第13話

   十三


 洋服屋や雑貨屋を一時間ほど見てまわり、僕は紺の海水パンツを買った。レモンさんは華(はな)やかな模様の布生地(きじ)を買い、チャッキーさんはビール会社のロゴマークがプリントされたTシャツを買っていた。


 買い物を終えて、開いたばかりの屋台に寄ってから、宿へ向かって歩いていた。屋台はぞくぞくと開店の準備をはじめていて、道を歩く人の数も少しずつ増えていた。太陽が傾きはじめ、影はゆっくり伸びていた。


「思うんですが、日本にもこういった、気軽にメシを買える屋台があればいいと思います」僕は鶏肉の刺さった串焼きを手に持って言った。


「あら、あるじゃない、焼きそばやお好み焼きの屋台が」レモンさんは言う。


「あれじゃダメなんですよ。あれはたまにで、祭りなどのイベントの時にしか出現しないじゃないですか」僕はそう言い、串に刺さっている肉を歯で噛(か)み、串を横にひいた。


「でも、この“島”だってパーティがあるからじゃないの?」


「まあ、たしかにそうですよ、でも、首都の屋台の数を見ましたか? ぼくは一度、首都で迷子になって三時間ぐらい歩いたんですよ。その時、得たいの知れない恐怖というか、人間の生命力を感じましたよ。どこ歩いても人ばかりだし、屋台はそこらじゅうにあるんですよ? 余計なことかもしれませんが、この人達はいったいどうやって暮らしているんだろう? 暮らしていけるのか? と心配になりました。だって、いたるところ、まるで自動販売機の代わりのように存在しているじゃないですか、ぼくはこの人達はどうやって暮らしているのか不思議でしょうがなかったですよ」僕は口の中の物を噛んだ。


「そういわれると、どこ行っても屋台があって、活気があるわよね。でも、わたしはあまり屋台の料理は食べなかったわ」レモンさんはしみじみと言う。


「えっ? なんでですか?」僕は口を動かしながら言った。


「こんにちわ」日本人女性の二人組とすれ違い、レモンさんはあいさつした。


「だって、汚らしいじゃない」レモンさんは僕を振り返って言う。


「たしかに衛生面は問題ありそうだよね」チャッキーさんが言った。


「でも、安くておいしいじゃないですか? 剥(む)いてカットされた果物はありますし、揚げた春巻きのようなものもあります、串焼きもあります。いろんな種類の屋台があって、手軽に食い歩きができるじゃないですか。しまいには虫まで売っていて、興味本位でタガメを買いましたよ」


「えっ? あの、タガメを食べたの?」チャッキーさんは顔をひきつらせて言う。


「もちろん食べました、食べた瞬間は地獄でしたよ」僕は顔をふるわせて言った。


「タガメってなに?」レモンさんは興味深そうに聞く。


「これぐらいの虫だよ、めったに見ないけど、水の中にいるんだ」チャッキーさんは親指と人差し指を開いて説明する。


「そうです、ときたまペットショップに高値で売られている虫です」僕は得意げに言った。


「大きいじゃない! 気持ち悪い!」レモンさんはあからさまに顔をしかめて言う。


「そうなんです! 本当に気持ち悪いんですよ、もう、かたくてかたくて、歯肉に節(ふし)がささるんですよ、そのくせ、中身はやわらかく、臭みがあり、羽はなかなか噛みきれず......」僕は手をあげて言った。


「もうやめてよ、気持ち悪い」


「そうなんです、さらに気持ち悪いことに、タガメは、たしか、ゴキブリの仲間なんですよ、まったく、ミズカマキリだったらいいんですが、けど、ミズカマキリじゃ肉がないですね」


 僕はいやらしい口調で言った。レモンさんはなにも言わなかった。


「タガメってゴキブリなの? たしかカメムシの仲間だったはずだよ」チャッキーさんが言う。


「いや、たしかです、人から聞いた話なのではっきりとはわかりません」僕は言った。


「馬鹿ね、あっ、ちょっと、シェイク屋さんじゃない、寄らない?」レモンさんは道の端(はし)の小さな建物に近づいた。


「シェイク屋ですか、飲んだことないですがおいしいんですか?」僕はレモンさんに聞いた。


「飲んだことないの? ほら、首都にバックパッカーが集まる通りがあるじゃない、その通りのはずれにシェイク屋の屋台があるのよ」


「ああ、ぼくもそこで飲んだことあるよ、青いパラソルのお店だよね?」チャッキーさんは言う。


「そうよ、その屋台よ、おいしくない?」


「とてもおいしかったよ、それに安かった」


「屋台、使っているじゃないですか」僕は口をはさんだ。


「あら、わたし使っていないなんて言っていないわよ、ただ、汚いと言ったのよ、でも、そんなことどうでもいいじゃない、ねえ、飲まない?」レモンさんが調子よく言う。


「いいですよ!」僕は元気よく言った。


 四畳ぐらいの小さな店には、長い髪を一つに結った褐色(かっしょく)の若い女性がいた。カウンダー越しに眼が合うと、歯並びのよい白い歯が見えた。


「いろいろ種類があるんですね、英語表記でよくわかりませんが」僕は言った。


「わたしスイカが好きなんだけど、書いてないわ」レモンさんは言った。


「ぼくはドラゴンフルーツにするよ」チャッキーさんが言った。


「知ってますよ、悪魔の卵みたいな、濃いピンク色の、グロテスクな果物ですよね」僕は言った。


「そうだよ、あれが好きなんだよね」


「あれ、おいしいんですか?」僕は疑わしそうな顔をして訊ねた。


「ああ、おいしいよ。果肉は薄い灰色で、黒胡麻のような種がつまっているんだ」チャッキーさんは微笑(ほほえ)みながら言った。


「そうなんですか、あとで一口ください」


「わたしはパパイヤにするわ」レモンさんは言った。


「じゃあ、ぼくはなにしよう... ...」


 僕はメニューを見ながら考えていると、チャッキーさんの注文を受けた女性が、ピンク色の果物をナイフで二つに割った。シェイカーをバケツの水でさっと洗い、キウイを巨大化させたような大きさの果物の皮を剥くと、果肉を細かく切り、シェイカーの中に入れた。氷と調味料を手際よく入れて、シェイカーの蓋(ふた)を上から押さえると、シェイカーが音を鳴らして動きだした。僕は何を注文するか考えずに、一連の流れを見ていた。流れるような動きだった。


「僕はマンゴーとココナッツミルクにします」僕は大好きだったマンゴーのカキ氷を思い出して言った。


「あら、おいしそうな組み合わせじゃない」レモンさんはにやけた顔で言った。

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