第17話
十七
「ねえ、わたし、待ち合わせしている人がいるの。そろそろ行かない?」レモンさんの声を合図に、五人はアマ島をあとにした。
町に戻り、パーティーがあるビーチ近くのレストランの前にバイクを停めた。目の前の通りは店が賑わい、サンドイッチ屋や串焼き屋から、香(こう)ばしい匂いをただよわせていた。明るい通りは、すでに多くの人であふれていた。
「これから来る人は、子供づれの女性なのよ」レストランの目の前に立っていたレモンさんが言った。
「ええ? 子供づれなの?」レモンさんの隣にいたチャッキーさんはおうむ返しした。
「そうなの、素敵よね」レモンさんは言う。
「行動力のある人だな、だんなさんは?」チャッキーが訊ねる。
「知らないわ、子供と二人で来ているらしいわよ」レモンさんは言った。
僕は通り過ぎる人を見ながら聞いていた。とんでもない親だと思った。
「その人もミクシーで知り合ったの?」チャッキーさんは聞いた。
「そうよ」レモンさんは言った。
すこしすると、レモンさんは橙(だいだい)色のロングスカートをはいた、ふくよかな女性と大声をあげて話し出した。長い黒髪をうしろで一つに結(ゆ)わえ、丸っこい、おだやかな顔つきをしていた。足元には大きな眼をした、浅黒い肌の男の子がスカートをつかんでいた。
レモンさんは楽しそう話をつづけ、思い出したように三人の男に紹介した。僕はその女性と小さくあいさつをかわした。だが、すすんで話をする気にならなかった。何度も体にぶつかる人混みがうっとうしかった。
「このレストランと一緒のホテルに泊まっているの。ここで話すのもなんだから、わたしの部屋に行かない?」女性はていねいに話す。
「そうね、行ってもいいかしら?」レモンさんは言った。
「ええ、もちろんいいわよ」女性は答えた。
「お部屋へ入らせてもらいましょう」レモンさんが言う。
「僕はここでトマト君を待つので、先に行ってください」
僕は部屋には興味なかったのでそう言った。それよりも腹がすいていた。
「そう? わかったわ」レモンさんは言った。
「一階の部屋だから、レストランのわきを奥にすすめばわかるわ」
女性はやさしく言った。
「わかりました」僕は言った。すこしでも一人の時間が欲しかった。
五分もしないうちに、金をとりに戻っていたトマト君が来た。通路を奥に進むと、小さなプールがあり、水中はライトアップされ、ぽっかりと浮かぶように揺れていた。背の高い植物は白い壁の内装を彩(いろど)るように飾られていた。
プールを左に迂回(うかい)すると、白いイスに座って浅黒い子供と遊ぶチャッキーさんとしんご君がいた。
「いいところですね」僕は言った。
「ほんとだよ、部屋も見てごらん」チャッキーさんは目配せして言った。
大きな木の扉に近づくと、扉は自動で横に開いた。冷えた空気が外へ向かって流れ、整然とされた部屋がひろがっていた。ガイドブックで見るような部屋だった。レモンさんは木のイスに座り、丸テーブルを挟んで丸顔の女性が座っていた。
「あら、トマト君、はやかったわね。この人がわたしの知り合いの吉井さんよ」レモンさんは微笑(ほほえ)みながら言う。
「はじめまして、吉井です」吉井さんは席を立って言った。
「どうも、トマトです」トマト君はどもった声で言った。
「あ、あの小さい男の子は子供ですか?」トマト君はおそるおそる言った。
「そう、太郎って言うの。手のかかる子でね、さっきまでわがままばかり言って泣いていたのに、あなたたちが来たら、あんなにはしゃいじゃって」
吉井さんは微笑みながら、チャッキーさんの腕をぽかぽかとたたく子供を見て言った。
「元気な子ですね、わたしは子供が大好きです」トマト君は笑いながら言った。
「あら、仲良く遊んであげてね」吉井さんは言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます