第30話

   三十


 翌日の昼、チャッキーさんに会った。僕は食事を終えて、ネットカフェへ行くところだった。チャッキーさんはフルムーンパーティーのことを話してくれた。ビーチの端(はし)で踊り、夜中に宿へ戻ったと言っていた。僕はすこし立ち話をして、ネットカフェへ行った。 


 その日の夜、あつしとトマト君、しんご君、見知らぬ日本人の男が五六人、僕の部屋へ来た。僕は眠っていたので、ノックの音がする部屋のドアを開けて驚いた。


 その連中と夜の海岸へ行き、ジョイントをまわした。フルムーンパーティーの出来事と、日本に戻るのが嫌だという話をして、みんな黙って海を見ていた。大麻が口を重くした。


 深夜、パーティーがあったビーチへ行った。フルムーンパーティーに比べると人は少なかったが、あたりまえのように盛りあがっていた。僕はその連中と踊ったが、体が重くてあまり楽しくはなかった。


 それから二日間雨が続いた。僕は食事以外で部屋を出ることはなく、誰とも会わずに大麻を吸って本を読んでいた。“島”の写真を撮ろうと思っていたが、雨が僕の行動をさまたげ、どうでもよくなっていた。


 フルムーンパーティーが終わってから、四日が過ぎた。朝、僕は大麻を吸って本を読んでいると、静かにドアをノックする音がした。ドアを開けると、大きなバックパックを背負った、がっちりした体格のチャッキーさんが立っていた。


「チャッキーさん、どうしたんですか?」僕はだらしない眼つきで言った。


「いや、これから“島”を出発するから、あいさつにきたんだ」チャッキーさんは優しい笑顔だった。


「えっ? 今からですか? この雨の中ですか?」僕はおどろいて言った。


「そうだよ」


「別に、今日じゃなくても、いいんじゃないですか?」


「まあね、でも、出発すると決めていたから。それに雨季が近づいているし」


「すごいですね、この雨のなかを移動ですか、次はどこへ行くんですか?」


「隣の島へ行こうと思っているんだ。ダイビングの資格をとろうと思ってね、ほら、隣の島は安く資格が取れるって有名じゃない?」


「たしかに、そう聞きますね、前からとるつもりだったんですか?」


「うん、南へ来たのもそれが目的だったからね」


「そっか、チャッキーさん行くんですね、なんかさびしくなります」


「ゆうじ君はいつごろ“島”を出るの?」


「いや、特に考えていません。のんびりしてから出ようかな、ぐらいです」


「そうなんだ、ゆうじ君は先が長いからそれでいいかもね。ぼくはあと一ヶ月前後だから、先を急いでしまうよ」


「そうですね」


「じゃあ、そろそろぼくは行くよ。じゃあね、ゆうじ君、まだこの国にいるんでしょ? またどこかで会えるかもしれないね」


「そうですよ、また会えるといいですね、チャッキーさん気をつけてください」


「ああ、ゆうじ君、ぼくは君に会えてよかったよ」


「ぼくもですよチャッキーさん、二人で入った海は忘れませんよ」


「ははは、そうだね、じゃあ!」


 そう言って、紺のレインコートを着たチャッキーさんは歩いていった。僕は静かにドアを閉めた。


 再び本を読み始めたが、まったく集中できなかった。さきほどのチャッキーさんの姿が頭に残り、本を開いていたが、僕は考え事をしていた。


「昨日も一昨日も雨が降り、今日も雨が降っている。じゃあ、明日も雨で明後日も雨だったら?」


 僕は部屋を出て、近くの雑貨屋へ走った。


 店の店員にレインコートがあるか訊ねて、ビニールの安っぽいレインコートを買った。


 部屋に戻り、空き缶で大麻を吸いながら、大麻をほぐし、ジョイントを数本作った。それを小さな皮のケースに入れて、荷造りをはじめた。頭がぼんやりとしていて、作業は遅かったが、僕の胸は高鳴っていた。


 荷造りを終えて、食堂に行き、宿のおばちゃんに今日出ることを伝えた。おばちゃんは素朴な笑顔を浮かべていた。若い女の子はいなかった。


 バックパックを背負い、レインコートを着た。荷物にレインコートがひっかかり、やぶけてしまった。僕はかまわず、町にはじめて着いた空き地へ歩いた。雨が体にぶつかり、心地よかった。


 空き地には誰もいなかったが、すぐに一台の四駆車がやってきた。僕は運転席に近づき、港まで乗せて欲しいと頼むと、若い男は問題ないと言った。


 中にいた白人とは一言も話さず、ぼーっとしているとすぐに港へ着いた。港は色とりどりのレインコートを着た人であふれていた。僕は運転手に二十Bを渡すと、運転手は不快な顔つきをして、百Bだと言った。僕は乗る前に値段を聞かなかったことを後悔して、素直に百B払った。新鮮な気分が台無しにされた。


 チケット売り場に近づくと、わけもなくチケットを買うことができた。船はまだ到着していなかったので、僕は防波堤に立って海を眺め、“島”に着いた時のことを思い浮かべた。しかし、よく思い出せなかった。目の前の薄暗い灰色の景色と、雨の音が気を散らせた。宿を出た時よりも雨足は強くなっていた。


「おーい、あんたは日本人かい?」


 誰かが僕に声をかけた。振り向くと、背の高い、金髪の坊主頭が笑っていた。男はゴリラのような顔をしていて、がっちりとした筋肉質の体つきをしていた。その隣にはレインコートを着ていない痩(や)せた男がいた。


「ああ、そうだけど」僕はなにかしら邪魔されたように、ぶっきらぼうにこたえた。


「やっぱりな、フルムーンパーティーで見かけたよ。たしか、“カンナビス”とプリントのはいった、黒いシャツを着ていただろう?」金髪の男は笑いながら言った。


「ああ」僕は話すのがおっくうだった。


「ほらな? おれの言ったとおりだ」


 金髪の男は痩せた男に言った。男は雨にさらされて震えていた。片手には黒いビニール袋を持っていた。


「荷物はそれだけ?」僕は考えもなしに聞いた。


「ああ、これだけだ!」痩せた男はふてくされた顔のまま、なげやりな調子で言った。


「よかったら、こいつの話を聞いてやってくれよ、まじで笑えるから」金髪の男は愉快そうに言った。


「おい、バカにすんなよ! まったく、ほんとついてねえよ、あんたはフルムーンパーティーにいただろう? おれもその日、ビーチで他の日本人と楽しく踊っていたんだよ。かわいい女の子と知り合ってな、今までにないぐらいに気持ちよく踊ったさ。それで朝方、愉快な気持ちのまま、女の子を連れて宿へ戻ったんだ。それがよ、バンガローへ着いたらさ、どうなっていたと思う? 見りゃあ、自分の部屋の窓が割られているじゃねえか! おれはびっくりしてドアを開けたんだ。そうしたらよ、おれの荷物が置いてあった場所に、白人の大男が、全身血だらけで倒れているじゃねえか! わかるか? 消えた荷物のかわりにだぞ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

島のパーティー 酒井小言 @moopy3000

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