第8話
八
僕は多種多様な人種の群れの中で踊り続けた。褐色(かっしょく)の上半身をさらけだした若い島民の男、大きめのシャツを着た髪の短い太った白人男性、ベージュの麻のパンツをはいた黒髪を結(ゆ)った女、ドレッドヘアの若いアジア人など、人々は誰一人同じ踊りをしていなかった。眼をつぶり手と頭だけを動かしている人間がいれば、首を上下に振り、腕を交互に突き出し、円を描くようにステップを踏む人間がいた。地面に張り付いたように、その場で万歳を続ける者がいれば、腕を下に突き出し、大きく首を振っている者もいた。
僕はビンビール片手に、大きく首を上下に振り、跳(は)ねるように歩きまわっていた。体が上にきた時に合わせてビートが鳴り、人に何度もぶつかり、それを喜ぶように踊っていた。
ビーチには個性的なブースが並んでいた。ジャンルの違う音楽を海に向かって流し どでかい音を放っていた。ビーチは明るく照らされていた。とこどころに松明(たいまつ)が揺らめき、茣蓙(ござ)がしかれ、低いテーブルがいくつも置かれていた。茣蓙の上で楽しそうに話している者がいれば、砂浜を歩く者もいたり、砂の上で塊(かたまり)のように抱き合っている者がいれば、追いかけっこする小さな子供達もいた。
ビーチに着いた時は人がまばらで、ブースの前で踊っている人間はわずかだった。ビーチの端(はし)から端へ歩き、ビンビールを買い、レモンさんとしんご君の踊る姿を注意力を持って観察した。
僕はトランスのパーティーにはほとんど行ったことがなかった。ヒップホップを聴いて、クラブで太いドラムに体を合わせてきた僕には、トランスのテンポに違和感を感じた。正直、最初は自分の体をどう扱っていいかわからなかった。しかし、アルコールがそんな僕をかき消した。
フライドライスの値段には敏感に反応する僕は、ポケットの中から札を出し、二つ折りを開いてアルコールに変えていった。フライドライスが四回食べれるテキーラのショットグラスを頼んで、一息で飲み干し、ビンビールを手に持ち、人にぶつかりながら音に合わせて大きく首を振った。アルコールが全身に染みわたるように、体を動かし続けた。
音は止まることを知らなかった。低音がビーチ全体に響きわたり、音から逃れることはできなかった。ブースの前に移動して、自分の体よりも大きなスピーカーの前に立ち、全身を震わせた。心臓まで音が響いているようで、心臓が止まるのではないかと思ったが、どうでもよかった。鼓膜(こまく)よりも、全身が痛かった。
眼を遠くに向けると、赤い短パンをはいたしんご君が笑顔で体を揺らし、別人かと思えるほど踊り狂っていた。レモンさんは踊ることが生きることのすべてのように、全身をくねくねさせていた。音が止まったら、そのまま命も止まってしまうのではと思われた。僕はとてもおかしくなり、持っていたビンを口にあてた。ビンは一滴も僕の口を潤(うるお)さなかった。
近くにきたと思えば、遠くにいってしまうような音が聴こえ、規則的なドラムの音が僕を操り続けた。ビートはしだいに切り刻まれ、一点に向かい、場にいる者達を運んだ。これ以上分けられないと思われるほどにビートは細かくなり、上の音は遠く離れていった。上を流れるきらびやかな音色が動きの強弱を決めていた。体は頭とは関係なく動き続け、エネルギーを溜めていた。一瞬、音とともに時が止まり、景色はスローモーションに動いた。
そして爆発した。周囲にいる人間と同じように、全身を激しく動かした。顔はだらしなく笑い、人間と眼を合わせ、大きく首を振り続けた。言葉はいらず、行動だけが存在していた。音がすべてを左右した。
視界はぼやけていた。このまま一生踊り続けてもよかった。僕はそれで死んでもかまわなかった。後悔するどころか、喜んで死ぬことができた。音は鳴り続け、僕はどうでもよかった。踊っていられればよかった。それがすべてだった。
誰かが僕に声をかけた。レモンさんだ。周囲の人間の動きと合っておらず、まるで、絵画の中の一人物が動いているような違和感を感じた。顔がわからなかった。だが、しゃがれた声が僕をレモンさんだと認識させた。何を言っているかわからなかった。その隣には、湿った茶髪の狐眼の男がいた。僕に話しかけていたが、音が邪魔をして、何を言っているかわからなかった。僕は顔も近づけず、男を睨(にら)み、口を半開きにした。男の中途半端に生えたひげが気に入らなかった。
レモンさんが僕のシャツの袖(そで)をつかんでひっぱった。僕はレモンさんの顔を見てうれしくなった。白い顔は赤みがかっていて、眼の大きなかわいらしい顔が、僕の興味を惹(ひ)きつけた。だが、顔は認識できなかった。僕は狐眼のしんご君に笑いながら話しかけた。しんご君は人のよさそうな笑いを浮かべた。僕はふらふらと二人の後をついていった。
音が遠くなった。僕はどこにいるのかわからなかった。辺りは暗くひっそりとしていた。目の前にはバイクが停まっている。僕は耳が痛かった。
僕は調子よく声をあげて話しながら、笑いながらバイクを運転した。思い出したように、僕はバイクの運転に集中した。レモンさんが後ろから声を出して、僕を誘導した。僕はバイクの運転だけをした。
しんご君を何処(どこ)かでおろし、宿に着いてバイクのエンジンを切った。夜中の静けさが僕を包んだ。僕はなんかうれしくなった。レモンさんに笑顔で声をかけ、自分の部屋の前に足を運んだ。乱暴にポケットに手をつっこみ、揺れる体を抑え、鍵を開けた。
壁のスイッチに手をかけて灯りを点(つ)けた。部屋の空気は重苦しく、妙に明るかった。鍵をベッドに放り投げ、ベッドに倒れた。部屋はやけに静かで、耳鳴りが痛くてしょうがなかった。
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