第6話
六
道とはいえない山道を進んだ。ヘッドライトが映す道を凝視(ぎょうし)し、石を避けて運転した。バイクを止めてしまうと動きだしに苦労するので、スピードを緩めずに進んだ。後輪が滑ることもあったが、それでも夢中に進んだ。後ろに座る二人の腰の状態を気にせず、とにかく進んだ。
十分ほどすると道を上りきり、アスファルトの緩やかな道路にぶつかった。後ろから二人の喜ぶ声が聞こえ、僕は体を揺らして喜び、バイクを道路脇に停めて二人を見た。
「やった!」三人とも顔を見合わせ、同じ言葉を口にした。
「これで助かったわね!」レモンさんがうれしそうに言う。
「ああ、この道路なら余裕だ!」チャッキーさんが野太い声で言う。
「もう、あのデンジャラスな道をとおらなくてすみますね!」僕は明るい声で言った。
「ほら、あそこに民家があるわ、ねえ、あそこでアマ島の場所と帰り道を聞きましょう」
レモンさんがそう言って歩き出し、僕はバイクを押しながら二人のあとをついていった。向かいには燈(とう)の灯りと、木造の古臭い小屋があった。
小屋に近づくと、背中の曲がった女性のうしろ姿が見える。立ったまま手を動かしているようだ。声をかけると、女性は振り返った。皺(しわ)だらけの老婆だ。老婆は手の動きを止めて、微笑んでいるのかわからない顔でこちらへ近づき、なにやら話しはじめる。聞きなれない言葉で、なにを言っているかわからなかった。レモンさんは英語で話しかけるが、老婆は大きな眼で見つめたまま、聞こえていないようすだった。
「この人、英語が通じないわ」レモンさんは、僕とチャッキーさんを見て言った。
レモンさんは手ぶりを交えて、老婆にもう一度話しかけた。老婆は“アマ”という言葉を聞いたとたんに、しわくちゃの顔全体を歪ませ何やら話しはじめる。やはり、何を言っているかわからなかったが、指で方角を示していた。
「どうやらあちらのようだね」チャッキーさんはぼそっと言う。
「みたいですね、どうします? 行きますか?」僕は言った。
「帰り道はわからないしね、目的どおりアマ島へ行こうか」
「そうですね」僕はうなずいて言った。
頭を下げて立ち去ろうとすると、老婆は手招きをした。老婆は小屋の奥へのそのそと歩くと、何かを持ちだしてきた。皿の上に乾燥した大麻がこんもりと載っていた。
「マリファナだわ」レモンさんが言った。
「そうですね」
僕は表情を変えずに言った。求めていた物がこんな所で出てくるとは思っていなかったので、声をあげて喜びそうだった。だが、二人の反応を確認する必要がある。老婆は干からびてやせ細った大麻をつまみ、おもむろに前に出した。皺だらけの顔は妙にいやらしく見えた。
「なにかしら? くれるのかしら? それとも買えってことかしら?」レモンさんは言った。
「どうだろうね」チャッキーさんは老婆を見つめながら言う。
「ちょっと怪しいわね、何かあるのかもしれないわよ」
「そうだね、行こうか」チャッキーさんは言った。僕は何も言わなかった。
再び頭を下げて老婆から遠ざかると、老婆はしきりに話しかけてきた。三人とも振り返り、頭を下げてからバイクへ歩いた。
「あの老婆はどうやって生活しているのでしょうか?」僕は気持ちを切り換えて言った。
「さあ、なにしてるのかしらね」
レモンさんは興味なさそうに答えた。僕は老婆のことを考えると、得体の知れない物を見たような気がして、まるで現実感がわかなかった。
チャッキーさんの運転で老婆の示した道へ進んでいると、まばゆい光を放つ建物が遠くに見えた。次第にその光は大きくなり、セブンイレブンだと気がついた。チャッキーさんは交差点の角にある店の前にバイクを停めた。
「こんなところにセブンがあるなんて......」
僕はうれしさよりも、セブンイレブンの生命力に驚いてつぶやいてしまった。悪い夢でも見ているようだ。店の前には数台のバイクが停まっており、外には褐色の島民が数人いた。
「ここまでくれば平気そうだね」チャッキーさんはほっとしたようすだった。
「ええ、よかったわ、ねえ見て、足が泥だらけ」レモンさんは足を浮かして言う。
「ほんとうだ」僕も自分の足を見て言った。
「でも、服はすっかり乾いてくれて助かったわ」レモンさんはTシャツの裾(すそ)をつまんだ。
明るい店内に入ると、首都で見たセブンイレブンとほぼ同じレイアウトだ。豊富な品揃えと緑の制服を着た褐色の人間に、都内のコンビニいるような違和感を覚え、僕は日本にいるかのような錯覚がした。普段は買いもしないチョコレートのアイスを買った自分が、やけにつまらなく思えた。
店の外でアイスをかじると、甘すぎるチョコレートがおいしい。僕はむさぼるようにアイスを食べた。
「アマ島はすぐそばにあるらしいけど、すっかり暗くなってしまったわね。行ってもさほど楽しめそうもないし、帰りましょう」レモンさんはペットボトルのお茶を手に持ち、問いかけるように言った。
「帰り道はわかるんですか?」僕は聞いた。
「お店の人が言うには、この道を真っすぐらしいわ」レモンさんは一本の道を指す。
「ああ、よかった」僕はほっと息を吐いた。
「じゃあ、もうすこししたら出ようか」チャッキーさんが言った。
暗い道を全速力で進んだ。ところどころアスファルトの地面は陥没しており、避けきれずにその上を通ると、バイクが激しく上下に弾(はず)んだ。その度にレモンさんが、「うっ!」と醜い声を出した。僕が、「大丈夫ですか?」と聞くと、「大丈夫よ、でも、もう少しゆっくり走れないかしら」とレモンさんはしゃがれた言った。僕は大きく頷(うなず)き、速度を落とすが、自分でも気がつかないうちに元の速度で走っていた。
しばらくするとT字路にぶつかり、港に続く道だと思いだした。僕は深い息を吐き、力が抜けた感じがした。速度を落として道を左に曲がり、直線を走った。
町へ着く直前にある急な坂道の連続は、僕には何の問題でもなかった。
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