておきましたから。今日、彼はを持っていません」


 少女のその報告に、エリソンは少しばかり驚いた。

 一九九九年以降、幻想種の危機に晒され続ける人類だが、それでも科学技術は確実に発展し、いくつかの新しい文明の利器が誕生していた。


 例えば《SPC》(スモール・パソコン)。

 二十年ほど前まではスマートフォンと呼ばれていたこれは、多機能性を突き詰めた結果、完全に小型PC化してしまい、「電話」の名が消えてしまった。今では「型パソ」の名から、「ココン」の俗称で定着している。


 その他にも自動車などはすでに全車種AIを搭載しており、自動走行機能まである。それを活用してミニバギー型の警邏ロボも普及されているほどだ。

 後は、近未来技術の代名詞のような3DプロジェクターTVなどもある。まあ、これは意外と不評で、昔ながらの液晶TVやブルーレイの方が親しまれていたりするが。


 ともあれ、そんな発達した文明の利器の中でも、特に突出したものがあった。

 それが携帯空間発生装置――《PKTポケット》である。


 見た目はごく普通の腕時計。だが、その機能は驚異的で登録した物体を空間ごと縮小して携帯出来るのだ。十年ほど前、とある天才少女が開発・実用化させた発明品で、今では誰もが持っているまるで魔法のような道具だ。


 音声入力で起動するそのツールには十二のスロットがあり、無機物限定ではあるが、一スロットにつき、総重量二十キロまでなら収容出来る。余談だが、人に知られたくない物を収容することも多いので、別名、秘密ボックスとも呼ばれていた。


 エリソンは腕を組み考える。そう、今や《PKTポケット》の中はプライベートそのものと言ってもいい。

 当然、その中を見られるのは、恋人相手でも嫌がれるものなのだが……。


 一度、ちらりと少年と少女を見やり、


(ふふっ、なるほど。それだけ親しいということか。まあ、それは喜ばしいことだが、確か柄森にはかなり過激な非公式ファンクラブがあったような……)


 しばらく熟考した後、エリソンはいま聞いたことは胸に秘めておくことにした。

 教え子が、他の教え子達に、無残に処刑される姿は見たくはない。


「……ふむ。まあ、確認済みならいいだろう。ではそろそろ始めるぞ。私は上の観戦席で待機する。万が一の場合はすぐに飛び込むが……」


 エリソンが鋭い眼差しで告げる。


「決して私を当てにするな! 戦場では都合よく誰かが助けに来てくれることなどあり得ない! もう一度言うぞ! 心してかかれ!」


「「はいッ!」」


 生徒思いで有名な担任教師の激励に、冬馬と雪姫は敬礼で応える。

 満足げな笑みを浮かべたエリソンは、背を向け錬技場から立ち去って行った。

 再び二人きりになった冬馬達。

 すると雪姫が、


「じゃあ、武器の準備を始めよっか。私はいつも通り刀だけど、冬馬は何にするの?」


「う~ん。そうだなぁ、とりあえずメイスにでもしておこうかな」


 と、適当に答える冬馬に、雪姫はぽつりと呟いた。


「……やっぱり、刀は持ってきてないの……」


「…………」


 冬馬は何も答えない。雪姫は寂しげに視線を落とした。

 これは雪姫しか知らないことだが、冬馬が最も得意とする武器は刀なのである。

 雪姫が刀を使うのも、彼の剣技に憧れてこそだ。

 だというのに、冬馬は二年前の事件以降、何故か一度も刀を抜いたことがない。

 それどころか、その手に持とうともしないのだ。


(……ねえ、冬馬。どうして刀を使わないの? どうして持つことさえ嫌うの?)


