第7話
七
「わたし、知り合いの子と二十時に待ち合わせているの、このまま行ってもいいかしら?」
町の入り口に近づくと、レモンさんが後ろから声を出した。僕はバイクを道の脇(わき)に止めて振り返り、返事をした。
「かまいませんよ」
「ぼくもいいよ」チャッキーさんも声を出した。
「たすかるわ、ねえ、二人はこのあとどうするの? 何もないなら一緒に食事しない?」
「いいですね! はらが減ってしかたないでよ」僕は言った。
「チャッキーは?」レモンさんは後ろを振り向いて言った。
「ああ、いいよ」チャッキーさんはだるそうに返事をする。
「どこ行けばいいですか?」僕は早口で言った。
「セブンイレブンで待ち合わせしているの、セブンを探しましょう」
「わかりました」僕は右手首をゆっくりとひねり、バイクを走らせた。
町は昼間ののんびりとした雰囲気とは変わり、いくつもあるレストランが活気づいていた。陽気な旅行客が道を行き来して、屋台が通りの脇を埋めていた。僕は人々の隙間を走り、セブンイレブンを探した。三分も走れば見つけられるだろうと思っていたが、なかなか町は広かった。それに、人の多さがうっとうしかった。
町の中央でセブンイレブンを発見してバイクを停めた。
「知り合いはどんな人ですか?」僕はレモンに聞いた。
「二十歳前後の男の子よ、わたしもまだ会ったことがないの」レモンさんはそっけなく言う。
「ええ? なんでですか?」
「ミクシーのコミニティで知りあってね、フルムーンパーティーに行くから現地で会う約束をしたのよ」
「ネット友達ですか?」
「まあ、そんなようなものね」レモンさんはあたりを見まわした。
「すごい関係ですね」僕はあっけにとられて言った。
「あっ、あの人かしら」
レモンさんはそう言って歩き出した。その先には、耳を隠すほど茶色い髪を伸ばした、背の高いアジア人らしき男が立っている。
「チャッキーさんも、落ちあう約束の人はいるんですか?」歩く人々を眺めているチャッキーさんに声をかけた。
「いや、いないよ」チャッキーさんが言った。
「そうですか、ぼくもいません」そう言って、僕も人々を眺めた。
レモンさんは長身の男と一緒に戻ってきた。
「ねえ、この人が知り合いの人よ、しんご君っていうの、よろしくね」レモンさんはしゃがれた声で言った。
「どうも、しんごって言います」ひげがうっすら生えた、肌の茶色い狐眼(きつねめ)の男が手を前に出す。
「ああ、よろしく、チャッキーっていうんだ」チャッキーさんが手を握った。
「ぼくはゆうじっていうんだ、よろしくね」僕もしんご君の右手と握手した。手はうっすらと汗ばんでいた。
「さあ、さっそく食事に行きましょう! わたし達冒険をしてきてすっかり腹ペコなのよね?」レモンさんは僕とチャッキーさんを見て、微笑(ほほえ)みながら言った。
「そうですよ! はやくフライドライスを食べましょう!」僕は元気よく声を出した。
僕はバイクを手で押して、三人についていった。人混みのせいでバイクを押すのが面倒くさかった。どの店に入るか迷っていると雨が降りはじめ、見るうちに雨足は強くなっていった。電飾でかざられた開放的なレストランがちょうど目の前にあり、入り口のショーケースには島の魚介類が氷の上に並べられていた。
「ここに入らない?」レモンさんは顔をしかめて言った。
「ああ、そうしよう」チャッキーさんは言葉を待っていたようだった。
三人はレストランの入り口に近づき、僕はあたりを見まわしてから急いでバイクを停めた。小走りでレストランに入り、この雨ならバイクの汚れはきれいになると思った。
「ここは高級ですよ! フライドライスが四十Bもします! 殺人級だと思います!」僕はメニューを見るとすぐ、隣に座っているチャッキーさんに同意を求めるように言った。
「たしかに、宿のメニューに比べると高いね」チャッキーさんは納得したようすで言った。
