第25話

   ニ十五


 すでに二十二時をまわっていたので、三人とも足早(あしばや)にあつしの部屋へ歩いた。通りは大きなイベントがあることを証明するように、様々な屋台が活気づいている。どの店の前にも小さいプラスチックのバケツが並び、数種類の酒瓶(びん)が入っていた。それらはパーティーのあるビーチで何度も見かけた。僕はビーチの混沌とした空気が町全体に及んでいるような気がして、歩調をさらに早めた。待ちに待ったフルムーンパーティーが目の前に迫っていた。


「遅いわよ、なにをしていたのよ!」


 あつしの部屋に入ると、赤い浴衣(ゆかた)を着たレモンさんが振り返り、しゃがれた声を出した。


「なにやってたって、“きのこ”食ってたんですよ」僕は微笑(ほほえ)みながら言った。


「あつし君に聞いたわよ、まったく、“きのこ”なんか食べて、どうなってもしらないわよ」髪をきれいに結(ゆ)わえ、頭の小さくなったレモンさんは言った。


「だいじょうぶですよ、ジョッキ一杯のシェイクでしたから」


 僕は入り口の空いているスペースにすわり、あぐらをかいた。部屋の中にはあつしとレモンさん、チャッキーさんがいた。


「ほんと、おそい、待ちくたびれたよ」あつしが巻いたジョイントを手に持ちながら言う。


「いや、ごめんごめん、ごっついシェイクにてこずったんだよ」トマト君は僕の隣に座って言った。


「レモンさんかわいいですね! 浴衣持参したんですか?」


 僕はにやにやしながら聞いた。レモンさんが一番狂っていると思った。


「もちろんよ! 狭いバックパックの奥にひそませていたのよ」レモンさんは大変さをアピールして言う。


「やりすぎですよ!」僕は笑いながら言った。


「なに言ってるのよ! フルムーンパーティーよ! わたしはこれが目的で来たのよ!」レモンさんがあたりまえのように、自信満々に言う。


「そうだよ、フルムーンパーティーだからこれぐらいがあたりまえっしょ」あつしは同意するように言った。


「そうよね。あつし君」レモンさんはうれしそうに言った。


「みんな心構えがなっていないでしょ、ねえ、レモンちゃん」


 あつしはわかった風な調子で言った。僕には二人の言うことの気が知れなかった。


「わたしはね、今日、ブースの上に立って一番のパーティーピーポーになるからね、見てなさい」


 レモンさんは力強く言った。僕はその言葉を聞いて、子供の頃にテレビで見たジュリアナ東京を思い出した。ふと、こういう人が喜んで台の上で踊るのだと思った。


「いいや、ぼくも負けませんよ」僕は調子を合わせ、適当に言った。


「いやいや、わたしも負けないよ」トマト君がうれしそうに口をはさんだ。


「ねえ、そろそろ武器を入れちゃわない?」あつしが待ちくたびれたように言った。


「ああ、そうだ」


 トマト君が言った。それぞれが持っているねたを出した。


「おれはまず、持ってきた“かみ”をいただくよ。“たま”はあとだね」あつしは言う。


「わたしは“たま”を二錠いくよ」トマト君が言う。


「トマト君とばすね! だいじょぶ?」


 あつしは笑いながら言った。僕はなにをいただくか考えていた。


「フルムーンパーティーだからさ! よゆうだよ」トマト君は言う。


「“きのこ”食べたのに大丈夫なの? やめときなさいよ、おかしくなってもしらないわよ」レモンさんは顔をしかめて言った。


「レモンちゃんは?」あつしが聞いた。


「わたしは“たま”を一ついただくわ」レモンさんは平然とした顔で言った。


「なんか、レモンさんが食べるのは、意外な気がしますね」僕は言った。


「あらそう? わたし大好きよ」レモンさんは言う。


「ぼくも“たま”を一錠いきます」しんご君はか細い声で言った。


「ぼくも同じだね」


 僕は言った。“たま”の経験はなく、食べるのをためらっていたが、トマト君としんご君の言葉を聞いて食べることにした。


「あなたたちだいじょうぶ? やめときなさいよ」レモンさんは言う。


