第24話
二十四
町の隅々を歩き、日本人を見つけては聞いてまわったが、LSDは手に入らなかった。
「これだけ探してないんだ。そろそろあきらめない?」あつしが言う。
「やっぱりないのかな」僕はあきらめきれずに言った。
「この“島”ならありそうだけどな」トマト君は言う。
「ほら、もう二十一時半過ぎているよ、そろそろ吉井さんの部屋へ戻らないと」あつしは腕時計を見て言った。
「でも、もうすこしだけ」
僕は言った。一度欲しくなってしまったので、どうしても手に入れないと気がすまなかった。
「もうないって、あきらめて“きのこ”で我慢しなよ」あつしはどうでもよさそうに言った。
「そうか、なら、“きのこ”食べに行く?」トマト君は言った。
「うーん、別にいいけど、“きのこ”は効くの?」僕は不満そうに聞いた。
「いや、試したことはないけどさ、さっき会った日本人の姉妹も言ってたじゃん、『“島”の“きのこ”はガツンと効くよ』ってさ。“きのこ”でいいじゃん」あつしは適当なかんじで言った。
「わたしも試したことないけれど、まあ、“きのこ”も“かみ”に似た作用があるって聞くからな」トマト君は言った。
「シロシビンだっけ、なにかの本で読んだことあるけど、“かみ”とおなじ幻覚作用をひきおこす成分が含まれているんだっけ?」僕は知ったかぶって言った。
「いや、わからない、でも、“きのこ”はゆがむって聞くよ」トマト君は言う。
「なら、“きのこ”を食べてきなよ。おれは先に吉井さんの部屋へ行ってつたえておくから、食べ終わったらおれの部屋に来なよ」あつしは言った。
「じゃあ、“きのこ”にしようか?」僕はトマト君に言った。
「ああ、そうしよう」トマト君は言った。
「しんご君はどうする?」あつしが聞く。
「ぼくも“きのこ”を食べてきます」しんご君は狐眼の顔をゆがめて言った。
「なら、はやく行ってきな。警察には気をつけて」あつしは言った。
「ああ、あとでね」僕は言った。
日本人の姉妹が言っていた“きのこ”が食べれる店は、泊まっている宿のそばにあった。ラスタカラーの目立つ、古ぼけた外観の店は、怪しい雰囲気がただよっていた。
店の中に入ると、緑と赤の電球がぼんやりひかり、数本のブラックライトがあるだけで薄暗かった。サンダルをぬぎ、座敷に腰かけると、長い髪の男が近づいてきた。背中まで届く太いドレッドヘアーの男は、年齢以上にしわだらけだ。
トマト君が、「マッシュルームシェイクはあるか?」と聞くと、歯が数本しかない、ぼろぼろの歯茎(はぐき)を見せてうなずく。値段を聞くと、発音の悪い英語で五百Bだとこたえた。あまりの値段の高さに驚き、三人で確認しあってから、一人一杯ずつ注文した。
「予想以上に高いね」僕は近くにころがっていたジャンベを手にとって言った。
「ほんとだよ。もう金がほとんど残っていない」トマト君は言った。
「もしなくなったら言ってよ、まだ持ち合わせがあるからじゅうぶん貸せるよ」僕は言った。
「ありがとう、けれど、まだだいじょうぶだ」
トマト君はこたえた。僕はジャンベの皮のうえで指を動かした。
「トマト君は、あとどれくらい海外にいるんですか?」しんご君が小さい声で聞く。
「あと、一ヶ月ぐらいだよ」トマト君は言う。
「ぼくと同じくらいですね。どのくらいの予算で考えてますか?」
「残り二万円前後だよ」トマト君は言った。
「それで平気なの!」僕は驚いて声を出した。
「ああ、なんとかなるんじゃない。帰りの航空券はあるからね」トマト君は笑いながら言う。
「それじゃあ、プレーンライスだけを頼むのもうなずけますね」しんご君も笑いながら言った。
「マッシュルームシェイクを飲んでいる場合じゃないよ」僕は言った。
「まあね、でも、こういうのは別じゃない?」トマト君が言う。
「そう言われるとそうだけど、でも、ねえ、せっかくだからシェイク代はおごるよ」僕は言った。
「わるいからいいよ」トマト君は言った。
「ぼくも半分出しますよ」しんご君が言った。
「ええ、いいよ」トマト君は小さい声で言う。
「いや、おごらせてよ。しんご君もそう言っているんだから」僕は笑いながら言った。
「そう? それなら、ありがたくシェイクを飲ませてもらうよ」トマト君はうれしそうに言った。
「はい、そうしてください」しんご君は言った。
「じゃあ、日本に戻ったら沖縄に来てよ、さとうきびジュースをたらふく飲ませてあげるからさ」トマト君が言う。
「トマト君は沖縄に住んでいるの?」僕は聞いた。
「ああ、サトウキビ畑で働いているんだ、住み込みで」トマト君は言った。
「そんなことしてるんだ? 完全に農民だね!」僕は言った。
「給料は安いけど、のんびりしていていいよ。一度遊びにきなよ」
「なんか、いいですねそういう生活、戻ったら遊びにいきますよ」
しんご君がそう言うと、しわくちゃの男は三つのジョッキグラスを持ってきた。ジョッキグラスにはストローがさしてあり、薄暗い店内のせいか、どろどろの液体はにごって見えた。
「ついにきたね」トマト君は顔をしかめて言った。
「思ったよりもでかいのがきましたね」しんご君はにやけて言った。
「さすが五百Bだね」僕は目の前の飲み物を凝視(ぎょうし)して言った。
ストローに口をつけて味をたしかめると、バナナ味にほのかな土の味が混ざっている。冷たくて、見た目よりもおいしかった。
「じゃあ、フルムーンパーティーにむけて、おいしくいただこう!」
三人でジョッキグラスをぶつけあい、味が口に広がるのを避けるかのように、一気に飲み干した。
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