第23話

   二十三


 シャワーを浴びて部屋の前へ戻ると、しんご君がチャッキーさんと話をしていた。腕時計を見ると、時刻は十九時を過ぎている。大麻とMDMAが入ったパケをウエストポーチに入れて、出発の準備を整えた。


 バイクはすでに返却していたので、歩いて吉井さんの部屋へ向かった。通りは活気づいていたが、昨日とさほど変わらないようにも見え、フルムーンパーティーが行われる気配を感じなかった。


 吉井さんの部屋へ着くと、吉井さんとその子供、レモンさん、トマト君、そしてあつしがいた。


「あっ、来たわ」レモンさんは言った。


「みんなはやいですね」僕は言った。


「そうよ、なんていったって今日はフルムーンパーティーじゃない」レモンさんはしゃがれた声で言う。


「体調は整えてきた?」あつしが言った。


「ああ、ばっちりだよ、海に入ってぼけた頭をさっぱりさせてきたからね」僕は言った。


「そうなの? 途中でバテテも知らないよ」あつしは嫌味(いやみ)ったらしく言った。


「だいじょうぶだよ」僕はそっけなく言った。


「昨日の夜はどこにいたの?」トマト君が言った。


「ビーチにいたよ。体が重くて砂浜に寝転がっていたんだ。気がついたらみんないなくてさ、一人で帰ったよ」


 僕は眉(まゆ)をひそめて言った。


「探したけどいないからさ、てっきり宿へ戻ったと思ったんだ」トマト君は言う。


「何時ぐらいに帰ったの?」僕は聞いた。


「一時半ぐらいだね」あつしが言った。


「三時までビーチにいたよ」


「そんな遅くまでいたんだ」トマト君は言った。


「ねえ、みんな、パーティーは朝までだから、途中で疲れたり、はぐれたりすることがあると思うの。だから、吉井さんの部屋を集合場所にして、なにかあったらこの部屋に集まることにしましょう」


 レモンさんはそれぞれの顔を見て言った。


「いいんですか?」しんご君はレモンさんの背後にいた吉井さんに言った。


「もちろんいいわ、ビーチから近くて最適じゃない」吉井さんは丸い顔をにこりとさせて返事する。


「ありがとうございます」


 何人かがそう言った。僕はそんな必要があるのかと思った。


「フルムーンパーティーは戦いだからね、ここはいい休憩場所になるよ」あつしは言った。


「そんなに疲れるものなの?」僕はあつしに聞いた。


「ああ、一晩中踊るんだからね」あつしはこたえた。


「太郎君はどうするんですか?」トマト君はやさしい声で言った。


「一緒につれていくわ。まあ、途中で眠りだすだろうけどね」


 吉井さんは子供の手をつないでいる。ちぢれた髪の子供は吉井さんのスカートの後ろにいた。


「何時ぐらいにビーチへ行くんですか?」僕はレモンさんに聞いた。


「あと二時間ぐらいしたらよ。それぐらいからビーチに人が集まりだすわ。なにかあるの?」


「いや、とくに、気になったんで」僕は言った。


「ちょっと、今日の武器を仕入れに行きたいんですけど」トマト君が笑いながら、もうしわけなさそうに言った。 


「あら、もちろんいいわよ」レモンさんは笑いながら言った。


「おれもちょっと欲しいものがあるんだ」あつしも笑いながら言った。


「あっ、ぼくも行きます」しんご君も言った。


「じゃあ、みんなで仕入れにいこうか」あつしは言った。


「ぼくも行くよ」ここにいても暇そうだったので、僕は言った。


「ああ、いいよ」あつしは言う。


「わたしたちはここにいるからね」レモンさんが言った。


「はい、ちょっと行ってきます」トマト君は言った。


 四人で昨日買いに行ったレゲエバーへ向かった。


「いや、昨日もつい食べすぎちゃって」トマト君が言う。


「トマト君狂っているよ、いつか体こわすよ」あつしは言った。


「“たま”はやっぱり体に支障がでるの?」僕は聞いた。


「いくらなんでも、毎日二三錠飲んだらくるでしょう?」あつしはあたりまえだといったように言った。


「そりゃそうだ」僕は笑いながらこたえた。


「そうか?」トマト君は不思議そうな顔をしている。


「“たま”を食べるんじゃなくて、メシ食べなよ」僕は言った。


 レゲエバーに着き、僕としんご君は店の外で待ち、トマト君とあつしが店の中へ買いに行った。ビーチから低音のきいたドラム音が聞こえ、体がうずいたが、ビーチには近づかなかった。


「いくつ買ったの?」僕は戻ってきたトマト君に聞いた。


「四錠だよ」トマト君はこたえた。


「トマト君はバカだよ」あつしはしんご君に一錠渡しながら言った。


「ありがとうございます」しんご君は言った。


「あつしは?」僕は聞いた。


「おれは二錠だよ、“かみ”を使うから、そんなに必要じゃないんだ」


「似たようなもんじゃんか!」トマト君が声を大きくして言う。


「おれはそんなに“たま”は食べないよ」あつしは言った。


「“かみ”も買えるの?」


 僕は聞いた。僕はLSDを二度やったことがあったが、効きがよくわからなかったので、試したいと思った。


「いや、“たま”は日本から持ってきたんだ」あつしは言った。


「だいじょうぶなんですか?」しんご君が言った。


「ああ、だいじょうぶだよ、本のあいだにはさめば、めったにばれないよ」あつしは言う。


「よくチャレンジしたね」トマト君が言った。


「前にこの“島”へ来たとき、出会った人が同じことをしていたのさ」


「そっか、じゃあ、この“島”では手に入らないのかな?」僕は聞いた。


「どうだろう、買ったことはないけど、探したらあるんじゃない」あつしは言った。


「そう? なら、ちょっと探してくるよ」僕は言った。


「わたしも欲しいから行くよ」トマト君も言った。


「いや、トマト君はやばいでしょ!」あつしが言った。


「だいじょうぶだよ」トマト君は言う。


「ぼくも欲しいので一緒に行きますよ」しんご君が言った。


「それならみんなで探しにいこう」あつしは面倒臭そうに言った。

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