「でも、これぐらいが普通じゃないのかしら?」レモンさんはメニューを見ながら言う。
「ぼくも高いと思いますよ、チャンビールが六十Bですから」しんご君がおとなしい声で言った。
「ほんと? ほんとうだ、セブンイレブンだともっと安いのに」僕は不満げに言った。
「そんなこと言ってたら、何も食べられないじゃない。こういう所に来たら気にせず使うのよ。おいしい物食べないと損じゃない」レモンさんはうるさいものを追い払うように言う。
「そりゃそうですが、ついつい日頃の習性で」僕はぶつぶつと言った。
「でも、北部はもっと安かったはね、フライドライスが十五Bだったわよ」
「ええ! それはすばらしい!」
「ここはリゾート地だからね」チャッキーさんがぼそっと言った。
それぞれが食べ物を注文すると、ビンビールがすぐに運ばれてきた。ビールと同じ銘柄(めいがら)のコップに注いでまわり、和(なご)やかに乾杯した。
「最高にうまいですね!」僕は半分飲んで声を出した。
「ほんと、一日動き続けていたからね、一時はどうなるかと思ったわ」レモンさんは溌剌(はつらつ)とした声で言う。
「ほんとだよ」チャッキーさんは眼を細め、しみじみと言った。
「なにをしていたんですか?」しんご君はレモンさんの方を向いて聞いた。
「というのはね......」
レモンさんが今日の出来事を大まかに話し、僕は時折(ときおり)言葉を挿(はさ)んでチャッキーさんの顔を何度も見た。チャッキーさんはその度(たび)にあいずちを打ち、静かに微笑んだ。しんご君は興味深く話に聞き入り、その間に料理は次々と運ばれ、ぶ厚い木のテーブルを飾っていた。
「大変でしたね」しんご君は感心したように言う。
「そうよ、迷子にならず、帰って来れてよかったわ」レモンさんはパパイヤのサラダが載った皿を中央に置いて言った。「ほら、みんなで食べましょう」
「いいんですか? うれしいな!」僕は豚肉入りのフライドライスを口に放り込み、フォークを使ってサラダを小皿に移した。
「ゆうじ君、あなた、普段なにを食べているの?」レモンさんは憐(あわ)れんだように訊ねる。
「いや、そりゃもう、フライドライスですよ。こっちに来て二桁は食べてます。ほんとすばらしい料理ですよ。でもやっぱり、それだけじゃ飽きちゃうので、たまにフライドヌードルも食べますよ」僕は眼を見開いて言った。しんご君が声を出さずににやけている。
「あなたね......」レモンさんはあきれている。
「でも、トム・ヤン・クンも食べましたよ。こっちで知り合った人におごってもらったんです。二日酔いで気持ち悪くて、ほとんど残しましたけど」
僕は言った。レモンさんは何もこたえない。チャッキーさんが無言で海老の殻を剥(む)いている。
「ぼくだっておいしい物は食べたいですよ。でも先が長いから、節約しないといけないんですよ」僕はレモンさんを見て言った。
「あら、旅行の期間はどのくらいなの?」
「最低半年は考えています」僕は答えた。
「長いわね!」レモンさんは驚いた。
「長いですね、ぼくは一ヶ月ですよ」しんご君は炒め物を載せたライスを、スプーンに載せたまま言った。
「ぼくも一ヶ月ちょっとだよ」チャッキーさんが言った。二匹の海老はきれいに剥き終わっている。
「それなら今のうちから節約しないとね」レモンさんは納得したようすで言った。
「そうなんですよ」僕はそう言ってフライドライスを口に運んだ。
「わたしなんて二週間よ、それも、フルムーンパーティー翌日の朝に島を出て、首都に着いたらそのまま空港に向かって、夜中の便で帰国よ」レモンさんは具のつまったサンドイッチを皿に置いて言った。
「それはハードですね」しんご君は笑いながら言う。
「そうよ、だから今のうちに楽しんでおかなきゃ」
僕はその言葉を聞いて、レモンさんの強引な行動力が理解できた。