「だいじょうぶですよ! なんとかなりますよ」


 ほんとうは怖かったが、恐れていると思われたくないので僕はそう言った。心配されると飲む気持ちがより強まった。


「どうなってもしらないわよ」レモンさんはあきれた調子で言った。


「チャッキーは?」あつしが言った。


「ん、ぼくは“くさ”と酒でいいよ」チャッキーさんは浮かない顔して言った。


「そうよ、それぐらいがいいのよ、ね?」レモンさんは感心して言った。


「まあね」チャッキーさんは小さい声で言う。


「じゃあ、それぞれの武器をいただこうか!」あつしが仕切るように声を出した。


 それにこたえるよう、全員声をあげ、無言になった。僕はMDMAをつばで飲みこんだ。


「いったね」あつしは三日月顔に笑顔を浮かべて言う。


「ああ」僕は言った。


「じゃあ、次はその手に持っているやついこうよ」トマト君はあつしの持っている、太いジョイントを見て言った。


「まったく、トマト君は欲張りだな。じゃあ、これを吸いきったら行こうか」あつしは床に置いてあった、三本のジョイントをつかんだ。


「そうね、そろそろ場は盛りあがるころでしょうね」レモンさんが言う。


「あつしはどのタイミングで“たま”を食べる?」トマト君が聞いた。


「おれは中盤から後半かな。まず酒を飲みながら今食った“かみ”を楽しむでしょ、で、“かみ”の効きが弱まってきたら、“たま”を入れるかな、それか“くさ”を入れるね。とにかく長いからさ、ペース配分を考えて臨機応変にだろうね」


 あつしはジョイントに火をつけた。


「わたしもにたようなもんだ。“たま”の効力が弱まりかけたら酒か“くさ”を入れてもりあげるだろう、それで、完全に切れそうになったら“たま”を食べるって感じだ」


 トマト君はジョイントを受け取って言った。僕はなぜか、二人の言うことが気持ち悪く感じられた。


「ゆうじ君、“きのこ”はどうだった?」チャッキーさんがぼそっと聞いた。


「思ったよりもおいしかったですよ。枯葉(かれは)臭いバナナシェイクって感じでした」僕はジョイントを受け取って言った。


「そうなんだ、ぼくも行けばよかったな」チャッキーさんは言う。


「そうですね、チャッキーさんも誘えばよかったですね」しんご君は言った。


「でも、一杯五百Bですよ」そう言って、僕はジョイントを勢いよく吸いこんだ。


「五百は高いな」


 チャッキーさんはかすかに笑いながら言った。僕はジョイントをチャッキーさんに渡した。あつしは二本目のジョイントに火をつける。


 部屋の中はたちまち煙で充満した。ジョイントを吸いこむ音と大きく息を吐く音、ときたま耳にひびくせきこむ音がするだけで、小型のスピーカーからはキックの強い音が流れていた。しだいに音色は鮮明になり、眼をつぶると映像をともなうようになってきた。それを感じて、僕はビーチの光景を思い描き、首都で長髪の男から聞いた話を思い出した。今までは長髪の言っていた通りだった。では、実際のフルムーンパーティーはどうなのだろう? 


 僕はこの部屋にいた人間を見まわした。僕はどんなことがあっても、フルムーンパーティーをぞんぶんに楽しもうと思った。


 最後の一本をチャッキーさんが灰皿に押しつけた。


「よし、暖まってきたことだし、戦いにいこうか!」


 あつしは沈黙をやぶるように声をあげ、素早い動きで立ちあがった。全員なにかしらの声を出しながら動き、部屋の外へ出た。


 ビーチへつづく通りに出ると、「“島”にこれだけの人がいたのか?」と思うほどの人であふれかえっていた。全員、人目を気にせず、頭と体を振り、声をあげてビーチへ前進した。僕は飛び跳ねながら、焦点の定まらない視界を、さらにかきまわすように頭を振りながら、人混みを押して抜けていった。これ以上の準備はないんじゃないかと思いこんでは、ムリやりにでもテンションをあげようとしていた。

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