第18話

   十八


 六人と一人はホテルのレストランへ移動した。メニューはどれも、自分の泊まっている宿の二倍以上の値段だった。今日の朝と昼に食べたフライドライスが、急にみすぼらしく思えた。僕はスズキと海老の網焼きと、ジャガイモを頼んだ。どうでもよくなり、さらにフライドライスも追加した。


 それぞれ注文を終えたが、僕の隣にすわっていたトマト君は、メニューをにらみっぱなしだった。


「どうしたの?」僕は聞いた。


「いや、注文できる物をさがしていて」トマト君は顔を動かさずに答える。


「なんで? 持ちあわせがないの?」


「あるにはあるんだけれど、最近派手に使いすぎて、節約しているんだ」


 トマト君は言った。吉井さんとレモンさんは店に入ってからしゃべり続けていた。


「ここのメニュー高いよね、なんか節約していた自分がバカらしくなってきて、食べたいものを頼んだよ。好きなの選んじゃえば?」僕はあきれたように言った。


「そうしたいけれど、だめだ、昨日も“たま”を三錠食べたから、パーティー分を残しておかないと」トマト君は真剣な眼をして言った。


「“たま”を三錠? すごいね! 大丈夫なの?」


 僕はびっくりした。大麻は慣れていたが、“たま”と呼ばれるMDMAは試したことがなく、友人の体験談しか聞いたことがなかった。


「ああ、大丈夫だよ、現にこうして生きてるでしょ?」トマト君はメニューを閉じて言う。


「そりゃそうだけど、まだ“たま”をやったことないから、どんなものかわからないんだ。どうなの?」僕は興味深げに聞いた。


「すごい良いよ! かんたんにあがるからね。“くさ”は踊るのにあまり適していないけれど、“たま”はガンガンに踊れるよ」トマト君がうれしそうに言う。


「そうなんだ、でも、ケミカルは体に支障が出るっていうじゃん、どうなの?」


「さあ、わからないけれど、大丈夫じゃない?」トマト君は笑いながら言った。


「ぼくも“たま”好きですよ」しんご君が口をはさむ。


「そうなの? しんご君も? てっきり、そういうのはやらないと思っていたよ」僕は顔をゆるませていった。


「最近ですね、レイブに行くようになってからですよ」しんご君は言った。


「意外だよ、そういう話は一度もでなかったじゃん」僕は言った。


「プレーンライスおねがいします」トマト君がウェイターに頼んだ。


「それだけ? もっと食べなよ」僕は笑い声をあげて言った。


「なに言うの! これが限界さ、“たま”代をとっておかないと」トマト君は顔を何度も横に振った。


「じゃあ、魚を頼んだから一緒に食べようよ」僕は言った。


「ほんと? ありがたい」トマト君は眼を開かせる。


「そのかわり、ねたをひいた場所を教えてよ」


「教えるもなにも、そこらへんで買えるよ」


「えっ? そうなの?」僕は眼をぎらつかせて言った。


「らしいよ、わたしはビーチにいた島民から買ったけれど」


 トマト君は言った。ビンビールが二本と、人数分のグラスが運ばれてきた。


「わたしも飲んでいいのかな?」トマト君が慎重な面持(おもも)ちで言う。


「別にいいでしょ、プレーンライスだけを頼む人に払えなんて誰も言わないよ」僕は言った。


「そりゃそうだ、じゃあ、遠慮なく」トマト君はビンビールに手を伸ばす。


「トマト君が買ったのは“たま”だけ? “くさ”は買っていないの?」僕はさらに聞いた。


「“くさ”は買わなかったな。でも売っていた」トマト君は言った。


「ほんと! 欲しいんだけど、あとで売っている場所を教えてもらえない?」僕は声の調子をあげて言った。


「ああ、かまわないよ。食事が終わったら探しに行こう。ちょうど、ねたがきれて買おうと思っていたから」トマト君は人のよさそうな笑顔を浮かべて言った。


「やった! ありがとう。魚はいくらでも食べていいよ」僕は調子よく言った。


「ぼくもついて行っていいですか?」しんご君は言った。


「もちろん、一緒に行こう」トマト君が言う。


「チャッキーさんは?」僕はチャッキーさんの方を向いて言った。


「うん、ぼくも行こうかな」チャッキーさんは静かに言った。


 僕はビールを一気に飲み干した。大麻が手に入ると考えると、居ても立ってもいられず、おちつかせるようにビールを何度も飲んだ。後ろのテーブルにいた白人の団体へ振り返り、騒(さわ)がしい声にあわせて僕も声をあげた。グラスに入ったビールがまわってきて、一気に飲み干し、さらに声をあげた。


 しだいに料理が運ばれてきた。僕は普段頼むことのない料理がどうでもよく見えてしまい、食べるのがおっくうに感じられた。僕のテーブルの反対側では、レモンさんと吉井さんがあいかわらず話し続けている。ちょこまかと目障(めざわ)りに動いていた、髪のちぢれた浅黒い子供はすっかり寝息をたてていた。

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