 それは、ずっと胸に抱き続けてきた疑問。

 しかし、冬馬の決意を秘めた表情を見る度に、いつも訊くことが出来なかったことだ。

 知らず知らずの内に、雪姫の表情に陰りが差してくる。

 その様子に気付いた冬馬は、気まずげに頬をかき、


「……なあ、雪姫。そろそろ武器を出そうぜ。先生が待ちぼうけするぞ」


 と、話題を切り替える。


「…………そうね」


 雪姫は気持ちを奮い立たせて応えた。


「うん! じゃあ武器を出すね。《PKTポケット》オープン、スロット⑤、コール《十握》!」


 少女の呼び掛けに、左腕につけた腕時計型ツール・《PKTポケット》が応える。

 十二の文字盤の一つ、⑤の数字が輝き、彼女の手の中にズシリと一振りの刀が現れた。

 十字型の柄を持つ長刀。それを鞘から引き抜き、雪姫は愛刀の感触を確かめる。


「よし! こっちは準備できたわ。冬馬は?」


「ああ、俺もいま呼び出したよ」


 そう告げて、くるくると手に持つ棒状の武器を振り回す冬馬。

 雪姫は呆れたように呟いた。


「それ、メイスじゃなくて棍でしょう」


 しかし、そんな指摘を、冬馬は一切気にせずに、


「まっ、いいじゃないか。どのスロットに入れたか忘れたんだよ。わざわざサーチすんのも面倒だし。それよりお前こそ、《十握》ってなんだよ」


「……? この刀の銘よ。今まで知らなかったの? これは日本神話から取った――」


「いや、それってもしかして《はやて》の剣をまねたんじゃないのか?」


 ――ピシリ。

 不意に雪姫が凍りつく。

 そして、ギギギという音が聞こえてきそうな動きで、冬馬の方へ振り向き、


「なななッ、なんで冬馬が《はやてちゃん》を知ってるの!?」


「ん? ああ、二週間ぐらい前に、山田の奴にブルーレイ借りたんだよ」


「え? そ、そうなの……? けど、冬馬、あんなの興味なかったんじゃ……」


 やたらとどもり口調の雪姫。先程からずっと目が泳いでいる。

 冬馬は不思議そうに首を傾げて、


「……? いや、別に興味がなかったんじゃないぞ。漫画やラノベも結構好きだし」


 と、あっけらかんに答える。そして、急に瞳をキラキラさせて、


「けど凄いな! 《けんぷー無双はやてちゃん》! すっげえぬるぬる動くこと! アニメ見たのは二、三作目ぐらいだけど、今までの中で一番凄かったぞ!」


 と、眩しいほどの純粋さで語ってきた。

 その輝きの前に、雪姫は顔を引きつらせる。




 ――《けんぷー無双はやてちゃん》――




 それは、七年前に一大ブームとなった、大人気アニメのことである。


《剣神》から授かった十字刀 《とつか》を手に、ヒロイン 《桜はやて》が世界の敵 《幽霊種ゴースト》を、バッタバッタと斬り伏せていく痛快無双の娯楽作品。

 相棒であり恋人の《鬼童院コウハ》との悲恋も好評だった名作だ。


 その内容から、実は時代に合わせたプロパガンダではないかと疑われた作品でもあったが、七年経ってなお、多くの少年少女に愛されているアニメである。

 あの作品に感化され、PGC訓練校に入学した訓練生も少なくはない。

 かくいう雪姫も、実はその一人であるのだが……。


(な、なんで冬馬が今更そんなものを見るのよ。――ハッ! ま、まさか、私が未だ《はやてちゃん》にどっぷりハマっているのがばれたんじゃ……)


 彼女は、重度の《はやて》オタクだった。


(ど、どうしよう。私にもイメージがあるし、もし、こんなことが知れ渡ったら――)


 同時に彼女は、体裁を気にする隠れオタクでもあった。

 相手が冬馬だったため、うっかり答えてしまったが、今の今まで徹底的に隠し続け、校内で《はやて》について語ったことなど一度もない。とても努力し隠してきたのだ。

 だというのに、まさかこんなところで露見しようとは。


(どうしよう、どうしよう、どうしよう)


 雪姫は、完全にパニックを起こしていた。


(い、一体どうすればいいの? どうすれば――)


 と、悩みに悩んだ末、彼女は閃いた。


(そ、そうだ! 元凶を、元凶を消せばいいんだ!)


「――え? ど、どうした雪姫? なんで俺に刀を向けるんだ!?」


「うん、消すの……。あなたを殺して、私も死ぬの!」


「何言ってんのお前!? ま、待て、落ちつけ雪姫! どう、どうどう!」


 突然暴走し始めた雪姫をなだめる冬馬。すると、


『……お前ら、一体何をしているんだ……?』


 その声につられ、冬馬達は観戦席の方へと振り向いた。

 そこには拡声器を右手に、大剣の鞘を左手に持つエリソンがいた。

 すでに戦闘準備まで終えた彼は手もち無沙汰に立ちぼうけしていたのだ。

 思わぬ失態に、雪姫の頬が赤く染まる。


「せ、先生、すみません!」


『……柄森。痴話げんかに関わる気はないが、刃傷沙汰だけはやめてくれ』


 エリソンの嘆願に、雪姫の顔は耳まで赤くなってしまった。

 対照的に、冬馬は未だ青ざめた顔でぼそりと呟く。


「いや、痴話げんかって、俺にはなんで刺されかけたのか分からないんすけど……」


 すると、雪姫がジロリと冬馬を睨みつけ、


「……冬馬。さっきの話の続きは後で必ずするわよ」


 有無を言わせぬ口調で告げてくる。

 そのあまりの重圧に、冬馬は「お、おう……」と返答するのが精一杯だった。

 そんな少年の様子に満足したのか、雪姫は表情を引き締め、


「お待たせしました。二人とも戦闘準備は完了しています。いつでも始められます」


 と、エリソンに申告する。エリソンは真剣な瞳で頷くと、


『よし! 今から正門のゲートを解放する。そこから出てくるのは棍棒で武装したゴブリン三体。くれぐれも油断するなよ!』


「「はいッ!」」


 二人の返答と同時に、錬技場の百メートル先に見える正門が徐々に開かれていく。


 そして、その先にいるのは――。


『『『プギャアアアアアアアアアアアアア!』』』


 三体のゴブリン。百三十センチほどの体躯に、豚のような鼻を持つ醜い化け物。

 ぼろきれを衣服代わりに纏ったその怪物達は、短い棍棒を振り回しながら、冬馬達へと向かってドタドタと走り出す。

 それに対し、冬馬はすっと目を細めた。

 ……ゴブリン三匹。正直なところ相手ではない。


「ねえ、冬馬。分担どうするの? 私が決めてもいい?」


 その時、雪姫が尋ねてくる。


「分担かぁ」


 冬馬はそう反芻すると、少女の横顔をちらりと窺いながら静かに考える。


(まあ、出来ることなら、俺一人で片づけてしまいたいんだが、それじゃあ雪姫が納得しないだろうしなあ……。次案は俺が二体、雪姫が一体といったところか)


 冬馬にとって雪姫は、どれだけ強かろうが絶対に守るべき存在だ。だからこそ、少しでも彼女の負担は減らしたいと思っていたのだが……。


「――うん。決めた。冬馬、私が二体倒すわ! あなたは一体をお願い!」


「えっ!? ちょ、ちょっと待った! 雪姫!」


 沈黙が長かったせいで雪姫がさっさと決断してしまった。それも冬馬にとって不本意な分担だ。慌てて引き止めようとしたが、すでに雪姫は敵に向かって走り出している。まるで風のような軽やかさだ。


(速いな! 流石は雪姫。分家とはいえ悪鬼の血族――八剣の血は健在ということか!)


 遠縁に当たる少女の疾走に感嘆しながらも、冬馬は考え方を改めてみる。

 今更雪姫は止まらないだろう。ならば、自分は残り一体に集中すべきだ。

 しかも、そう考えてみれば、自分にとって実に都合のいい状況でもあった。

 雪姫といえど、ゴブリン二体相手なら少しぐらいは手こずるだろう。

 だったらその間、残る一体で存分に実験が出来るのである。


「冬馬! ぼさっとしないで! 一体そっちに行ったわよ!」


 錬技場に響く雪姫の可憐な声。

 警告通り、ゴブリンの一体が冬馬に向かってくる。

 その距離は、約十メートル――。


「ふふ、雪姫。お前、まだまだ甘いよな。《PKTポケット》の中を覗いたぐらいで気を抜くなよ。基礎基本を軽んじたら大成はしないぞ」


 そう告げると、冬馬は手に持った棍を放り捨て、ブレザーの内側に右手を突っ込んだ。

 ゴブリン達と渡り合いながら、その様子を横目で確認した雪姫は、


「ああッ! しまった! 普通にボディチェックするの忘れてた!」


 自分の迂闊さに絶叫を上げる。


「……はあ、やっぱり今回も持ち込んでいたのかぁ……」


 観戦席では、エリソンが脱力するように呻いていた。

 そんな中、冬馬はニヤリと笑い、懐に仕込んだ《武器》を抜き放つ!

 ――大口径の黒い自動拳銃。

 モーゼル・ミリタリーによく似たが、冬馬の右手に握られていた。


「この銃は今までと違うぞ。銘は《咬竜》。装弾数は二〇発。弾速は時速にして、およそ一八〇〇キロ。拳銃としては最強クラスの業物だ。刮目して受けな!」


 ――ドンッ、ドンッ、ドンッ!

 そして撃ち出される三発の弾丸。続けざまに薬莢が排出される。

 視認さえ出来ない超音速の攻撃は、見事ゴブリンの頭部に直撃した――が、


『プギャアアアアアア!』


「ん?」


「『ん?』じゃない! 何度も試したじゃない! 幻想種に銃が効かないのは! いい加減認めてよ! 銃器は目眩ましにしか使えないの!」


 顔を真っ赤にして激昂する雪姫。冬馬は左手でポリポリと頬をかく。

 弾丸を受けたゴブリンは、元気に走り回っていた。


(むむ。これだけ威力を上げても効果なしか。予想していても悲しいな)


 胸に抱いた失望は顔に出さず、冬馬は続けて引き金トリガーを引く。

 しかし、弾丸は豚の顔辺りを発光させるだけで一向に効果を見せない。


(ルール違反だと言わんばかりに弾丸を弾く、か……。これも教科書通りだな)


『プギャアアアア!』


 ようやく冬馬の間合いに辿り着いたゴブリンが、棍棒を振り下ろす!

 が、冬馬はすらりと横にかわすと、ゴブリンのこめかみに銃口を突き付け、


 ――ドンッ、ドンッ!


 二発発砲。が、やはり効かない。

 ――いや、それどころかゴブリンは微動だにしない。


(……この距離でも無理なのか。威力も距離も関係なしかよ)


『プギャアアアアアア!』


 今度は横薙ぎに棍棒を振るうゴブリン。冬馬は後方に跳んで悠々と回避する。


(う~ん、どうしたもんか。今日は雪姫のせいで手持ちはこの《咬竜》だけだしなあ。折角の実験のチャンスなのに――)


『プギャ! プギャアア! プギャアアア!』


 ひらひら逃げる獲物に癇癪を起したのか、ゴブリンが闇雲に棍棒を振り回し始めた。

 やむをえず冬馬は、一歩二歩と距離を取る。


『プギャ! プギャア! プギャ! プギャアアア!』


 ………………イラッ………………。


『プギャ! プギャア! プギャ! プギャア! プギャアアア!』


 ………………イラッイラッイラッ………………。


『プギャ――』


「ああッ! プギャプギャうっさい!」


 ――ゴンッ!


 豚の鳴き声に苛立った冬馬は、思わず鉄製の銃把グリップをゴブリンの脳天に叩きつけた!

 ぐらり、と頭を揺らすゴブリン。そして不意に脱力して両膝を折り、そのまま前のめりに倒れてしまった。うつ伏せになった体には動く気配が全くない。

 冬馬の顔が「……しまった」と青ざめる。


「お、おい! 待てよ! お前、銃撃は全然効かないくせにこの程度で死ぬのか!?」


 と、横たわるゴブリンに向かって叫ぶが、残念ながら返事はない。

 しばらくすると、豚鼻の怪物は灰となって消えてしまった。


「うわぁ、貴重な実験体が……。はあ、仕方がないか。雪姫からもう一体――」


「……あら、私から何が欲しいの?」


 背後から聞こえてきたその声に、冬馬はゾッと肝を冷やす。背筋に冷たい汗が伝い、ごくりと喉が鳴る。そして、恐る恐る後ろへ振り向くと、


「もう一度聞くわ。私から何が欲しいのかしら?」


 穏やかな声で問う雪姫がそこにいた。冬馬は再度、喉をごくりと鳴らし、


「……え、えっと、雪姫さん。あの、ゴブリン達は……?」


「とっくに片付いたわ。あなたが遊んでいる間に」


「さ、さいですか」


 雪姫は笑っていた。

 見惚れるほどの美しい笑顔だ。しかし、それが逆に恐ろしかった。

 何故なら、彼女は、笑顔のまま刀を上段に構えていたからだ。


「迂闊だったわ。まさか正攻法で持ち込むなんて……」


 雪姫はくるりと刃を峰に裏返し、


「じゃあ、覚悟はいいかしら? 冬馬」


「ちょ、待て! 雪姫、話せば分かる――」


 ――ゴンッ!

 そんな言い訳も空しく、今日も少年の脳天に銀閃が振り下ろされるのであった。

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