全員の食事が済むと、ビールを追加注文した。
「そういえば、二人は初めて顔を合わせたんだよね?」チャッキーさんが手をコップにかけて言う。
「そうなのよ、まったく、信じられないわ」レモンさんはしんご君を見て言った。
「そうですね」しんご君は笑いながらこたえる。
「そういえば、二人が知り合ったミクシーってなんですか? 二チャンネルのようなものですか?」僕は思い出して訊ねた。
「そうね、ちかいところはあるけど、ちょっと違うわね」レモンさんはこたえる。
「掲示板のようなサイトなんですが、登録しないと参加できないんですよ」しんご君が言った。
「そうなのよ、登録しないと見れないのよ」レモンさんが続けて言った。
「でも、だれでも登録できるわけじゃないです。だれかしらに紹介のメールをもらわないと、そのサイトに登録できないんです」
「へえ、そんなサイトがあるんだ」僕は感心した。
「そうなの、とても便利よ! コミニティと言って、一つのテーマに従った掲示板のようなものがあるの」
「そうです、さまざまなコミニティがあって、そのコミニティに登録した人と交流できるんですよ」
「そこで、わたしとしんご君は知り合ったのよ。フルムーンパーティーのコミニティでね」レモンさんはしんご君に眼を向けて言う。
「すごいですね! それで今さっき顔を合わせたわけですか、いや、なんか、びっくりです。発達していますね。チャッキーさん、知っていましたか?」僕は理解できないような調子で言った。
「ああ、旅行中に出会った人から聞いたことがあるよ。けど、使ったことはない」チャッキーさんは興味なさそうに言う。
「ねえ? 二人ともミクシーやってみない? とてもおもしろいわよ?」レモンさんが言った。
「そうですね、ちょっと気になります。こんど紹介してもらえますか?」僕は言った。
「ぼくは遠慮するよ、ネットが苦手でね」チャッキーさんが言った。
「そう、なら、あとでメールアドレスを教えてちょうだい」レモンさんは僕の顔を見て言った。
四本目のビンビールを注文すると、それぞれに酒がまわりだしていた。四人で日本での生活のことを話し、これからどうするかについて話した。他のテーブルは欧米人がほとんどで、僕のうしろのテーブルには十人前後の団体客が騒いでいた。
「そろそろいい時間ね、ねえ、ビーチへ行ってみない?」レモンさんは白い肌をすっかり赤く染めていた。
「そうですね、そろそろ人が集まりだすかもしれませんね」しんご君はレモンさんを見て言う。
「えっ? ビーチでなにかあるんですか?」僕はびっくりして二人に訊ねた。てっきり解散するのだと思っていた。
「ビーチへ踊りにいくのよ。ビーチでは毎晩音が流れているらしいのよ、ね?」レモンさんはしんご君に向いて言った。
「そうです、ぼくも今日この“島”へ着いたので見てないですが」しんご君が茶色い顔を真っ赤(まっか)にしたまま言う。
「レモンさん元気ですね! じゃあ行きますか?」僕は笑いながら言った。この際(さい)だからとことん動こうと思った。
「じゃあ、ビールを飲んで行きましょう!」レモンさんはうれしそうに言った。
「ちょっと疲れたから、ぼくは遠慮しとくよ」チャッキーさんがどんよりした野太い声で言う。
「あら、そう? 残念ね、でも、今日はいろいろと動いたしね」レモンさんはそっけなく、だれに言うでもなく声を出した。
会計を済ませて外に出た。雨はいつの間に止(や)んでいて、ところどころに水たまりが出来上がっている。チャッキーさんは少しばかり腕を上げると、振り返りもせずに宿へ向かって歩いた。しんご君が後部に乗り、人にぶつからないように気をつけながら、ビーチへとバイクを向かわせた。酒がまわり、僕はすっかり浮かれていた。
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